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第四章

復讐者の記録──壱

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 次に目覚めた時、少年はラクダの背ではなく、わらばかりが敷かれた小さな建物の中にいた。

 ゴミ捨て場のようだと思った。

 街外れで倒れていた彼を見付けてそこへ運ばせ介抱させたのは、その街で宿屋を営む女亭主。


 女亭主は少年に問うた。──名前はなんだ。


 ……答えられない


 ──何故倒れていた?


 ……答えられない


 ──何処から来た?


 ……答えられない


 ──何処へ向かうつもりだった?


 ……わからない


 全ての質問に少年が答えられず、呆れ顔の女亭主は最後にこう問いかける。




 ──あんたは生きたいのか、死にたいのか



 …………




 それにも少年は答えない。

 生きたいとは思えない。ならば自分は死にたいのか?──まさか、彼は生きてゆく事を許されなかっただけで、自ら命を絶とうとした訳ではない。

 生きるのに疲れただけだ。

 死ぬ事ができなかっただけだ。

 どちらにも転べず宙ぶらりんの状態で、" まだ " 生きてるだけの死人なのだ。


『 僕は死人だ──…』


 それは問いの答えとは言い難い、しかし他のどのような言葉よりも的を得た返答だった。


『 そうかい……、あんたは死んでるのかい 』

『……』

『 死にたいなら今すぐ野垂れ死にさせてやろうと思ったけど、死人ってならその必要はなさそうだねえ?だったらその身体、好きに使わせてもらおうじゃないか 』

 少年を救ったその女亭主は、有能で打算的な人間だった。

 彼女はすぐに少年を宿に連れ帰り、これからここで働くように命令した。

『 あんたはここで身体を売って客をとるんだ。客ってのは男が多いけどたまに女もいる。この宿の客は金持ちの商人が多いから、上手く気に入られればいい暮らしができるよ 』

 女亭主の話を聞いても少年は理解できない。彼の知らない世界の話だ。

 身体を売る?手足を切り取って差し出せばいいのか。そんな想像が限界だった。

 そう言えばと……切り落とされた指の事を思い出した少年は、指どころか、左腕の肘から下が失われているのに気が付いた。

『 壊死えしした左腕とこは切り落としておいたからね、まずはその治療ぶんを稼いでもらうよ。なぁに心配しなくても欠損した美少年を好む変態は多いさ 』

 布で巻かれた切り口をぼんやりと眺める少年は、動揺する気配がない。

 さすが死人といったところか。女亭主は感心した。



 なにも今すぐ客を付けようってんじゃないと、女亭主が言う。良い物はしっかり磨いて高値で買わせる主義だ。

 先ずはどんなものか見てみろと言われ、彼女の後に続いて少年は店の中に入った。

 宿と言うよりは食堂だった。いくつも用意された机に5、6人の男のグループが3組、座って酒を飲んでいる。

 給仕をしているのは若い青年達。

 給仕係が酒器を運び、席につく男達に呼び止められては何か囁かれている。

『 ぁひッ……ァァっ‥‥そんな… 』

『 おーおーもう出来上がってるなぁ。掴んだだけでおっ勃てて可愛いなぁ 』

『 や、ソコ…‥…‥‥ァ、ぁぁん…// ダメですそんな…ッ つよく、手、動かしちゃぁ……!! 』

『 こうか?コレがいいのか?気持ちよさげに悶えやがって…、ほら、イかせてほしいのか? 』

『 アアッ‥‥ひっ// 』

 そして複数人に囲まれた給仕の青年が、赤い顔をして身悶えている。彼の下半身には男達の手がいくつも伸びていた。

『 ちょっとあんた達、勝手に始めるんじゃないよ!遊ぶんだったら宿代払ってそっちに行きな 』

『 ははは、女将は相変わらず厳しいねー。んじゃあそろそろ場所を変えるか 』

 すかさず女亭主が止めに入ると、ひとりが笑って残りの酒を飲み干した。

『 俺はこいつにする、金は? 』

『 ここだよ 』

 席を立った男は先ほどの青年の肩を持ち店の出口に近付いてくる。女亭主に金を渡し、代わりに部屋札を受け取り外へ行った。


 それを見送った客達の目が、女亭主の背後に立つ少年を捕らえた。

『 そいつは新入りか? 』

『 ついさっき雇ったばかりさ。まだ右も左もわからない新品さね 』

『 いいねそういうの!初物は俺にゆずってくれよ 』

『 馬鹿言っちゃいけないよ!こんな別嬪べっひんそういないんだ。準備もなしに遊ばせて、壊されちゃあたまらないよ 』

 騒がしい声に蓋をするように、その上をいくけたたましさで女亭主が叫んだ。

 そのやり取りを、少年は他人事のように眺めている。


 彼等は何を話しているのだろう。
 自分は何故、こんなところにいるんだろう。

 何もかも……どうだっていいのに


 ……ああ


『 ──……、さい…』

『 ……?』

『 うるさい……… 』


 場にそぐわない静かな声で、少年が呟く。


 誰が言った?

 慌てる面々が暫くあたりを見回し、暴言の主がこの大人しそうな少年であったと知った時──店は静寂に包まれた。

 怒り出す者がひとりもいなかったのは、少年の弱々しい声があまりに痛ましく……そして不思議な迫力に満ちていたからだろう。



....カタン...



『 ──…今夜はいつになく静かですね。
 酒に毒でも盛られて死にましたか?皆々さま 』



 そんな中、二階へと続く階段の踊り場で、彼等を見下ろし嬌笑する者がいた。




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