20 / 30
第四章 賤ヶ岳合戦
一勝、離叛
しおりを挟む
こうした羽柴側の不信感をさらにあおるできごとがあった。
四月四日に勝家は、神明山砦を攻撃した。しかし、遠巻きに銃撃戦をおこなうのみであり、本格的な戦いには発展しなかった。
さらに勝家の軍は、翌五日の卯ノ下刻(午前六時ごろ)に堀秀政の守る左禰山城を攻撃した。
この日も遠巻きに、銃撃戦をくりかえし、白兵戦には至らなかった。
未ノ下刻(午後二時ごろ)になって、勝家側は銃撃をやめ、隊をととのえて、本陣に引き揚げた。
秀吉は勝家の行動に不審なものを感じた。
(なぜ、あのような散発的な行動に終始するのか? もしや、内応者が呼応するのを待っておるのか?)
秀吉の勘が電雷のように走った。
かれの脳裏に、大金藤八郎や木下一元、山路正国らの、長浜衆の顔がゆらゆらと揺らめいた。
(どうにも信用できぬ……)
秀吉は堀秀政に使いをやって、神明山砦を出て左禰山にいた木下昌利(将監)を堂木山に入れ、長浜衆の三名を監視させることとした。木下昌利はふたたび堂木山砦に移ることになった。
秀吉からの書状は、堀秀政へ、長浜衆が信用できないと、切々と訴えていた。
堀秀政から書状を見せられた木下昌利は、秀吉の苦衷をおもって心を痛めた。
「との(秀吉)がこれほど苦しまれておるとは……」
「将監どの(木下昌利)。なにとぞよしなに」
「久太郎さま(堀秀政)、それがしにお任せください。
秀政は木下昌利の両手を包むようにして、握り、ぎゅっと、力を込めた。
それに応えるように、木下昌利も、力強くうなずいた。
秀吉と堀秀政の意向を受けて、木下将監昌利が堂木山砦にやってきた。
将監昌利が口をひらいた。
「堂木山が手薄と聞いたので助力に参りました。どうぞ、よしなに」
大金はとても喜んで、木下昌利を迎え入れた。
「どうぞ、よしなに」
「おお、大金どの。こちらこそ、よしなに願います」
なごやかな空気を一変させたのは、正国だった。
「木下将監どのは、われらの目付(見張り)としてやってきた。そう理解してよろしいか?」
冷たい口調だ。
にこにこと柔面で木下昌利は答えた。
「しかり」
木下は、席を立って、
「ちと、用足しに行ってきますよ」
木下の抜けた席で、正国は怒りを隠さなかった。
「木下を見ただろう。奴はわれらの監視役なのだ。はなから疑ってかかっておるのよ」
一勝もそれに異論はない。しかし、ここで爆発してどうするというのか。
「兄者。しかし、ここは落ち着くのも大事ぞ」
「木下を派遣したのは、木村常陸じゃ。木村の我らへの仕打ちには、もう我慢がならぬ!」
正国は憤懣をぶちまける。
「羽柴さまに返り忠(裏切り)するおつもりか?」
ズバリと久之丞一勝は訊いた。
正国は否定せず、言葉をかえした。
「久之丞、おぬしはどう考える?」
「軽挙妄動はつつしまれよ、兄者。われらの母上や、兄者のお子らや兄嫁さまも証人(人質)として筑前さま(秀吉)へ差し出しておる。兄者は、かの人びとのお命を軽んじてはおられぬか?」
「われらの矜持はどうなのだ。筑前どののお考えはようわからぬが、さりとて、木村はいつまでもわれらを裏切者として扱おう。そんな状況を坐視できるのか」
「いつまでも、ということはございますまい。時が解決しますよ。われらが筑前さまに奉公を尽くせば、至誠は届きましょう」
「…………」
「そういえば兄者。このあたりで囁かれている風聞(うわさ)では、柴田修理さま(勝家)が、使を送って勝豊さまの宿老衆へ褒美をもって誘っていると言われているようだ。そは、真か?」
「否定はしない」
「──‼」
兄の口から真実を聞かされて、一勝は少なからず衝撃を受けた。
ややあって、気持ちをととのえ、つぎの句を継いだ。
「──兄者。聞くえらく、兄者は、勝豊さまの旧領である越前の丸岡十二万石で誘いをかけられているとか? それは噓だよな?」
正国は、是、とも、否、ともいわず、
「左様さな。返り忠の恩賞としては妥当かな」
とうわさの値踏みをした。
それに対して、一勝は、顔に険をつくった。
「ひとごとのように誤魔化さないでいただきたい。是、ですか? 否、ですか?」
一勝は正国の切れ長の目をのぞき込むように問うた。
「是、じゃ。大名になれる好機ぞ。逸せぬ」
答えを聞いて、一勝は、ふぅーっと息を吐いた。
「けっきょく、利を喰らわせられたということですか」
「そう思いたければ思うがいい」
「失望したぞ! 兄者!」
一勝は、席を蹴って、その場を去った。
四月四日に勝家は、神明山砦を攻撃した。しかし、遠巻きに銃撃戦をおこなうのみであり、本格的な戦いには発展しなかった。
さらに勝家の軍は、翌五日の卯ノ下刻(午前六時ごろ)に堀秀政の守る左禰山城を攻撃した。
この日も遠巻きに、銃撃戦をくりかえし、白兵戦には至らなかった。
未ノ下刻(午後二時ごろ)になって、勝家側は銃撃をやめ、隊をととのえて、本陣に引き揚げた。
秀吉は勝家の行動に不審なものを感じた。
(なぜ、あのような散発的な行動に終始するのか? もしや、内応者が呼応するのを待っておるのか?)
秀吉の勘が電雷のように走った。
かれの脳裏に、大金藤八郎や木下一元、山路正国らの、長浜衆の顔がゆらゆらと揺らめいた。
(どうにも信用できぬ……)
秀吉は堀秀政に使いをやって、神明山砦を出て左禰山にいた木下昌利(将監)を堂木山に入れ、長浜衆の三名を監視させることとした。木下昌利はふたたび堂木山砦に移ることになった。
秀吉からの書状は、堀秀政へ、長浜衆が信用できないと、切々と訴えていた。
堀秀政から書状を見せられた木下昌利は、秀吉の苦衷をおもって心を痛めた。
「との(秀吉)がこれほど苦しまれておるとは……」
「将監どの(木下昌利)。なにとぞよしなに」
「久太郎さま(堀秀政)、それがしにお任せください。
秀政は木下昌利の両手を包むようにして、握り、ぎゅっと、力を込めた。
それに応えるように、木下昌利も、力強くうなずいた。
秀吉と堀秀政の意向を受けて、木下将監昌利が堂木山砦にやってきた。
将監昌利が口をひらいた。
「堂木山が手薄と聞いたので助力に参りました。どうぞ、よしなに」
大金はとても喜んで、木下昌利を迎え入れた。
「どうぞ、よしなに」
「おお、大金どの。こちらこそ、よしなに願います」
なごやかな空気を一変させたのは、正国だった。
「木下将監どのは、われらの目付(見張り)としてやってきた。そう理解してよろしいか?」
冷たい口調だ。
にこにこと柔面で木下昌利は答えた。
「しかり」
木下は、席を立って、
「ちと、用足しに行ってきますよ」
木下の抜けた席で、正国は怒りを隠さなかった。
「木下を見ただろう。奴はわれらの監視役なのだ。はなから疑ってかかっておるのよ」
一勝もそれに異論はない。しかし、ここで爆発してどうするというのか。
「兄者。しかし、ここは落ち着くのも大事ぞ」
「木下を派遣したのは、木村常陸じゃ。木村の我らへの仕打ちには、もう我慢がならぬ!」
正国は憤懣をぶちまける。
「羽柴さまに返り忠(裏切り)するおつもりか?」
ズバリと久之丞一勝は訊いた。
正国は否定せず、言葉をかえした。
「久之丞、おぬしはどう考える?」
「軽挙妄動はつつしまれよ、兄者。われらの母上や、兄者のお子らや兄嫁さまも証人(人質)として筑前さま(秀吉)へ差し出しておる。兄者は、かの人びとのお命を軽んじてはおられぬか?」
「われらの矜持はどうなのだ。筑前どののお考えはようわからぬが、さりとて、木村はいつまでもわれらを裏切者として扱おう。そんな状況を坐視できるのか」
「いつまでも、ということはございますまい。時が解決しますよ。われらが筑前さまに奉公を尽くせば、至誠は届きましょう」
「…………」
「そういえば兄者。このあたりで囁かれている風聞(うわさ)では、柴田修理さま(勝家)が、使を送って勝豊さまの宿老衆へ褒美をもって誘っていると言われているようだ。そは、真か?」
「否定はしない」
「──‼」
兄の口から真実を聞かされて、一勝は少なからず衝撃を受けた。
ややあって、気持ちをととのえ、つぎの句を継いだ。
「──兄者。聞くえらく、兄者は、勝豊さまの旧領である越前の丸岡十二万石で誘いをかけられているとか? それは噓だよな?」
正国は、是、とも、否、ともいわず、
「左様さな。返り忠の恩賞としては妥当かな」
とうわさの値踏みをした。
それに対して、一勝は、顔に険をつくった。
「ひとごとのように誤魔化さないでいただきたい。是、ですか? 否、ですか?」
一勝は正国の切れ長の目をのぞき込むように問うた。
「是、じゃ。大名になれる好機ぞ。逸せぬ」
答えを聞いて、一勝は、ふぅーっと息を吐いた。
「けっきょく、利を喰らわせられたということですか」
「そう思いたければ思うがいい」
「失望したぞ! 兄者!」
一勝は、席を蹴って、その場を去った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
がむしゃら三兄弟 第一部・山路弾正忠種常編
林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。
非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。
第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。
戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。
(タイトルの絵はAIで作成しました)
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
くじら斗りゅう
陸 理明
歴史・時代
捕鯨によって空前の繁栄を謳歌する太地村を領内に有する紀伊新宮藩は、藩の財政を活性化させようと新しく藩直営の鯨方を立ち上げた。はぐれ者、あぶれ者、行き場のない若者をかき集めて作られた鵜殿の村には、もと武士でありながら捕鯨への情熱に満ちた権藤伊左馬という巨漢もいた。このままいけば新たな捕鯨の中心地となったであろう鵜殿であったが、ある嵐の日に突然現れた〈竜〉の如き巨大な生き物を獲ってしまったことから滅びへの運命を歩み始める…… これは、愛憎と欲望に翻弄される若き鯨猟夫たちの青春譚である。
吼えよ! 権六
林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。
ラスト・シャーマン
長緒 鬼無里
歴史・時代
中国でいう三国時代、倭国(日本)は、巫女の占いによって統治されていた。
しかしそれは、巫女の自己犠牲の上に成り立つ危ういものだった。
そのことに疑問を抱いた邪馬台国の皇子月読(つくよみ)は、占いに頼らない統一国家を目指し、西へと旅立つ。
一方、彼の留守中、女大王(ひめのおおきみ)となって国を守ることを決意した姪の壹与(いよ)は、占いに不可欠な霊力を失い絶望感に伏していた。
そんな彼女の前に、一人の聡明な少年が現れた。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる