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イタリアンレストラン 後編

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 なんで麻薬のバイヤーと気づかなかったと言ってはいけない。そもそも真正面から男を見たのは遠目だったし、翔馬しょうまが座っていた場所からだと横顔か耳のうしろから見える程度でしかなかったのだ。
 龍太郎りょうたろうに至っては麻薬関連の書類は読んでいなかったので、顔がわかるはずもなく。それでもなにかあると思い至ることができるほどの経験を積んでいるのだ。
 翔馬の叫びに逃げようとした男であるが、手錠がかけられていたことと警察官がすぐに腕を掴んだため、男は逃げることができなかった。

『まずは無銭飲食の件でお話を聞いたあと、国際手配についてのお話をしましょうか』
『……』
『逃げられると思うなよ』
『……っ』

 警察官に睨まれ、彼らよりももっと鋭い眼差しで冷ややかな視線を向ける龍太郎と翔馬に、バイヤーの男は自然と震えがくる。それほどに冷ややかで恐ろしい視線だったのだ。
 それは二人だけではなく、男を捕まえている警察官たちにしても同じだ。すぐにパトカーに乗せられることになった男は、最寄りの警察署に連れていかれるのだろう。
 パトカーを見送ってすぐに自分たちが乗って来た車へと移動する。龍太郎と翔馬はパトカーのあとを追いつつ、運転している翔馬に変わって龍太郎が上司に連絡を入れる。
 そこで上司に説明をするのだが、これから最寄りの署に向かうこと、嫌な予感は無銭飲食をした麻薬のバイヤーだったこと。そのバイヤーが国際指名手配犯だと翔馬が叫んだことを告げ、メールを送ったことを話す。
 すると、上司はすぐに調べたあと、データを二人に送ると言って電話を切った。

「おやっさんが調べてあいつのデータを送ってくれるとさ」
「へえ? 随分早いね。写真でも送ったの?」
「ああ。なんかあるんじゃないかと思って写真を送ったあと、翔馬が麻薬のバイヤーだって叫んだんだよ」
「おやまあ」

 笑いを含んだ声でおやまあと言う翔馬。今にも笑いそうだ。

「ある程度のことは覚えてるのか?」
「まあね。指名手配されてる国は、フランスを含めて十ヶ国だったかな」
「十!? ずいぶん多いな!」
「それだけやらかしているってことなんだろうね」

 冷めた口調でバイヤーのことを話す翔馬に、マジかーとぼやく龍太郎。まさか、十ヶ国から指名手配されているとは思わなかったのだ。
 無銭飲食だったはずが、とんだ大物を引き当てたらしい龍太郎と翔馬は、内心で溜息をついた。
 警察署に着く直前、二人のスマホが着信を告げる。龍太郎がスマホを見ると上司からのメールで、内容を見れば男の写真と彼に関する情報、指名手配の内容だった。

「うはー、すげえな。別名持ちかよ」
「そうなんだよ。たしか、本名の他に通り名と別名がふたつあるんだったっけ?」
「正解」

 そこまで話したところで警察署に着いたので中へと入る。すると、さきほど店にいた警察官の一人が龍太郎と翔馬を見つけ、手招きする。

『お疲れ様です』
『『お疲れ様です』』

 挨拶を交わし、こちらですと案内された先は取り調べの様子が見れる部屋だ。取り調べ室側は鏡か濃い色のスモークが張られている窓に見えるが、これらはいわゆるマジックミラーになっており、隣にあるこの部屋からは、取り調べの様子と音声が聞こえるのである。
 要は、海外ドラマでいうところの、取り調べを見ている刑事や捜査官側ということになる。
 その部屋で、龍太郎と翔馬、ロラン・ボナパルトと名乗った警察官と名刺の交換をしたあと、彼は確実に麻薬のバイヤーであることを告げた。

『こちらで尋問していきますか?』
『そうさせていただけると助かります』
『わかりました。無銭飲食の件が終わり次第、あちらへご案内します』

 代理で払った食事代はどうしますかと聞かれた翔馬は、持っているなら返金、なければそのぶん罪に上乗せすると黒い笑みを浮かべる。それを見たロランは、顔を引きつらせながらも『わかりました』と返事をしただけだった。
 十分くらい経っただろうか。男は罰金を支払う罰金刑を課されることになる。しかも、飲食代の数百倍を支払わなければならないのだから、素直に食事代を支払ったほうがはるかによかったのだが、たった数ユーロを支払うのすら惜しんだ男の、自業自得である。
 無銭飲食の件が終わったので、今度は龍太郎と翔馬の出番だ。隣の部屋に案内されると、翔馬が席に座り、龍太郎が男のうしろに立つ。詳しいことを知っている翔馬が尋問をするようだ。

『お。俺はなにも話さないぞ!』
『はいはい。話さなくても問題ないよ。ぜーんぶ知ってるし、一方的に話すだけだから』
『は?』

 翔馬の言っていることがわからなかったのだろう。一方的に話すってなんだと男は首を傾げる。

『テランス・ディドロ。出身国はフランス、。欧州にいるときはこの名前で活動』
『……』
『同じく、欧州での別名、バーニー・マイケル・サリヴァン。こちらは欧米でも一部名乗ってるよね?』
『……』
『どっちも有名だよねー』

 翔馬が含みをもって話すごとに、男の肩がピクリと跳ねる。その様子を、龍太郎がうしろから見ている。
 とはいえ、男の表情は翔馬だけではなく、翔馬のうしろにある鏡を模したマジックミラーにも写っており、その表情と目を見れば、男は動揺しているのが丸わかりだ。
 そして最後に男にとっては知られたくないことが告げられた。

『で、こっちが本命。本名、ドン・M・ニールセン。出身国はアメリカ』
『な、なんでそれをっ!』
『なんで、って調べたからに決まってるでしょ? つうかね? あんた、国際指名手配犯なんだけど?』
『……っ』

 翔馬の言葉に、男――ドン・M・ニールセンは目を見開き、息を呑んだ。

『南北アメリカ大陸では、麻薬王と言われている。すごいねー、どれだけの人間を殺し、破滅に追い込んだのさ』

 怒り心頭です! と言わんばかりの態度な翔馬に、ドンは体を震わせる。どうにかして逃げ出したいがそれは無理な話だ。それを察してかドンのうしろから殺気が溢れ、少しでも動こうものならば殺されそうな錯覚に陥っているのだ。
 それほどに恐ろしいほどの殺気がうしろから注がれているのである。

『すでに逮捕状もあるからね? 逃げられないよ』

 うしろから両肩を龍太郎に捕まれて、確実に逃げ道を塞がれたドンは、がっくりと項垂れたのだった。



 翌日。各社新聞の朝刊一面トップには、【麻薬王、逮捕される!】とデカデカと見出しが書かれていた。

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