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第一章 離反

三七信孝 四国方面軍総司令となる

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 天正てんしょう九年(一五八一)の二月二十八日の馬揃うまぞろえで、信長が連枝衆れんししゅうの中で、特別の地位と認めている人物は五人いた。
 序列で示すと、新当主信忠のぶただ、二男北畠きたばたけ信雄のぶかつ、信長の弟の織田信包のぶかね、信長三男の神戸かんべ信孝のぶたか、それと信長の甥である津田つだ信澄のぶずみである。
 このなかで、新当主であり織田家家督かとくの信忠は別格扱いだが、信孝は兄の信雄に序列の上をゆずるのはいたしかたないにしても、叔父の信包の次である第四番目のあつかいであった。このときの信孝の思いはいかばかりであったのか。
 信雄と信孝は同じ年の生まれで、一説によると、信孝の方が、数日早く生まれたらしい。しかし、信雄は正室せいしつ生駒氏いこましから生まれたのに対し、信孝は側室そくしつ坂氏さかしからの生まれであり、それをはばかって、信雄の生まれたのちに、信孝が生まれたと信長に報告したらしい。
 信長が信雄を愛し、信孝を顧みなかったとおもわれるのは、馬揃えのときも、信雄は三十騎をひきいることを許されたのに対し、信孝は、わずか十騎しかみとめられなかったことを傍証ぼうしょうとする。また、官位の昇進をみても、信孝は天正五年(一五七七)十一月に従五位下じゅごいのげ侍従じじゅうを拝命するが、このときすでに信雄は、従四位下じゅしいのげ左中将さちゅうじょうであったことをみても、その待遇のいちじるしい差を感じずにはおられない。
 しかしながら信孝は、自身の能力に、つよい自負があった。
 そこは信長も認めているのではとみられるのは、天正九年七月二十五日に、信忠、信雄、信孝の三兄弟が安土に呼ばれ、信長から直々に名刀を与えられていることからも理解できる。信長は四男以下の息子達をほとんど顧みることはしなかったが、その中において、信孝が、側室の腹でありながら、信長に愛されたのは、やはり、信孝のその高い能力を買われたからだと思われる。

 天正十年(一五八二)二月、信長はそれまで、長宗我部ちょうそかべ氏とよしみをつうじ、四国を長宗我部氏の支配下に置くことを認めてきたが、この月、その方針を百八十度転換させ、織田氏の支配下に置くことをきめた。
 まず信長は、三好みよし氏でありながらも信長の軍門に降った三好みよし山城守やましろのかみ康長やすながを呼びよせ、先鋒せんぽうとして四国ヘ渡海とかいさせた。
 三好山城が四国に渡ったのちの五月七日、信孝は信長によばれた。
三七さんしち讃岐さぬき一国をそなたにまかせることにする。四国の国人ものどもをよく慰撫いぶし、統御とうぎょするように」
「かしこまりましてございます」
「うむ」
「でな、いま三好山城を四国にやっているが、その康長をおのが父母と思って仕えるように」
「はい」
「いちおう、おぬしを阿波あわへやる際には、三好山城の養子として、四国にやるつもりである」
「では、神戸かんべ名跡みょうせきは……」
「もはや不要であろう。伊勢はもはや織田の支配下にある。一方で、四国では三好家の名跡がものをいう。もともと阿波は三好の本貫ほんがんであるしな。三好山城の息子の触れ込みで、四国を攻めれば、現地の国人ものどもぎょしやすかろう」
御意ぎょい
 信孝は冷静をよそおっていた。そう、かれの返事の声音こわね平板へいばんであった。
 が、信孝がにぎったこぶしが小きざみに震えていたのをみて、信長はちょっと笑みをつくった。
 信孝はそれまでの織田家中における冷遇れいぐうとみられる立場から逆転し、ついに四国方面軍しこくほうめんぐん総司令そうしれいという、重席じゅうせきに着いたのであった。
 信孝は信長の連枝れんしであることはまちがいないが、それまではあまり重く用いられてこなかったことも事実である。いま、このときになって、信孝を四国方面軍総司令に抜擢したことは、信長が信孝の実力を認めていることの証左しょうさといえる。
 ついで、五月二十五日、信孝は安土城あづちじょうに登り、ふたたび信長に謁見えっけんした。
 信長は「期待している」と言葉をかけ、それに信孝も応えるべく、尽力じんりょくする旨、返答した。
 この席で信長は、信孝の補佐として、丹羽にわ長秀ながひで蜂屋はちや頼隆よりたか副将格ふくしょうかくで付け、四国におくるといった。
 そのなかで信孝が気になったのは、もう一人、副将として、津田つだ信澄のぶずみをやるといったことである。
 津田信澄は信長の弟織田信勝のぶかつの実子で、幼少期は柴田勝家しばたかついえにあずけられていたが、長じるにつれてその才を発揮し、信長に愛された人物である。
 先述したように、京都における馬揃えでは信孝に次ぐ五番目ではあるが、連枝衆の中では別格あつかいされた人物である。
 どう別格かといえば、信澄は信長の秘書的な役割をつとめていた一方で、遊撃軍ゆうげきぐんとして各地も転戦していた。非常に忙しい人物であったことはまちがいないし、信長に愛されていたことも是認ぜにんできる。だからこそ、信長は連枝衆れんししゅうのなかで信澄を五番目の序列で別格に扱ったし、ほかの織田の部将たちからも、一目置かれる人物であった。
 さて、そんな津田信澄ゆえ、信孝は何かと比較される相手なので、信長がこのたびの四国遠征の副将として信澄を付けたことは、信孝と信澄を競わせる思惑があることは、信孝ならずともわかりきった人選であった。
 その信澄は現在、大坂にあって、信孝たちの本隊と合流後、四国に渡るむね、信長から命令があった。
 信孝がひきいる四国方面軍は、総勢一万四千と大軍であった。そのため、兵は各地から集められた、寄せあつめの軍隊であった。
 このことがのちに、信孝を不利に導いてしまうのだが、いまの信孝にそれを予想するまでの思考はもちあわせていなかった。
 だからといって信孝を責めることはできない。
 なぜなら、こののちに起きる政変のことなど、信孝の想像の範疇はんちゅうを超えるものだったからである。
 そう、『本能寺ほんのうじへん』である。

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