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第十三章

散花無惨(チルハナ ムザン)

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 その後男達は、シアンをある場所へ拐っていった。

「到着だ」

 床に転がされたシアンが不自由な手足でもがくと、問答無用で足蹴あしげにされた。

 口と視界をふさがれたシアンはどうすることもできず、背、腹、顔……を一方的に蹴られる。

 やがてシアンがぐったりと動かなくなるまで暴力は続いた。

「‥‥ッ…‥ク‥…!!」

「抵抗するならまだ続けるぞ?わかったか?」

 男のひとりがシアンの頭に手を伸ばし、被せていた布袋を乱暴に取った。

「騒ぐなよ?」

「フゥ‥フゥ…‥ッッ」

「よし」

 口を塞がれたシアンが、鼻で息をしながら従順にうなづく。

 男はそれを確認し、彼の口元の布をほどいた。

「…ハァハァッ‥…カ゛──ハッ…!!」

 口を解放され大きく咳き込むと、血の塊が吐き出される。

 痛みにたえて周囲を見ると、そこは牢屋でもなく、どこかの屋敷でもない。見知らぬ場所だった。

「ここはハムクール伯爵家の敷地内だ」

「…ハァッ‥‥ハァ、伯 爵…‥の‥‥!?」

 土壁の空間。外へと繋がる登り階段。なるほどここは、伯爵家の屋敷のそばに造られた、半地下の貯蔵庫といったところだろう。

「なら‥…ッ‥…僕を捕らえる よう命じたのは、伯爵家ですか……」

「その通りだ。奥方様の意向により、貴様を処分する」

「‥‥!?‥理由は?」

「もちろん貴様が、スレマン伯爵を錯乱にいたらしめた故だ」

「…っ」

 ハムクール・スレマンの乱心によりシアンが伯爵家の養子となり、もっとも良く思わないのは伯爵家の人間だ。よってシアンは極力伯爵家に近付かなかったし、財産を相続する気はないとあらかじめ宣言している。

 それに今のシアンは王宮警備兵という立場な上に、タラン侍従長との繋がりがある。シアンを疎ましく思う伯爵家も、表立って彼を糾弾できない。

 しかし……シアンの嫌な予感は的中した。

 彼を捕らえにきたこの男達が、正式な近衛達の隊服を着ていないという事は──

「ここで無実の僕を処分するは明らかな " 私刑 " ‥っ。法に背きっ…陛下を欺くコトになりますよ…‥!?」

「黙れ悪党が!」

「ガハッ─‥!」

「何が無実だ、馬鹿馬鹿しい。貴様の手口はすでにわかっている」

「ハァ!!…ハァ!!‥‥‥なにを、言って……」

 胸を蹴り飛ばされ仰向けに転がる。

 こちらを嘲罵ちょうばする相手を睨み付けたが、声は絶え絶えだった。

「手口…‥!? とは……どういうことですか……」

「とぼけたところで許されると思うな。スレマン伯爵のご病気は、医官にみせて原因を突き止めてある」

「……原因?──…フっ、‥ただの酒の…‥呑みすぎ、では?」

「いいや、毒だ」

「──…」

 毒と言われて、シアンは表情こそ変えなかったが、僅かに動揺していた。

 スレマン伯爵のあの状態は、鉛中毒だ。

 だがなまり自体は強い毒では無い。むしろ酒の中に鉛が微量に含まれていることは、医術をかじった者なら誰もが知っている事実。

 よってシアンが毒を盛った証拠にはならない。

「黙ったか。やはり毒を盛ったのは貴様だな」

「……」

 ぐったりと動かないシアンは、ふと脳裏にバヤジットの姿を浮かべた。

 スレマン伯爵に鉛を呑ませた手管てくだについて、打ち明けたのはバヤジットひとりだ。

 もしやバヤジットが伯爵家に伝えたのだろうか……そんなふうにぼんやりと考えて

…………フッ

 有り得なさに思わず笑った。

 バヤジットがそんな真似をするはずない、と。シアンはわかっていた。




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