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異世界転移編

サーベルタイガーはいい子らしい

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 黙って黒猫――サーベルタイガーを眺めていても仕方がないので、この際だからと殿下にどんな生物なのか聞いてみることにした。

「あの、殿下。まだ魔獣のことを詳しく教わっていないのです。サーベルタイガーとはどのような魔獣なのか教えていただけますか?」
「そうなのか? ああ、構わない」

 殿下曰く、サーベルタイガーとは肉食の魔獣で三、四匹の仔を産むのだという。仔は視線の先にいるサイズで、大人になると三メメトルを超えるのだとか。昔からいる魔獣の種類のうちの一種で、害獣駆除をしてくれる貴重な魔獣だそうだ。警戒心が非常に強く、ヒトに懐くことはないらしい。
 ちなみにメメトルとはこの世界の長さの単位で、地球だとだいだい1.2メートルくらいだと兄に教わった。私の膝上にいるこの子が成猫くらいの大きさだし、地球にいるネコ科の大型獣の仔と同じくらいの大きさなので、納得できる。

「……」
「だからこそ、ミカ嬢は不思議だと言ったのだ」
「そうですか……。それにしても、どうしよう、この子……」

 殿下と二人してサーベルタイガーを眺める。お腹がいっぱいになったことと陽射しが温かいせいか、喉をゴロゴロと鳴らしながら私の膝の上に丸まって寝ている。別の場所に移動したくとも、サーベルタイガーが膝に乗っていては動くことができない。まあ、「ゆっくりとできるから構わない」と殿下が仰ってくださっているからまだいいのだが。
 他にも聞いたところ、大型魔獣の他に小型の魔獣やアレイさんのような虫型の魔物、シェーデルさんのようなアンデッドの魔物もいるのだという。スケルトンやスパルトイと違ってゾンビなどの腐った外見の魔物は害のある魔物として認識されていて、討伐対象になっているのだとか。害があるかないかの区別を聞くと、昔からいるか魔力の揺らぎから生まれるかの差だそうだ。
 そんな話をしている間も、サーベルタイガーはご機嫌な様子で尻尾を揺らしている。けれど、そろそろ移動しなければならないそうなので、仕方ないとそっと持ち上げるとベンチの上に乗せる。それが嫌だったのか、また膝に戻ってこようとしたので抱き上げ、視線を合わせた。目は綺麗なブルー。

「だめよ。私たちはこれから移動しなければならないの。だから、自分のおうちか親のところに戻って?」

 顔を覗きこむようにそう告げてから地面に下ろすと頭を撫で、それから籠などを片付けた。ドレスについた毛や汚れは【生活魔法】の掃除で落としていると、グラナート殿下は感心したように「ほう」と呟いた。この魔法だけは毎日使っているからか、失敗することはなかったのが救いだろうか。

「では、そろそろ次の場所に行こうか」
「はい」

 差し出された腕に自分の手を乗せ、立ち上がる。そして歩き出したのはいいけれど、サーベルタイガーの仔が私たちのあとをついてくる。でも、そればかり気にするわけには行かないので、可哀想だけれど気にしないことにした。

「ミカ嬢、ここが夏になると咲く花や樹木が植えられている場所なんだ」
「どのような花が咲いたり、実が生ったりするのですか?」
「俺よりも背の高い黄色い花や弦植物、甘い香りのする実などが生る。その時期になったらまた連れてこよう」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 然り気無く笑顔で誘ってくれる殿下に、心が弾んで嬉しくなる。こういう対応をする方だからきっとモテるし、王族だから婚約者もいるのではないかと思う。そう考えると、その人が羨ましくなる。

 向こうの世界では、一応私にも婚約者がいた。でも彼は一番上の姉にあっさり堕ちてできちゃった結婚し、父と兄、長月家と親戚たちを激怒させた。それ以来、長月家やそれを知った他の家はその家との繋がりを切り、長谷川家や極一部との繋がりだけで生きていると聞いた。
 そんなこともあり、父や兄は平気だけれど、男性に対してあまり信用はしていない。それに、年齢的にもこの世界で婚約者や夫ができるとも思っていない。父や兄はドラゴンとなってこの世界と同じように長く生きられるけれど、父たちの話のように私にはそういった兆候はなかった。
 きっと先に逝くことになるから、父に対して親不孝をすると思うと申し訳なく思う。だからこそ、できるだけ親孝行をして、父を喜ばせたいと思っている。

 そういった意味でも、結婚に対して夢は持っていない。……憧れはあるけれど、それだけ。

 ネガティブになりそうな思考に蓋をして軽く頭を振ると、思考を切り替える。あの花はこういう花で、この果実はどんな形と味がしてと、殿下が説明してくれる。その心地よい声に耳を傾けながら、その果物が手に入ったらまたお菓子を作ろうと思った。
 ふと後ろを振り返ると、まだサーベルタイガーの仔がついて来ていた。どうしてくっついてくるのだろう? 親がいる場所がわからないのだろうか?
 そんなことを気にしていたら、殿下が気にするなと言ってくれたけれど、やはり気になってしまう。ご飯をあげたのは失敗だったかもと落ち込んでいたら、「ミカ嬢が襲われるよりはいい」と慰めてくれた。

「まさかここまで懐くとは、俺も思わなかった」
「私もおかずを分けただけで、ここまで懐かれるとは思いませんでした。サーベルタイガーはそんなに懐かないものなのですか?」
「先ほども言ったが、サーベルタイガーに限らず、ミカ嬢のところの蜘蛛殿やスパルトイ殿も含め、魔獣の類は滅多にヒトに懐くことはないんだ。だからこそ、警戒もせずミカ嬢に全面的な好意を寄せることが不思議なんだ」

 本当に不思議に思っているのだろう……殿下はしきりに首を捻っている。もちろん私も理由がわからないので、首を捻るしかないのだけれど。
 奥には温室もあるとのことだったけれど、この時期は見るものがないというので、今回は見送ることになった。そしてあらかた見学したそうなので、馬車があるところに戻る。来る時と同じように殿下に手を貸してもらいながら馬車に乗ろうとしたのだけれど、それよりも早くサーベルタイガーが馬車に乗ってしまった。

「こら、ダメでしょう? 私たちは帰るの。だから、キミもおうちに帰りなさい」

 そう声をかけたり外に出してもすぐに馬車の中に入ってしまうし、挙げ句の果てに座席の狭いところに潜りこんでしまって、出てこない。

「もう……。殿下、どうしましょう……」
「そのまま連れて行ってやればいい」
「……え?」

 まさか殿下がそんなことを言うとは思わなくて、彼を見上げたら苦笑していた。

「恐らくだが、そのサーベルタイガーは何かの事情で親を亡くしたか、仔を装っている可能性がある。もし後者だった場合、ミカ嬢を守ってくれるだろうし護衛は少しでも多いほうがいい」
「そう、ですか。……ねえ、キミ。うちにくる?」
「にゃー!」

 サーベルタイガーにそう問えば、奥から出てくると一声鳴いた。嬉しそうに尻尾が揺れている。

「仕方のない子」

 そう呟いて溜息をつくと、殿下は苦笑したまま馬車へ乗るのに手を貸してくれたのだった。
 帰りの馬車でサーベルタイガーは何を食べるのか聞いたりしたのだけれど、結局その話だけで終わってしまった。

 モーントシュタイン家に着いて馬車から降りると、父とバルドさんが出迎えてくれた。

「実花、お帰り。殿下、ありがとうございました。楽しかったですかな?」
「構わない。ああ、楽しかった」

 父と殿下が挨拶を交わしている間に、シェーデルさんとアレイさんも別の馬車から降りてくる。

「お嬢様、お帰りな……」
「実花……。殿下、娘はまた何かしたのですか?」
「ああ。実は……」

 そして私の後ろからサーベルタイガーの仔が飛び降りてくると、バルドさんは途中で黙り込み、父は呆れたように私を見る。殿下に至っては苦笑しながら、父に説明してくれている。

 何かしたかといえばそうなのかも知れないけれど、もともとはサーベルタイガーが近寄って来たからだと言ったところで呆れた視線を返され、黙るしかなかった。


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