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第二章 柴田勝豊家老・山路将監

羽柴秀吉、旧主信長の葬儀を挙行する

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 秀吉は、織田の天下を乗っとるために、つぎの一手を繰りだした。
 それは秀吉が信長の後継者であることを内外に示すことである。
 一番わかりやすいのは、羽柴家が信長の葬儀を大々的におこない、秀吉が信長の後継者であると周囲に認識させることであろう。
 その周囲とは、織田家の譜代ふだいであり、外様とざまであり、公家くげ、寺社の僧、そしてあまたの百姓ひゃくしょうたち。その隅々に知れ渡らせる必要があった。
 しかし、信長には勝家かついえを筆頭に、譜代はいうにおよばず、幼いながらも実子も多く、織田の連枝れんしの心情もあり、すぐ葬儀をやるというわけにはいかなかった。
 まず、秀勝ひでかつ(信長の実子で四男。秀吉に養子として与えられた人物)の名によって、信雄のぶかつ信孝のぶたかに葬儀を出したいむね、打診だしんをした。
 しかし、秀吉はおのれがおこなう信長の葬儀に、かれらが出席することはのぞんでいない。あれこれ条件をつけて、信雄、信孝、そして勝家派の面々が出席しにくい状況をつくることだ。
 だが、それはあまり苦労はなかった。
 なぜなら、喪主もしゅを秀吉の養子の秀勝にすることで、ほぼ、秀吉の目論見もくろみは達せられるからだ。秀勝は信長の実子ではあるが、秀吉の養子であり、いまは秀吉の子という位置づけである。つまり「秀勝=秀吉」と見なされるであろう。すくなくとも、秀吉が排除したい面々はそう考えるだろう。秀吉主導の葬儀など、出ていくだけで、秀吉派とみられるに限っている。なれば、秀吉の下風かふうに立ちたくない信雄、信孝はもちろん、勝家自身もそうだが、勝家の与党よとうなども出席できるはずがない。
 そういう論理で秀吉は自身にくみしない者たちを排除した。
 ただし葬儀自体の準備に時間がかかり、結局十月十五日になって秀吉は京都の大徳寺だいとくじで信長の葬儀を挙行きょこうできた。
 信長のひつぎには、生前の信長の生き写しとおもわれるほどの精巧せいこうな木像をつくって、これを納めた。
 棺のまえには、恒興つねおきの次男の照政てるまさ、棺のあとには秀吉の養子秀勝が従い、位牌いはいは信長の八男の長丸ちょうまる(のちの織田信好のぶよし)が持ち、秀吉はその次に太刀をもって従った。
 棺は金紗きんさ金襴きんらんでつつみ、その本体には彫刻を施して、先述の信長の木像を納めて荼毘だびに付した。
 おもな出席者は、京の公家が中心であり、織田家からは丹羽にわ長秀ながひで名代みょうだいを出し、細川藤孝ほそかわふじたかは自分が上京して出席した。筒井順慶つついじゅんけいも葬儀に協力して、警固けいごの兵を出したという。
 とうぜん、信雄、信孝、勝家は自身は当然のこと、名代も出さずその葬儀を黙殺もくさつした。
 結果、秀吉の所期しょきの目的は達せられた。
 この三日にわたる大葬儀によって、公家の多くは信長の後継者として秀吉の名を胸に刻んだのであった。

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