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第十四章

地下の秘密

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──…


 バヤジットの邸宅を去る──。

 負傷した身体と汚れた衣服のまま、シアンは王宮に向かった。

「おい、どこに行く?」

 途中、別の王宮警備兵の男が、廻廊を歩く彼を呼び止めた。

「今晩の警備はお前ではないだろう」

「……そうでしたか?勘違いしておりました」

 不審に思う男には、簡単な受け答えだけを。

 さっさとその場を通り過ぎて、シアンの足は目的となる建物を目指し──王宮の庭園にたどり着いた。

 水のやしろ

 彼がハナム王妃と密会した場だ。

 もちろんそこに王妃が待っているわけではない。暗闇のやしろに人の気配は無く、ただ、中央の水盤に水が湧くトクトクと静かな音が流れている。

 水盤に近付いたシアンが清らかな水に手を浸し、ある模様の部分を押すと、社のどこがで重たい何かが動いた音がした──。

──ガコン

 音の鳴ったほうへ向かうと、床の石がわずかに跳ね上がっている。

 それは、地下に降りる隠し戸だ。

 隙間に手を入れると石は簡単に動き、シアンはその中に入ることができた。



 水の社は、キサラジャ王国で大神殿とならび最も神聖な建物だ。

 その歴史は王宮よりもずっと古く

 水盤に仕掛けられたある細工を動かすと地下への隠し通路が開くことは──王族のみが知っている。

 その地下道は王都の下を巡っていた。

 侵入者を妨げる複雑な形状をしており、それを辿ると、王の寝室だけでなく、街のはずれにまで繋がっている。

 かつて──国王暗殺の容疑をかけられた王弟が、この地下道を使い街の外へ逃げ出した。……そんな、秘密通路である。



「──…」


 シアンは暗闇の地下道をしばらく進んでいく。

 目では何も見えない。

 この複雑な地下道で、彼が向かう場所は決まっていた。

カツ

カツ

カツ

 そこは王宮ではなく
 もちろん都外への抜け穴でもなく

 近付くにつれ……ふと、かすかな人の声がシアンの耳に届き、彼はこの暗闇がもうすぐ終わることを確信した。

「──…、…くそっ、いつまでこンなとこで働かされんだオレらは」

「バカ野郎!聞かれるぞ」

 声のする方には、ひとつ燭台が──

 角を曲がれば、その先の壁にも複数の明かりが灯っていた。

 声の主たちは小汚い格好をした男ふたりで、身を潜ませるシアンに気づかず前を通り過ぎる。

 ひとりは大きな籠を持ち、置き場に困って地下道をうろついていたが、適当な場所を見つけて籠を置いたのだろう。手ぶらになって来た道を戻っていく。

「……」

 足音を忍ばせたシアンが男達の後を追うと、その先の地下道は明らかに人が住み着いている痕跡があった。

 貯蔵庫らしき大きな窪みには大量のピタ(乾燥したパン)が保管されていたし、ところどころに水瓶もある。

 寝床と思われる場所もあった。

 シアンが中の様子をかぎ回っている間にも、複数の会話や足音が聞こえている。地下の住人は先ほどの二人だけではない。


 " 働かされている── "
 男はそう言っていた。

 光の届かないこの地底空間に集められ、何者かの命令で働いている者達がいるのだ。


 やはり ここ は

 読み通り──

 




「───止まりたまえ」


「……!」


 しかし、地下道を探るシアンが壁の燭台を手に取って細工をほどこしていたその時

 突然、背後に刀を突きつけられた。

 彼の細首をはさんで左右に、刀の切っ先があてがわれる。

 シアンは咄嗟に燭台を捨て、両手を上げた。

「腕を後ろに回せ」

 大人しく命令通りにすると、首にあてがわれた刀はそのまま、別の手がシアンの右腕を義手ごと縛り上げた。

「…っ」

「まさかこんな所まで潜り込もうとはな」

 腕を縛られたシアンは腰の刀を取り上げられ、肩を掴まれて身体の向きを変えさせられる。

 彼を捕らえたのは三人の王宮警備兵と、そして振り返ったそこに立っていたラティーク・タラン・ウル ヴェジール。

「此処に何の用かね」

「タラン侍従長様……」

 シアンは捕らえられても慌てる素振りがなく、しおらしい声でタランを呼んだ。


「ふっ、さすがの態度だ、王宮警備兵(ベイオルク)殿」


「……」


「いやこうお呼びするべきかな?
 敬愛なる王弟殿下…───!」


 シアンが目を細める。

 勝ち誇って笑うタラン侍従長は、部下に命じて彼を地下道の奥まで運ばせた。








───




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