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第十八章

忍び寄る思惑

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──…


 あれからひと月が経過した。

 シアンは王宮の入口で警備をしている。

 バヤジット将官の邸宅で傷の手当てを受けていた彼は、医官の許可を得て、こうして職務に戻ってきていた。

 長い冬も終わりにさしかかっていた。王宮庭園はまだ緑のない殺風景な光景だが、新芽が顔を出すまでもう少しだろう。

「シアン・ベイオルク(王宮警備兵)」

 そこで見張り中のシアンのもとへ、別の警備兵が声をかけてきた。

 シアンのいない間に、タラン元侍従長の手先だった連中はことごとく粛清され、王宮警備兵のメンバーもがらりと顔ぶれが変わったものだ。

 声をかけてきたこの男も、シアンが会うのは初めてだった。

「どうかしましたか?」

「いきなりだが今日の担当を入れ替える。ここは俺がはいるから、お前は今から公爵邸へ行け」

「…公爵邸?」

「侍従長様の命令だ」

 …そしてこの新しい警備兵も、頭が入れ替わっただけで、陛下以外の何者かの手足として動いていることに変わりない。

 腐っているなと感じつつ

 シアンは言われたようにその場を離れた。





──



「──…よくぞ来た」


 ことづけに従い公爵邸に訪れたシアンは、使用人に案内されて客間へ通された。

 そこで待つのはサルジェ公爵──。現、侍従長。ラティーク家が没落した今、最も権力を握る男だ。


「怪我の具合はどうだ?」

「怪我は……バヤジット・バシュが医官を手配してくださったのでもう回復しています。痕はいくつか残りますが」

「そうか……。貴公のような美しい者が、キズ物になるのは惜しかったな」

 公爵はそう言って、膝をついて座るシアンをまじまじと見た。

 と言ってもその視線にいやらしさは無い。そういうところはタランと同じだ。

 声にもあまり表情を出さないので、豊かな白ひげに隠された口許が笑っているのかどうなのか…判別が難しかった。

 敵か味方かもまだわからない。

 シアンは慎重に尋ねた。

「僕に何の御用でしょうか…──と聞く前に、先にひとつ、よろしいですか?」

「なにかね」

「僕を無罪で牢から出したのは何故ですか。僕はタラン前侍従長の配下として、帝国に送られた密偵ですよ?」

 まぁそういう " 設定 " なだけだが。

 本当はさっさと打首になってしかるべき、罪状だ。

「なんだ?そこは素直に礼を言って終わればよかろう。それとも死罪が望みだったのか?」

「もし…何も ウラ がないと言うのなら、僕も素直に喜べます」

「貴公は疑り深いな」

「そういう性分です」

「……悪いことではない、か」

 その呟きを最後に、サルジェ公爵はパッと無表情を崩した。

 声の出し方も少し豪快になる。まるでシアンの品定めが終わったとでも言うようだ。

「やはり貴公を生かしたのは正解だったようだ!」

「…公爵?」

「ああ悪いな、どれ、まずはそこの椅子へ座りたまえ」

 公爵は機嫌よく、シアンとともに客間の椅子に座った。

 同時に使用人が二人へ茶を運んでくる。机に並べ終わった使用人へ、公爵はこれより部屋に誰も近付けないようにと命じた。

 うなずいた使用人がさがった後、改めて公爵はシアンを見た。



「率直に申して──…貴公を生かすかどうかは、私にとって大きな賭けであった。あまりに素性が知れん。だがそれで貴公を切り捨てられぬほど、いまの王宮にはまともな人材がいなくてな」

「前侍従長派の貴族は、貴方によって粛清されたではありませんか」

「表面的にはそうだが……今も残っているのは、戦うことも思考も止めたフヌケ共ばかりだ」

 前侍従長のラティーク・タランは、そういう意味では優秀すぎる男だった。外交も内政も問題が浮き彫りにならないよう奴がさばいていたせいで、他の貴族は甘い蜜だけを与えられ、使い物にならなくされた。

「これからは国の建て直しが必要だ。貴公の手も借りたい」

「……お言葉ですが」

「どうした?」

「僕の目からしてみれば、今の王宮の構図も、ラティーク家に傾従していた貴族たちが、サルジェ家に乗り換えただけのもの……何も解決に向かっていませんよ」

「ふ……ああ、そうであるな」

 警戒をゆるめないシアンは、公爵の勧誘に流されない。

 とくに、それだけがシアン釈放の理由とは思えなかったからだ。必ず他にワケがある。

 どれだけ殊勝な言葉を並べようと、欲や権力には勝てない。人間なんてそんなもの。

 こころざしだけで純粋に動いている者なんて──


「──…」


 …あの生真面目な将官、くらいだろう。





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