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第八章
面影
しおりを挟むシアンを掴んでいた手も離してやる。
「…ハァ、シアン、お前の推測通りだ。俺はこの件に裏があると睨んでいる」
「何か手がかりは見つかったのですか?」
「いや…」
シアンの出自は気になるが、今は何よりタランの方が重要だ。
“ と言っても相手は公爵家、証拠も無く身辺調査は難しい。何か手がかりのひとつでもあれば…… ”
タランが怪しいのは間違いないのだが、首都に戻ったばかりのバヤジットにはとにかく情報が少なかった。
『 タラン侍従長は彼等を民兵として徴用しているのですが、その人数が尋常ではない。駐屯地のあるウッダ村は人があふれ酷い有り様です──… 』
“ そうか、タランが民兵を徴用していると報告があったな ”
昨日、部下に知らされたこの情報。これが唯一、タランに繋がる手がかりかもしれない。
“ ウッダ村ならラクダの足で一刻もかからん ”
ターバンをひと巻き解いたバヤジットは、残り布で目元から下を覆い留め具に固定する。そうやって身支度をおこないつつ、バヤジットは練兵場の先にある馬舎へ歩いた。
「ラクダを一頭だ。用意してくれ」
馬舎では馬やラクダの世話をする平民がすでに働いており、バヤジットは彼らに命じてラクダと飲み水の用意をさせた。
「道中の乗り換えはどうしやすか?そろそろ嵐の時期ですから、街道の駅舎は空っぽですよ」
「問題ない。乗り換えは不要だ」
「それで──…後ろの方も同じでよろしいので?」
「…ッ?」
厩役の男に問われて後ろを振り返った先に、ちゃっかり後をつけていたシアンの姿があった。
「そこで何をしている!」
「ちょうど暇を頂いているので…」
シアンはバヤジットに目を向けず、鞍を付けられたラクダの横腹を撫でている。
「僕のことは気にしないでください」
「そうはいくか。お前はっ…昨日の俺の話を何だと思っているんだ。俺はな、無駄に出歩くなと言ったんだ」
「それは無理です」
「ハァ、無理ではないだろう…。…第一に」
額に手を当てて溜め息をつくバヤジット。彼は項垂れたまま目を開けて、シアンの左腕に視線を流す──。
「お前の片腕──義手であったな」
「……」
「肘から下か?そんな腕でどうやって手網を操るつもりだ。とくにラクダは馬よりも気性が荒い。舐めてかかると振るい落とされてあの世行きだぞ」
「ああ、これ」
布に巻かれたその左腕は確かに人の物ではない。
「平気です」
けれどシアンは涼しい顔でひと言告げて、足ふみに片足をかけた。
ぎょっと慌てたバヤジットが駆け寄るも、それより早く鞍を掴んでラクダに体重を預ける。
シアンが飛び乗ると、ラクダが前足をあげて大きく嘶いた。
「馬鹿か落とされるぞ!早く手を───ッッ」
「…っ」
「──…ッ、お……?」
一瞬暴れた獣の背上で、口を開けて笑った青年
「ほらね」
「──…ッ」
顎をあげて得意気に見せた " したり顔 " は、バヤジットが知るどの彼よりも──少しだけ幼い。
空のキャンバスと同化しそうな白い艶肌へ朝日がいたずらに映り込み、そのせいか……彼を見上げるバヤジットが目を細めた。
“ こい つ…… ”
シアンは義手の腕に手網を二重に巻き付けると、強く張った弦のように背筋を真っ直ぐと伸ばした。そして右手でラクダの首を叩いてあやす。
「どうどう、暴れないで」
「……」
「このとおり僕は平気ですよ、バシュ。お供を許して下さいませんか?」
「…っ…スピードは変えんぞっ」
「ふふ、命がけでついて行きます」
ふいと背を向けたバヤジットは、大事にならなかったことへの安堵と、おかしな胸のざわつきを沈める為に息を吐く。
「はぁ……」
自らもラクダに飛び乗り、シアンを背後に従え街を出た。
──…
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