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第十六章

断罪審議

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「陛下が王室から出てこられた…?」

「…っ…しかも大神殿に現れるとは」

「何年ぶりだ…!?」

 動揺がさざめきとなって侍従たちに広がる。

 キサラジャ国王、スルタン(君主)・アシュラフ──。

 日に焼けていない薄い褐色の肌。顔周りを隠す、癖づいた灰墨色の髪。豪奢な外套がいとうを羽織る身体は細く、健康体には見えないが、背高はそれなりにあるので貧相ではない。

 彼は祭壇裏の戸から入り、立っていた。半分伏せられた目はここにいる者たちを見ているのかどうなのか…

 わからないが、彼は無言で歩いて来る。

 何かに怯えてばかりの王は政治に無関心で、王宮の外から出ようとしない──。それはここに集う者達にとっての常識であり現実。

 それを自ら打ち破った若き君主は、侍従が座る椅子の間を通り過ぎ、神殿中央にたどり着いた。

「へ、陛下!」

 初めに声をかけたのはタラン侍従長であった。

「この様な所へどう…されましたかな?もう御身体の具合は宜しいので…!?」

「……どけ」

「…っ」

 しかしスルタン・アシュラフが返した言葉はそれきりだった。

 彼はタランを横へと下がらせ、帝国使者達の──否、彼らが連れて来た傷だらけの青年の前で足を止めた。

 すぐ隣のバヤジットは咄嗟に、膝をついて頭を下げた。


「──…お前」


 跪こうにも身体が動かず、顔をあげようにも相手を直視できないシアンへ──低く…掠れた声が問いかける。


「お前の話は……真実なのか」


「……!」
 

「タラン侍従長が国を裏切ろうとしているコト……。嘘いつわりでないと……太陽神に誓えるか?」


 放たれる声に覇気は無い。しかし偽りを述べる事は許されない不思議な力がこもっている。

 シアンはずっと、見開いた目を床に向けていた。

 ドクドクと騒がしい心臓の音…、それでもはっきりと届いた男の声に、返す言葉を持ち得ていない。

 裸で傷だらけの醜い姿を晒して、何を言えというのだろう。

「……っ」

 シアンはきしむ身体に鞭打って、右腕を床につき、ゆっくりと上体を起こした。

「ハァッ……ハァッ……」

 投げ出された脚を折りたたむ。まだ君主の問いに答えていないが、アシュラフは無言で待っていた。

 そうしてなんとか姿勢を正したシアンは、片膝をたて床に座り、頭を垂れ、君主の足元に視線をやった。

 するとアシュラフは待ち構えていたようにして自らも腰を下ろし、シアンの顎を持つ。


グッ・・・


 シアンの目は……相手の男に真っ直ぐ見抜かれた。

 上を向かされ仰け反った喉が、緊張してゴクリと鳴る。

 シアンは答えた。


「太陽神には……誓いません……」

「──…」

「国王陛下……!僕は
 貴方様に、誓います……」


 一音、一音を、確実に伝えていく。しかし力を込めればそれだけ、シアンの声は震えている。

 


「……。…そうか」

 スルタン・アシュラフはそう言い残してフイと顔をそらした。

 シアンの顎を離し、周りの者に目もくれずあっさりと引き返す。

 祭壇前には彼が連れて来た裁判官たちが気まずそうにぞろぞろと立っていたが、君主が戻ってきたのですぐに道を開けた。

「陛下お待ちください!どうかこの無礼者どもに制裁を……っ」

 そのまま去ろうとする君主の背を、タラン侍従長が呼び止める。
 
「この者達の言葉に耳を貸してはなりません!私をっ…私だけを信じるのです。これまでと同じです」

 味方が消えた哀れな権力者の…最後のとりで。その若き君主はタラン侍従長にとっての人形だ。自分がいなければ何もできない、無知で、臆病で、愚かで、扱いやすく…


「陛下……!」


 …故に愛しい、ひとであった。


「──…」


 すがり付く声に足を止めたアシュラフが

 背中ごしに、侍従長へ言葉おもいをその声にのせる。


「……俺は誰も……信じることができない」

「…っ、陛下……?」

「 " 信じてやることができなかった " 今も昔も…
 俺の周りにいたのは…ただそんな人間ばかりだろう」

「……」


 それを伝える声は、悲しい、色をしていた。

 扉が開き……そして閉まる。

 突如現れたキサラジャの君主は、そのまま静かに去って行った。





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