5 / 18
出会編
4.散策
しおりを挟む絵を描くのが昔から好きだった。でも、画家になる才能はないと知っていた。まれに譲って欲しいと言ってくれる人が現れるくらい。
田舎に引っ越してきてからはよく絵を描いている。なにしろ自然が豊か。季節の移り変わりで、表情がガラッと変わる。
毎日描きたいのに絵の具と紙は高価だ。だから、購入するのは月に一枚、フリーマーケットで売れたら一枚買い足すルールをつけている。
だから私の身なりはみすぼらしいかもしれない。お給料のほとんどを趣味に注ぎ込むから、前より痩せたし。
私の実家は裕福だった。両親は、騎士であるペルテト様との結婚を期待していたようだった。別れたときに縁を切られた。私は両親も失ったのだ。
わずかなお金を渡されて追い出されたし、ペルテト様からの贈り物も換金されているだろう。
○⚫️○
「私は何を着ていけばいいの……」
ノイエさんから頼まれた泉への案内を快諾したのを後悔している。
「これも、それも、繕い跡がある……」
想像以上に酷い。可愛らしいワンピースは一枚もないし、シャツやズボンは中古で購入して繕ってある。
「無事なのは制服だけじゃないの」
デートではない。それでも、若い娘としてオシャレがしたかった。素敵な男性とならばなおさら。
「諦めるしかないの」
待ち合わせ場所に食堂の制服で現れた私を、ノイエさんは笑わなかった。目を丸くしていたのはしょうがない。
穴がある服を見せるよりはずっとマシ。背中やお腹にお店の名前が書いてあるからお店の宣伝にもなる。
「気取らずに来てくれたのはありがたい」
「泉までは長い草がありますから」
ノイエさんは服装に気を使ってくれたようだ。サックスブルーのバンドカラーシャツにシワはない。靴もピカピカで楽しみにしてくれていたのかと想像してしまう。
「何持ってきたんだ?」
「せっかくですからスケッチブックを。あとはお弁当です」
バスケットを掲げて見せると、瞳がキラキラと輝いて見えた。
「君の手作りか? 」
「ご安心ください、アンナおばさんのお手製です。腕によりをかけたと言ってました。後で感想を伝えてくださいね」
遊んでもらえない子犬のようだ。幻想の耳が垂れて見える。
「君もくるんだよな? 」
「必要ならば……」
「必要だ」
アンナおばさんにからかわれるだろう。でもその想像は嫌じゃなかった。
待ち合わせた中央広場から湖は歩いて十五分かかる。空が綺麗ですねとか、ノイエさんは街に住んでるんですかとか、なんだかお見合いみたいな話をした。
書き出した情報になるとノイエさんはノイエ・ベルナルドと名乗った。貴族ではなく平民の生まれで次男。23歳だからペルテト様よりも一歳下。騎士団では階級で序列が決まり年齢は関係ないらしい。
私のことは話さなかった。聞かれなかったし。仕事にやりがいはあるのかとは聞かれたから大きく頷いたけど。
「あ、見えてきましたよ。あの大きな木の影が目的地です」
「あぁ、新鮮な水の香りがする」
「わかるのですか? 」
特異体質かとびっくりした。反応がないから見つめていると、ノイエさんがおかしそうに吹き出す。どうやら冗談だったらしい。
「まさか、そんなこと。んー、冗談がお好きなんですね」
「すまない、まさか信じるとは」
涙が滲むほど笑われて、なんだかこれをきっかけに打ち解けた気がする。
「わぁ、今日は貸切です」
「いつもは違うのか」
湖の端にシートをしき、ノイエさんと腰掛けた。
「いつもは人気スポットで家族連れや恋人たちで賑わうんですよ」
「だからか」
「といいますと? 」
「君の湖の絵には誰もいない。なのに全体から愛のメッセージを感じた」
うまく、言葉を紡げない。込めた願いを読みとってもらったのは初めてだった。心の中に、覚えがある芽が生えている。私はそれに気づかないふりをした。
21
お気に入りに追加
475
あなたにおすすめの小説
敗北した女戦士は敵国の英雄に溺愛される
ほのじー
恋愛
【完結】敗戦国の女戦士×敵国の英雄
戦士として戦うことを父に強要され、死ぬときは戦場で華々しく死ぬことを覚悟していた少女、セナ。いざ敵国の英雄である男に殺されようと剣で斬られるも、なぜか治療が施され、なぜか彼の住む要塞に連れていかれる。
そこでセナは幸せを見つけることができるのか・・・
【HOTランキング3位ありがとうございます!!】【お気に入り3000人達成!】
※本番のみに☆を付ける予定でR15レベルは付いておりません。ご注意下さい。
【R18】恋をしないと決めたはずなのに、30歳にして最高の相性の男の子と巡り逢いました
長門美侑
恋愛
空野咲良 三十歳。
逞しくも愛くるしい年下男子・明夜昴と出会い、
一夜限りの関係を結ぶ。
恋愛はしないと心に決めていたはずなのに、
どうやら昴は運命の人みたいで。
障壁を乗り越えて勇気を出して恋に踏み出すも、
昴とその家族が抱える秘密が明らかになり、
二人の関係は揺らぐ。
絶対に離れないと心に誓った二人だが、
絡み合う運命の糸を手繰り寄せることができるのか。
溺愛カップルのラブシーン多めの、恋愛官能ミステリー。
【完結】わたしが愛されるはずがなかったのに~冷酷無比な男爵は高額買取した奴隷姫を逃さない~
藤原ライラ
恋愛
「お前の全て、この私がもらい受ける」
借金の形に奴隷として売られてしまったアネットは、成金男爵に高値で買い取られる。
男の名はシャルル=カヴェニャック。天賦の商才と一度見たら忘れられない美貌に付けられた二つ名は“ドーレブールの悪魔”。
あまりの美しさに、アネットは彼に一目惚れしてしまうが、その口からは尊大な言葉しか出てこない。
シャルルはアネットを女狂いで有名な、とある好事家に売り渡すという。変態のものになるぐらいなら、とアネットは自分で自分を買い取ってみせると啖呵を切る。
「いいだろう。私が支払った以上の価値を、お前は示してくれるんだろうな?」
三ヶ月の猶予を与える代わりにシャルルが求めてきたのは、彼女が貴族令嬢としての立ち居振る舞いを身につけることだった。
淑女教育を受けながら、アネットは冷酷だと思い込んでいたシャルルのやさしさを知る。そして、彼に惹かれていくのだが……。
美形守銭奴ヒーロー×強気無自覚奴隷ヒロイン。
不当な契約からはじまった恋の行き着く先は――!?
※他サイトにも掲載しています※
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
今、私は幸せなの。ほっといて
青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。
卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。
そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。
「今、私は幸せなの。ほっといて」
小説家になろうにも投稿しています。
完結 お飾り正妃も都合よい側妃もお断りします!
音爽(ネソウ)
恋愛
正妃サハンナと側妃アルメス、互いに支え合い国の為に働く……なんて言うのは幻想だ。
頭の緩い正妃は遊び惚け、側妃にばかりしわ寄せがくる。
都合良く働くだけの側妃は疑問をもちはじめた、だがやがて心労が重なり不慮の事故で儚くなった。
「ああどうして私は幸せになれなかったのだろう」
断末魔に涙した彼女は……
突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。
だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。
そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。
離縁しようぜ旦那様
たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』
羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した
どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと?
これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる