2 / 30
第一章 離反
三七信孝 四国方面軍総司令となる
しおりを挟む天正九年(一五八一)の二月二十八日の馬揃えで、信長が連枝衆の中で、特別の地位と認めている人物は五人いた。
序列で示すと、新当主信忠、二男北畠信雄、信長の弟の織田信包、信長三男の神戸信孝、それと信長の甥である津田信澄である。
このなかで、新当主であり織田家家督の信忠は別格扱いだが、信孝は兄の信雄に序列の上をゆずるのはいたしかたないにしても、叔父の信包の次である第四番目のあつかいであった。このときの信孝の思いはいかばかりであったのか。
信雄と信孝は同じ年の生まれで、一説によると、信孝の方が、数日早く生まれたらしい。しかし、信雄は正室の生駒氏から生まれたのに対し、信孝は側室の坂氏からの生まれであり、それをはばかって、信雄の生まれたのちに、信孝が生まれたと信長に報告したらしい。
信長が信雄を愛し、信孝をあまり顧みなかったとおもわれるのは、馬揃えのときも、信雄は三十騎をひきいることを許されたのに対し、信孝は、わずか十騎しかみとめられなかったことを傍証とする。また、官位の昇進をみても、信孝は天正五年(一五七七)十一月に従五位下侍従を拝命するが、このときすでに信雄は、従四位下左中将であったことをみても、その待遇のいちじるしい差を感じずにはおられない。
しかしながら信孝は、自身の能力に、つよい自負があった。
そこは信長も認めているのではとみられるのは、天正九年七月二十五日に、信忠、信雄、信孝の三兄弟が安土に呼ばれ、信長から直々に名刀を与えられていることからも理解できる。信長は四男以下の息子達をほとんど顧みることはしなかったが、その中において、信孝が、側室の腹でありながら、信長に愛されたのは、やはり、信孝のその高い能力を買われたからだと思われる。
天正十年(一五八二)二月、信長はそれまで、長宗我部氏と誼をつうじ、四国を長宗我部氏の支配下に置くことを認めてきたが、この月、その方針を百八十度転換させ、織田氏の支配下に置くことをきめた。
まず信長は、三好氏でありながらも信長の軍門に降った三好山城守康長を呼びよせ、先鋒として四国ヘ渡海させた。
三好山城が四国に渡ったのちの五月七日、信孝は信長によばれた。
「三七、讃岐一国をそなたにまかせることにする。四国の国人をよく慰撫し、統御するように」
「かしこまりましてございます」
「うむ」
「でな、いま三好山城を四国にやっているが、その康長をおのが父母と思って仕えるように」
「はい」
「いちおう、おぬしを阿波へやる際には、三好山城の養子として、四国にやるつもりである」
「では、神戸の名跡は……」
「もはや不要であろう。伊勢はもはや織田の支配下にある。一方で、四国では三好家の名跡がものをいう。もともと阿波は三好の本貫であるしな。三好山城の息子の触れ込みで、四国を攻めれば、現地の国人も御しやすかろう」
「御意」
信孝は冷静をよそおっていた。そう、かれの返事の声音は平板であった。
が、信孝がにぎった拳が小きざみに震えていたのをみて、信長はちょっと笑みをつくった。
信孝はそれまでの織田家中における冷遇とみられる立場から逆転し、ついに四国方面軍総司令という、重席に着いたのであった。
信孝は信長の連枝であることはまちがいないが、それまではあまり重く用いられてこなかったことも事実である。いま、このときになって、信孝を四国方面軍総司令に抜擢したことは、信長が信孝の実力を認めていることの証左といえる。
ついで、五月二十五日、信孝は安土城に登り、ふたたび信長に謁見した。
信長は「期待している」と言葉をかけ、それに信孝も応えるべく、尽力する旨、返答した。
この席で信長は、信孝の補佐として、丹羽長秀と蜂屋頼隆を副将格で付け、四国におくるといった。
そのなかで信孝が気になったのは、もう一人、副将として、津田信澄をやるといったことである。
津田信澄は信長の弟織田信勝の実子で、幼少期は柴田勝家にあずけられていたが、長じるにつれてその才を発揮し、信長に愛された人物である。
先述したように、京都における馬揃えでは信孝に次ぐ五番目ではあるが、連枝衆の中では別格あつかいされた人物である。
どう別格かといえば、信澄は信長の秘書的な役割をつとめていた一方で、遊撃軍として各地も転戦していた。非常に忙しい人物であったことはまちがいないし、信長に愛されていたことも是認できる。だからこそ、信長は連枝衆のなかで信澄を五番目の序列で別格に扱ったし、ほかの織田の部将たちからも、一目置かれる人物であった。
さて、そんな津田信澄ゆえ、信孝は何かと比較される相手なので、信長がこのたびの四国遠征の副将として信澄を付けたことは、信孝と信澄を競わせる思惑があることは、信孝ならずともわかりきった人選であった。
その信澄は現在、大坂にあって、信孝たちの本隊と合流後、四国に渡るむね、信長から命令があった。
信孝がひきいる四国方面軍は、総勢一万四千と大軍であった。そのため、兵は各地から集められた、寄せあつめの軍隊であった。
このことがのちに、信孝を不利に導いてしまうのだが、いまの信孝にそれを予想するまでの思考はもちあわせていなかった。
だからといって信孝を責めることはできない。
なぜなら、こののちに起きる政変のことなど、信孝の想像の範疇を超えるものだったからである。
そう、『本能寺の変』である。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
がむしゃら三兄弟 第一部・山路弾正忠種常編
林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。
非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。
第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。
戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。
(タイトルの絵はAIで作成しました)
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる