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第三章 朝鮮の役
朝鮮出兵
しおりを挟む半年の時が流れ、天正十九年(一五九一)に入った。
このころには一勝も傷は癒え、食事もしっかりとれるようになり、体重ももとに戻りつつあった。顔の傷はもちろん治らず、欠唇という醜い顔になったが、一勝は、顔の傷は武人の誇り、と笑っていた。
同年の正月、年賀を述べに正則おのもとに行くと、正則は、自身の家臣たちの先の小田原合戦での苦労をねぎらい、正式な論功行賞を行なった。
それにより、なんと一勝は、家老に抜擢されたのであった。
「わ、私が宿老に?」
驚く一勝に、正則は、
「そちの忠勤は、わしが一番認めておる。他の者も異存はあるまい。我が片腕として、奉公につとめてもらいたい」
このことは千代もいっしょによろこんでくれた。
一勝は、家老になれたこともうれしかったが、千代が喜んでくれることがなによりもうれしかった。
かれが傷を負ったときの千代の献身を、一勝はずっと恩義に感じているのであった。
豊臣秀吉が、いつから唐入り(中国征討)を志したかは判明ではない。しかしこの年、天正十九年の六月には、対馬の宗吉智(宗義智)を通じて、朝鮮王の李胎に対して明国(当時の中国の国名)との和親を斡旋してくれるよう頼んだが、九月になって、朝鮮側はこれを拒否する旨、回答してきた。
これに怒った秀吉は、朝鮮に対して宣戦を布告する。
十二月に秀吉は国政の長である関白の職を甥の秀次に譲り、自身は太閤を称して身軽な立場で朝鮮征討を期したのであった。
翌天正二十年(一五九二)正月、秀吉は、軍の動員を諸大名に命じ、まず、小西行長と宗吉智を朝鮮に遣わした。ついで二月、加藤清正を派遣し、島津と鍋島の諸軍を対馬へ出兵させた。
福島軍は四国勢として、長宗我部元親、蜂須賀家政、戸田勝成、生駒親正とともに壱岐に派遣された。
その遠征軍の中には、傷の癒えた一勝の姿もあった。
「本当に良いのか、勘兵衛」
心配しやる正則に、一勝は笑って答えた。
「大事ございませぬ。いつまでも寝ていては、殿に御奉公できませぬ。この一挙は大きないくさ。是非、御そば近くで、大功を立てさせてくださいませ」
「うむ、その意気や良し。わしから一国を与えるぐらいな功を立ててみせよ」
一勝は、割れた唇の端をあげて笑みをつくった。
このとき動員された福島軍は、四千八百といわれている。
国で出征の準備に追われている一勝のところに、スガ目が現れた。
「おい『山路』。おぬし、唐入りに参加するそうな」
一勝はけわしい表情を作った。
「さようにございますが、わたくしは『長尾』でございます」
「まあ、よいではないか、『山路』。ぬしに朗報だ」
「朗報?」
「わしは、唐入りには参加せぬ。よかったな」
一勝のけわしい表情が和らいだ。
スガ目は笑って、
「ぬしの顔に返答が書いてある。わかりやすい奴よな」
指摘されて一勝はまたけわしい表情を作った。
「なぜ、正家さまは御参加になられないので?」
スガ目はまた笑って、
「わしの諱を知っておったのか。家中の者はみなわしを『スガ目』などと呼んでさげすんでおるので、諱など忘れてしまっておったよ」
「そんな……」
スガ目は、「まあ、よい。わしは正則殿に城の留守居を頼まれたのよ。そういうことだ」
「さようですか……」
一勝はスガ目が朝鮮戦線に参加しないと聞いて、正直、少し安堵したのであった……。
かれは、そんな自分が、すこし卑しい人物になっていないかと思い、かえりみるのである。
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