上 下
84 / 143
第十三章

訪問者

しおりを挟む

 シアンは近衛兵宿舎の自室に戻り、隊服の留め金をゆるめ、脱いだ帽子を寝台にほうった。

 義手である左腕をはずした彼は、じっとそれを眺めながら沈黙している。


『 貴方の証言があれば話は別よ 』


「……」

 先ほどのハナム王妃との会話は、半分はシアンの想定通り、半分は予想とたがうものだった。

 王妃はすべて打ち明けろとシアンに命じた。

 九年前の真実──。タラン侍従長が王弟を罠にはめたという事。彼と手を組んだハムクール・スレマン伯爵が、寝所の警備兵を殺害し、王弟に濡れ衣を着せた事。

 王妃の実家であるサルジェ公爵家は、タラン侍従長と対立している。よって侍従長に不利なこんなネタが舞い込んできたなら、その証言者を不当に扱いはしないだろう。

 ハナム王妃と接触すれば、サルジェ公爵家がこちら側につくだろうとは予想していた。

 なんなら今の錯乱したスレマン伯爵からなら、こちらに有利な当時の証言を引き出せるかもしれない。

 タラン侍従長が用意したという、陛下の名を語った偽の書状も残っている。

 しかし

 これらの証拠が決定的になる為には、当時の状況をもっともよく知る人物の証言が不可欠──つまり、王弟自身の証言が。

「──…フっ」

 いったいどうして……そんなマネができようか

「そんな事ですむのなら初めから……っ」

 馬鹿馬鹿しさにこぼれる笑いをこらえながら、はずしていた左の義手を装着し、肘当てと繋がる布をぐるぐると巻き付けた。



「失礼する」

「──?」

「ハムクール・シアン・ベイオルク(王宮警備兵)。いらっしゃるか」

「…このような時刻にどうされましたか」

「至急確認を願いたい事がある。扉を開けて頂きたい」

「……」

 その時シアンの自室の扉を、外から叩く者がいた。

「どなたですか?」

 シアンは慎重に問い直した。

「弓兵師団の将官、カナーヤだ」

「カナーヤ・バシュ…?それで、僕に用とはどのような?」

「クオーレ地区内で怪しい者を捕らえたのだが、シアン殿を訪ねて来たの一点張りなのだ。一度その者の顔を見てもらえまいか」

「……とくに心当たりは無いのですが」

「そうか。ではこのまま処分することになるのだが」

「……ハァ。いや確認しましょう」

 外の男は、弓兵師団の将官を名乗った。

 彼とシアンは、これまできちんと顔を合わせたことがない。徴税の管轄を任されているカナーヤ・バシュは、もともと都外に出るのが常だった。

 砂嵐の時期に戻ってきていたのだろう。

 断れる相手ではないので仕方なく帽子をかぶり直し、ゆるめていた隊服を適当に整えながら、シアンは鍵を上げ、自室の扉を開けたのだった。

 普通に考えてみれば、賤人であるシアンへ尋ね人が現れるのは可笑しな話だ。王宮警備兵になったとはいえ彼の人脈がいきなり広がるわけじゃない。

 ハナム王妃がさっそく手を打ってきたのだろうか。

 気が進まないままシアンは宿舎の廊下に出る。

「おはつにお目にかかります、カナーヤ・バシュ。捕らえた不審者というのはどのような者でしょうか?」

「会って見ればわかる故、説明は不要かと」

「そうですか」

 将官ひとりがいるのかと思えば

 シアンの前には、彼の他に二人の男が立っていた。

「……。現在このような格好ですので、衣服を整えるため少し時間を頂きますね」

「──その必要も無い」

「…ッッ」


 失敗した


 男たちの装束を見たシアンは、瞬時に危険を感じとった。

 将官を名乗る男も、左右の二人も、身に付けているのが隊服ではなかったのだ。

 シアンはすぐ部屋に戻ろうとしたが相手のほうが速かった。

「…ッ──ん゛‥…!!」

「大人しくしてもらうぞ、シアン」

「く……!?」

 左右の男二人がかりで引き戻され、口を布で塞がれる。

 彼等はシアンの頭に布袋を被せて視界を奪い、抵抗する手足を縛りあげた。

 そしてシアンの身体をかつぎ上げると、誰にも見られないよう急いで宿舎から立ち去ったのだった──。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

主神の祝福

かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。 神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。 ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。 美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!! https://www.pixiv.net/users/131210 https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy 誠に有難うございました♡♡ 本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。 (「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています) 脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。 冒頭に本編カプのラブシーンあり。

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

春風が吹く

葵桜
BL
青年が二人。 同じ本を探していた。 一階と比べて人がほとんどいない二階。 互いが一目惚れをする。 そんな図書館の片隅での瞬きの出来事。 それぞれの心の動き揺れは生きているからこそあるのだろう。

処理中です...