上 下
23 / 143
第三章

餌はしたたかに振る舞う

しおりを挟む

「ん~?なんだ戻ってきたのか」

「腹が空いて我慢できなくなったか?」

 宿舎の食堂には、隊員達がまだ大勢残っていた。

「お前は今日の主役だからなぁ。もてなしてやる予定だったのに、さっさと消えちまって退屈してたところだ」

 先ほどシアンに食事を許さなかったひとりが、そんな事を言っている。

「本当だぞ?いけ好かねえウルヒの奴を返り討ちにしたんだ。朝の訓練ではいい物を見せてもらったからな」

「命乞いするウルヒの顔は傑作だったな!」

 酒がはいり気の大きくなった男達が豪快に笑う。酒器であるアンフォラを片手に、もう片方の手でシアンを手招く。

「なぁっ…やっぱりやっぱり危険だぞ…!? 逃げようよ」

「大丈夫」

「大丈夫かこれ…!?」

 シアンの背中に隠れたオメルが衣服の裾を引っ張る。

 すると二人のやり取りを聞き取れない男達が、早くも痺れを切らした。

「お前ら何を話している?ぐずぐずするな」

「ウルヒに腕を切られてただろ。手当してやるから……へへ、服脱いでこっちへ来いよ」

「…皆さんお優しい方々ですね」

 裾を掴むオメルの手を振り払い、シアンは食堂に入っていく。

 座る隊員の目の前まで赴くと、さっそく男の手が絡みついてくる。手首を掴む者。肩に手をまわす者。

「手当ての前にお願いがあるのですが…。僕たちに水を頂けませんか?」

「──…水?ああ、それで来たのか」

「喉が渇いて仕方がありません」

「まぁそのくらい恵んでやってもいい。干からびて死なれても面白くない」

 衣を剥ぎ取ろうとする手に対して無抵抗なシアンの顎を捕まえ、ひとりの隊員が笑った。

「飲みたいなら飲ませてやるよ…!!」

 アンフォラを傾け酒をあおる。

 その酒を口に含んだまま、シアンの顔を引き寄せた。


....ゴボッ


「……んっ」

「…っ…へ…へへ」

 合わせた口から流し込まれた葡萄酒が、シアンの喉を通り抜ける。

 勿論それだけで終わらない。

 男は酒と一緒に自らの唾液を送り込み、シアンの舌を捕まえて絡ませた。売春宿でよくあるお遊びだ。

「どうだ美味かったか?ん?」

「ん……はぁ…」

「もうスイッチが入ったか?その顔いいじゃねぇか…!」

「……はぁ、はぁ、クク」

 シアンは中途半端に空いた唇から悩ましく吐息を漏らし、薄く笑みを浮かべる。

 垂れた酒をペロリと舐めると

 一段と大きく溜め息をついた。


「──…不味い…ですね」


「…ッ…!? は?ああ!?」

「とても不味いです。残念、ながら」

「俺の酒は不味くて飲めないと言いたいのかよ!?」

「いえそれ以前の問題と言いますか…。この葡萄酒、酸化が進んだ粗悪品ではないかと」

「っ…そ あく…!? ああ?」

 シアンの表情は、周りの隊員への嘲笑だ。

 確かに、完璧な密閉方が確立されていない今の保存状態では、月日とともに酒の味は落ちる。出来たてを味わえるのはごく限られた人間だけ。

 だがそれをはっきり言われてしまっては……

 当然彼等は怒った。

「入隊試験で命拾いしたからって調子にのるなよ?下等市民が」

「市民じゃねぇ。そいつらクルバンはそれ以下だ。生きようが死のうが殺されようが、文句言えねぇんだからよ」

「そんなお前に酒の味がわかるのか?あ?」

 顔を近付けシアンを威嚇する。

「シアン!」

 食堂の入り口でオメルが叫んだ。咄嗟に駆け寄ろうとするも、他の隊員に阻まれている。

「慌てないで、オメル」

「え、でもっ…?」

「皆さんも、癪に障る言い方を──どうかお許しください。このような粗悪品は貴方方に相応しくない。…そうでしょう?」

 メンツをつぶされ怒る輩を相手に、落ち着いた口調でシアンが諭した。

「僕がこの酒の味を……変えられるとしたら?」

「なんだと?お前が?」

「試すだけでもしてみませんか?」

「…!」

 何を言い出すのかと思えば……。

 周りの隊員は唖然としている。

 シアンの身体を掴んだその手も、固まらせていた。


 シアンはそれ等の手をひとつづつ外して、オメルに声をかけた。

「来て。手伝ってくれるかい?」

「…っ…お、おう!」

 彼は新たな酒器を手に厨房側に入ると、石窯の下を覗く。

「オメル、悪いけど僕の代わりに火をおこしてほしい」

「火?いいけど、なんで?」

「酒を美味しくするんだよ。片手だと上手くできないから、頼むよ」

 小ぶりな鍋をひとつ持ち出し、その中に葡萄酒を注いだ。

 オメルは言われたとおり道具を使って火をおこす。慣れた手つきだ。

 パチンパチンと炭の周りで火花が弾け、かまどの中が熱くなると、シアンはその上に先ほどの鍋を置いた。

 火にかけられた酒は、しだいにグツグツと煮立ってくる。

「シアンこれ何?あいつら熱湯のむの?」

「いやそういうわけじゃなく…」

「火傷するの好きなの?」

「…」

 見物人が鍋の前に集まる中、注目の的にされているオメルは相変わらずシアンの背後から離れない。

 料理なら、酒に何かしらを混ぜるのだろうか。何人もの酔った赤い目が次の一手を待っているようだ。


「…そろそろか」


 だがその一手がないまま、シアンは火を消してしまった。


「できました」

「?」

「酒器を渡してください。それとかめから水を──そうですね、ひと掬い入れれば丁度よい温度で飲めるかと」

「馬鹿にしてんのか!これで終わり!? 冗談だろ」

 火にかけただけで終わったところで、納得できない彼等が憤慨するのは当たり前──。

 今度こそ無事ではすまない。

“ ひええええ!嘘だろシアン!? ”

「温めただけで美味くなるわけないだろうが!」

“ うんうんそうだよなっ。そうだよな!? ”

「その煮立った酒をおキレイな顔にぶっかけてほしいのかよ?」

“ にっ逃げなきゃ…!! 逃げなきゃ不味いぞシアンー!! ”

 落ち着いているのはシアンただひとりだけ。

 あたふたオメルは置いておき、荒ぶる男達に彼は酒を差し出した。

「どうぞお飲み下さい」

「そんなので騙されるか。全部見てたんだぞ?温めただけで味が変わってるわけがない」

「飲んでみなければわかりませんよ」

「試す価値もないだろう。だいたいお前はクルバンの癖に俺達に対して──ッッ」

「どうぞ(ニコリ)お 飲 み く だ さ い」

「ッ…!? お…おう…!?」

 何故か確信のあるシアンの態度は、隊員が尻込みするほどの余裕っぷりだった。美しい顔の意味深な迫力に気圧されて、酒の器を受け取る。

「味は如何でしょうか」

「いかがと言われても別に何がどう変わるってんだこんな…──っ、……ん?これ、は……!?」

「……」

「なんだこれっ…味が全く…違う…!?」


ザワッ


「美味くなってる……のか……!? 不思議と甘いぞ」

「貴様もう酔っ払ってるだろう。器をかせ!」

「俺にも飲ませろ!──…!」

「変だな…!! 酒が甘く変わっている…!!」

「鼻につく香りも消えてるな。飲みやすい」


“ え、どおいう、こと…? ”

 何のことやら分からずじまいのオメルはまだ怯えているが、酒を飲んだ隊員の反応は良好だった。

「今は温かいままですが、再び冷やして飲んでも美味いですよ」

「そりゃあいいな!やるじゃないかクルバン」

「皆さんのお役に立てたなら嬉しいです」

 酸味が消え作り立ての味に戻った葡萄酒。機嫌を直した面々はシアンへの怒りを捨てて晩酌を再開する。



......


コトン


「──…はい、君にはお水」

「……。シアンは、魔法使いみたいだ」

「魔法なんて使えないさ。僕はね」








───…




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛して、許して、一緒に堕ちて・オメガバース【完結】

華周夏
BL
Ωの身体を持ち、αの力も持っている『奏』生まれた時から研究所が彼の世界。ある『特殊な』能力を持つ。 そんな彼は何より賢く、美しかった。 財閥の御曹司とは名ばかりで、その特異な身体のため『ドクター』の庇護のもと、実験体のように扱われていた。 ある『仕事』のために寮つきの高校に編入する奏を待ち受けるものは?

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

主神の祝福

かすがみずほ@11/15コミカライズ開始
BL
褐色の肌と琥珀色の瞳を持つ有能な兵士ヴィクトルは、王都を警備する神殿騎士団の一員だった。 神々に感謝を捧げる春祭りの日、美しい白髪の青年に出会ってから、彼の運命は一変し――。 ドSな触手男(一応、主神)に取り憑かれた強気な美青年の、悲喜こもごもの物語。 美麗な表紙は沢内サチヨ様に描いていただきました!! https://www.pixiv.net/users/131210 https://mobile.twitter.com/sachiyo_happy 誠に有難うございました♡♡ 本作は拙作「聖騎士の盾」シリーズの派生作品ですが、単品でも読めなくはないかと思います。 (「神々の祭日」で当て馬攻だったヴィクトルが受になっています) 脇カプの話が余りに長くなってしまったので申し訳ないのもあり、本編から独立しました。 冒頭に本編カプのラブシーンあり。

獅子帝の宦官長

ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。 苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。    強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受     R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。 2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました 電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/ 紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675 単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております 良かったら獅子帝の世界をお楽しみください ありがとうございました!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...