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第十八章
忍び寄る思惑
しおりを挟む「私を信じん……か」
サルジェ公爵は皮肉げに笑った。
「申し訳ありません」
「よい、仕方のないことだ。私は長らくタランの暴走を止められず……国をここまで追い詰めた無能な役人だ。急には信用できんだろう」
「……」
そこまで言い切るつもりはないが、あえて否定する理由がないのでシアンは沈黙を返した。
「だが伝えておく……。私は必要以上の権力を望んでいない。私が理想とするのは、あくまで王族が力を持ち、君主制が成立している状態だ。二度と、タランのような馬鹿者を出さないためのな」
「貴方は……」
ふとシアンは、必要以上に真っ直ぐ注がれる視線を前に、この男が " どこまで " を知っているのかを勘ぐった。
公爵は、あのハナム王妃の父親である。
「貴方は先ほど、僕の素性を知らないと言った」
「…そうだったな」
「……それは本当ですか?」
「……」
今度は公爵が沈黙した。
歳を重ねて多くのシワを刻んだ顔からは、真意をくみ取り辛いが、少なくとも敵意は感じない。
試しているつもりか?
「…耳にした情報はいくつかあるが…、真実か否かは、貴公が私に打ち明ける日まで待つとする」
逆に発言をシアンにゆだねて、公爵は上手くかわしてみせた。
「まぁそれも後でよい。私を信用できたなら話したまえ」
「寛容ですね」
「当然だ。私は貴公を気に入っている」
それから公爵は、器を傾けて茶をくいと飲み干すと
「──…それは陛下も同じだ」
「……!?」
まったく茶器に手をつけようとしないシアンへ、声色を落として告げる。
「陛下が…?なんですか」
「陛下も貴公を気に入っている。ここだけの話だが、貴公の無罪放免を私に指示したのは…あの御方だ」
「なっ…!? 」
驚きと同時にシアンは席を立った。
「さすがに動揺しておるな」
公爵がその反応を笑う。
「そこでだ。貴公を呼び付けた本来の用だが──…
王室での陛下の護衛を命じれば、それを望むか?」
「王室っ…でございますか?」
「先ほども言ったがとにかく人の手が足りん。陛下の身辺を警護する重要な役目を、引き受けてくれると助かる」
「……!」
焦るシアンが机に手を突き、茶器が揺れる。
「正気とは思えません。僕のような身分の者を」
「貴公はハムクール伯爵家の養子。身分については問題ないな。剣術の心得もなかなかだと、噂に聞いておる」
「しかしっ…」
「くわえて陛下の信頼もあるゆえ適任だ」
賤人出身のシアンが王宮警備兵になったことじたい、タランの権力で強引に進めた結果だ。
なのに次は陛下の護衛を……?
シアンが耳を疑うのも無理なかった。
「どうする?引き受けてくれるか?」
「……」
「嫌なら無理にとは言わんが」
「…っ」
「…?」
「いえ、取り乱してしまい失礼しました」
異例だが、悪い話ではない。
シアンはなんとか自身を落ち着かせて…再び椅子に座った。
「陛下の御身をそばでお守りできるなど…身に余る名誉です。お引き受けします」
「そうか!よい心がけだ」
たとえどのような思惑がひそんでいようと、今さら恐れていられるか。
シアンは公爵を信用したわけではなかったが、かりそめの笑みを相手に向けて、出された茶を優雅にたしなんだ。
──
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