2 / 7
虹を見たかい2
しおりを挟む「蒼(そう)ちゃんもう友だちできとうけえ。良かったじゃんねえ」
にこにこと微笑んでいるのは俺のばあちゃんだ。畑からの帰り、庭の入り口でどうやら俺の帰りを待っていたらしい。
「蒼ちゃんのその頭、最初はびっくりしたけど、遠くからでも良くわかっていいわ。とうもろこしのひげみたいで」
とうもろこしのひげみたい、というのは果たしてプラス情報なのかマイナス情報なのか。わからん、と思っている間に原田はばあちゃんがふちに腰かけていた、野菜の入ったコンテナをひょいと持ち上げて、敷地の中へどんどん入っていく。
「こんちは。これ、台所に運んじゃっていいですか?」
「ありがとねえ。ええと、あんたは確か、先生のとこに住んでる……」
「悠人(ゆうじん)です。原田悠人」
一瞬で身元の特定が終わった。田舎こええ。
デートしよう、と言われて「どこで?」とうっかり訊いてしまったのは、かりそめにもその気になったとかではもちろんなく、単純な興味からだった。
電車の駅は隣町まで出ないとなく、そこに至るバスも、電車も、一時間に一本しかないようなここで、はたして高校生はどこで遊ぶのか。ジャ〇コあんのか。今はイ〇ンか。
原田の答えは「まあだいたい家かな」だった。
冗談じゃない。会って初日でセックスを迫って来るような男の家に訪ねていくなんて、アウェーが過ぎる。かといって俺はまだこの辺りのことも全然知らないし……ともたついている間に「じゃあ天ヶ瀬の家で」ということになってしまったのだった。
結局おうちデートになんのかこれ。初回から。
しかも身内公認? と戸惑っている間に、原田はなぜかばあちゃんと並んで台所に立っていた。
「ばあちゃん、さつまいも薄く切る?」
「そうねえ、今日は玉ねぎと人参とでかき揚げにしようかねえ。さつまいもは細めに切ってね」
「りょーかい」
かき揚げ? かき揚げって天ぷら? あいつ料理できんのか、すげえな……っていうか、ここ、仮にも今「俺んち」なんだった。
つっぷしていた居間の座卓からのっそり体を起こして、台所に向かう。
「……俺もなんか手伝う」
「おお、じゃああとこれ揚げるだけだから」
申し出ると、具材の入ったボールを渡された。
揚げる。
だけ。
「…………」
取り敢えずボールを傾けて、中身を油に流し込んでみた。
とたん、ぶしゅわーーーーっと間欠泉みたいに油がはね上がる。
「あっつ、あっっつ……!!!!!」
「蒼ちゃん!」
「天ヶ瀬!」
原田が叫び、コンロの火を止める。ばちっと乱暴にスイッチをひねる音で、ああ、そうだまず火を、とも俺は思いつかなかったと思った。
ぐっと腕を掴まれ、水道から勢いよく流れ出る水に指を突っ込まれる。その間に、揚げ鍋はばあちゃんが始末してくれていた。焦げと油のにおいが不快に辺りに充満する。
油のはねた指は冷やしてもらっているのに、じんじんと、体のどこかがひどく痛むのを俺は感じていた。
失敗した。
余計なことした。
怒られる――
そう思ったのに、原田は俺以上に動揺していた声で訊ねてくる。
「あとどっか飛んでないか? 顔とか」
「え――」
「腕のほうとか、――天ヶ瀬?」
「……怒らねえの?」
恐る恐る訊ねると、原田はまるで、初めて鏡を見た子犬みたいな顔をして首をかしげた。
「怒るって、なんで?」
それからまた、さっき下駄箱で見たみたいにしゅうんと眉尻を下げるのだった。
「俺こそちゃんと教えなくてごめんな。でもできないならできないって言って良かったんだぞ」
――どうしてこんなこともできないの。あたしの子供なのに。
原田の顔と、全然関係ない記憶がフラッシュバックして、俺はうつむいた。
結局そのあと天ぷらは原田が揚げなおし、俺はそうめんをゆでた。
「いただきまーす」
「はい召し上がれ」
っていうか、そもそもなんでナチュラルに飯になってるんだろう。確かに、ばあちゃんの夜は早くて、帰宅してすぐ夕飯になるのは珍しくない流れではあったけど。
ばあちゃんが西瓜を取りにひとり台所にむかったタイミングで「おい、これってデートか?」と俺は訊ねていた。
「デート……」
口いっぱいに頬張ったそうめんをもぐもぐさせながら、原田は呟く。
ああこれ、完全に忘れてるやつだな。
いやいいけど。デートなんてもちろんしたかったわけじゃないけど。
原田はもぐもぐを飲み込む。
「おまえそうめんゆでるのうまいな」
「そういうのいいから。……こんなの、誰がやったって一緒だろ」
「一緒じゃねえよ。ゆで加減ちょっと固めで最高だしいつのまにかわさびとかしょうがとかしそとかみょうがとか海苔とかごまとかいろいろ用意されてるし。俺はそういう細かいところには気が回らないから」
「だろうな」
いろいろすっとばしてセックスしようって言ってくるくらいだからな。
そんな嫌味も通じないらしく、原田は「逆に東京でデートってなにしてた? どこ行ってた?」と訊ねてくる。
「……そりゃ、もっといろいろ? どきどきするようなとことか」
嘘だった。――そんな余裕はなかった。休みの日は塾、また塾、そして塾、塾、塾。
幸い細かいところに気が回らない原田は、俺のふわっとした返答にも違和感を覚えなかったようだ。「どきどきするようなとこかあ……」と腹をさすりながら思案する。
「そうだ」
なにか思いついた様子で笑みを浮かべる。悪巧みでもするように、口元をちょっと歪めて。そんな顔をすると、案外整った顔が大人びて見えることに俺は気がついた。
うっかり目を奪われている間に、原田の声がすぐ近くにある。
耳元に囁き入れられた。
「明日連れてってやるよ。――どきどきするとこ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
原田が帰り、風呂から出てもまだ、囁きが耳の中に残ってるような気がした。それがいたたまれなくて、わさわさーっと闇雲に頭を拭いたりしてみる。
「どうしたでえ、蒼ちゃん」
濡れ縁に置いた蚊取り線香をかたしているばあちゃんに、不審な動きを気づかれてしまった。
「なんでもない。……ばあちゃん」
「んー?」
「ばあちゃんの作った野菜、無駄にしちゃってごめん」
「なあにいってえ。ほんなこん言っちょし。――ほら、蒼ちゃんが来てくれたからかねえ、今日も晴れて、お星さまがよく見えるよ」
「……ん」
ばあちゃんに促されて、俺は濡れ縁に出るとしばらく一緒に夜空を見上げた。東京では考えられないくらい一面の星空だ。
周期上、俺の天性が影響するのは偶然にも原田と同じ今週末辺りからだから、今日の晴れはあんまり関係ないとは思う。
だけどばあちゃんだって、ほんとうはそんなことどうでもいいんだろう。この人は、俺がここにこうしているだけでいいんだと、たぶん思ってくれている。
ごめんね、ばあちゃん。
そんなばあちゃんにも、俺、話していないことがある。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
年上が敷かれるタイプの短編集
あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。
予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です!
全話独立したお話です!
【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】
------------------
新しい短編集を出しました。
詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
嫌がらせされているバスケ部青年がお漏らししちゃう話
こじらせた処女
BL
バスケ部に入部した嶋朝陽は、入部早々嫌がらせを受けていた。無視を決め込むも、どんどんそれは過激なものになり、彼の心は疲弊していった。
ある日、トイレで主犯格と思しき人と鉢合わせてしまう。精神的に参っていた朝陽はやめてくれと言うが、証拠がないのに一方的に犯人扱いされた、とさらに目をつけられてしまい、トイレを済ませることができないまま外周が始まってしまい…?
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
ノンケだけどオカマバーで働いてビッチになりましたが彼氏が出来て幸せです
うずみどり
BL
ノンケのおけつぷりぷり大学生がオカマバーでバイトを始めて流されてアレコレされちゃう第一部、大学生が他の男としている閑話、大学生の先輩がアパートを追い出されてオカマバーのオーナーのマンションに世話になる第二部という構成になっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる