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第十三章
訪問者
しおりを挟むシアンは近衛兵宿舎の自室に戻り、隊服の留め金をゆるめ、脱いだ帽子を寝台にほうった。
義手である左腕をはずした彼は、じっとそれを眺めながら沈黙している。
『 貴方の証言があれば話は別よ 』
「……」
先ほどのハナム王妃との会話は、半分はシアンの想定通り、半分は予想と違うものだった。
王妃はすべて打ち明けろとシアンに命じた。
九年前の真実──。タラン侍従長が王弟を罠にはめたという事。彼と手を組んだハムクール・スレマン伯爵が、寝所の警備兵を殺害し、王弟に濡れ衣を着せた事。
王妃の実家であるサルジェ公爵家は、タラン侍従長と対立している。よって侍従長に不利なこんなネタが舞い込んできたなら、その証言者を不当に扱いはしないだろう。
ハナム王妃と接触すれば、サルジェ公爵家がこちら側につくだろうとは予想していた。
なんなら今の錯乱したスレマン伯爵からなら、こちらに有利な当時の証言を引き出せるかもしれない。
タラン侍従長が用意したという、陛下の名を語った偽の書状も残っている。
しかし
これらの証拠が決定的になる為には、当時の状況をもっともよく知る人物の証言が不可欠──つまり、王弟自身の証言が。
「──…フっ」
いったいどうして……そんなマネができようか
「そんな事ですむのなら初めから……っ」
馬鹿馬鹿しさにこぼれる笑いをこらえながら、はずしていた左の義手を装着し、肘当てと繋がる布をぐるぐると巻き付けた。
「失礼する」
「──?」
「ハムクール・シアン・ベイオルク(王宮警備兵)。いらっしゃるか」
「…このような時刻にどうされましたか」
「至急確認を願いたい事がある。扉を開けて頂きたい」
「……」
その時シアンの自室の扉を、外から叩く者がいた。
「どなたですか?」
シアンは慎重に問い直した。
「弓兵師団の将官、カナーヤだ」
「カナーヤ・バシュ…?それで、僕に用とはどのような?」
「クオーレ地区内で怪しい者を捕らえたのだが、シアン殿を訪ねて来たの一点張りなのだ。一度その者の顔を見てもらえまいか」
「……とくに心当たりは無いのですが」
「そうか。ではこのまま処分することになるのだが」
「……ハァ。いや確認しましょう」
外の男は、弓兵師団の将官を名乗った。
彼とシアンは、これまできちんと顔を合わせたことがない。徴税の管轄を任されているカナーヤ・バシュは、もともと都外に出るのが常だった。
砂嵐の時期に戻ってきていたのだろう。
断れる相手ではないので仕方なく帽子をかぶり直し、ゆるめていた隊服を適当に整えながら、シアンは鍵を上げ、自室の扉を開けたのだった。
普通に考えてみれば、賤人であるシアンへ尋ね人が現れるのは可笑しな話だ。王宮警備兵になったとはいえ彼の人脈がいきなり広がるわけじゃない。
ハナム王妃がさっそく手を打ってきたのだろうか。
気が進まないままシアンは宿舎の廊下に出る。
「おはつにお目にかかります、カナーヤ・バシュ。捕らえた不審者というのはどのような者でしょうか?」
「会って見ればわかる故、説明は不要かと」
「そうですか」
将官ひとりがいるのかと思えば
シアンの前には、彼の他に二人の男が立っていた。
「……。現在このような格好ですので、衣服を整えるため少し時間を頂きますね」
「──その必要も無い」
「…ッッ」
失敗した
男たちの装束を見たシアンは、瞬時に危険を感じとった。
将官を名乗る男も、左右の二人も、身に付けているのが隊服ではなかったのだ。
シアンはすぐ部屋に戻ろうとしたが相手のほうが速かった。
「…ッ──ん゛‥…!!」
「大人しくしてもらうぞ、シアン」
「く……!?」
左右の男二人がかりで引き戻され、口を布で塞がれる。
彼等はシアンの頭に布袋を被せて視界を奪い、抵抗する手足を縛りあげた。
そしてシアンの身体をかつぎ上げると、誰にも見られないよう急いで宿舎から立ち去ったのだった──。
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