91 / 143
第十四章
地下の秘密
しおりを挟む──…
バヤジットの邸宅を去る──。
負傷した身体と汚れた衣服のまま、シアンは王宮に向かった。
「おい、どこに行く?」
途中、別の王宮警備兵の男が、廻廊を歩く彼を呼び止めた。
「今晩の警備はお前ではないだろう」
「……そうでしたか?勘違いしておりました」
不審に思う男には、簡単な受け答えだけを。
さっさとその場を通り過ぎて、シアンの足は目的となる建物を目指し──王宮の庭園にたどり着いた。
水の社
彼がハナム王妃と密会した場だ。
もちろんそこに王妃が待っているわけではない。暗闇の社に人の気配は無く、ただ、中央の水盤に水が湧くトクトクと静かな音が流れている。
水盤に近付いたシアンが清らかな水に手を浸し、ある模様の部分を押すと、社のどこがで重たい何かが動いた音がした──。
──ガコン
音の鳴ったほうへ向かうと、床の石がわずかに跳ね上がっている。
それは、地下に降りる隠し戸だ。
隙間に手を入れると石は簡単に動き、シアンはその中に入ることができた。
水の社は、キサラジャ王国で大神殿とならび最も神聖な建物だ。
その歴史は王宮よりもずっと古く
水盤に仕掛けられたある細工を動かすと地下への隠し通路が開くことは──王族のみが知っている。
その地下道は王都の下を巡っていた。
侵入者を妨げる複雑な形状をしており、それを辿ると、王の寝室だけでなく、街のはずれにまで繋がっている。
かつて──国王暗殺の容疑をかけられた王弟が、この地下道を使い街の外へ逃げ出した。……そんな、秘密通路である。
「──…」
シアンは暗闇の地下道をしばらく進んでいく。
目では何も見えない。
この複雑な地下道で、彼が向かう場所は決まっていた。
カツ
カツ
カツ
そこは王宮ではなく
もちろん都外への抜け穴でもなく
近付くにつれ……ふと、かすかな人の声がシアンの耳に届き、彼はこの暗闇がもうすぐ終わることを確信した。
「──…、…くそっ、いつまでこンなとこで働かされんだオレらは」
「バカ野郎!聞かれるぞ」
声のする方には、ひとつ燭台が──
角を曲がれば、その先の壁にも複数の明かりが灯っていた。
声の主たちは小汚い格好をした男ふたりで、身を潜ませるシアンに気づかず前を通り過ぎる。
ひとりは大きな籠を持ち、置き場に困って地下道をうろついていたが、適当な場所を見つけて籠を置いたのだろう。手ぶらになって来た道を戻っていく。
「……」
足音を忍ばせたシアンが男達の後を追うと、その先の地下道は明らかに人が住み着いている痕跡があった。
貯蔵庫らしき大きな窪みには大量のピタ(乾燥したパン)が保管されていたし、ところどころに水瓶もある。
寝床と思われる場所もあった。
シアンが中の様子をかぎ回っている間にも、複数の会話や足音が聞こえている。地下の住人は先ほどの二人だけではない。
" 働かされている── "
男はそう言っていた。
光の届かないこの地底空間に集められ、何者かの命令で働いている者達がいるのだ。
やはり ここ は
読み通り──
「───止まりたまえ」
「……!」
しかし、地下道を探るシアンが壁の燭台を手に取って細工をほどこしていたその時
突然、背後に刀を突きつけられた。
彼の細首をはさんで左右に、刀の切っ先があてがわれる。
シアンは咄嗟に燭台を捨て、両手を上げた。
「腕を後ろに回せ」
大人しく命令通りにすると、首にあてがわれた刀はそのまま、別の手がシアンの右腕を義手ごと縛り上げた。
「…っ」
「まさかこんな所まで潜り込もうとはな」
腕を縛られたシアンは腰の刀を取り上げられ、肩を掴まれて身体の向きを変えさせられる。
彼を捕らえたのは三人の王宮警備兵と、そして振り返ったそこに立っていたラティーク・タラン・ウル ヴェジール。
「此処に何の用かね」
「タラン侍従長様……」
シアンは捕らえられても慌てる素振りがなく、しおらしい声でタランを呼んだ。
「ふっ、さすがの態度だ、王宮警備兵(ベイオルク)殿」
「……」
「いやこうお呼びするべきかな?
敬愛なる王弟殿下…───!」
シアンが目を細める。
勝ち誇って笑うタラン侍従長は、部下に命じて彼を地下道の奥まで運ばせた。
───
1
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
僕の兄は◯◯です。
山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。
兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。
「僕の弟を知らないか?」
「はい?」
これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。
文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。
ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。
ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです!
ーーーーーーーー✂︎
この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。
今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。
愛の宮に囚われて
梅川 ノン
BL
先の大王の末子として美しく穏やかに成長した主人公の磯城(八宮)は、非常に優秀だが鷹揚な性格で権力欲はなかった。
大王の長子(後東宮)である葛城は、幼い頃より磯城に憧れ、次第にそれは抑えきれない恋心となる。
葛城の狂おしいまでの執愛ともいえる、激しい愛に磯城は抗いながらも囚われていく……。
かなり無理矢理ですが、最終的にはハッピーエンドになります。
飛鳥時代を想定とした、和風ロマンBLです。お楽しみいただければ嬉しいです。
くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました
あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。
一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。
21.03.10
ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。
21.05.06
なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。
21.05.19
最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。
最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。
最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。
23.08.16
適当な表紙をつけました
主神の祝福
かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。
神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。
ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。
美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!!
https://www.pixiv.net/users/131210
https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy
誠に有難うございました♡♡
本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。
(「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています)
脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。
冒頭に本編カプのラブシーンあり。
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる