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異世界転移編

私を拾ったのは王弟殿下らしい

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 そこまで思い出して、溜息をつく。どうして私はこんな豪華なベッドで寝ているのだろう……? 誰がここに連れて来てくれたのだろう……?
 ほんの数時間とはいえ一緒にいてくれた二人のことも思い出して視線をさ迷わせるも、姿が見えずに不安になる。

「アレイさん……シェーデルさん……」

 ポツリと二人の名前を呼んでみる。思っていた以上に声が掠れていて、思わず顔を顰めてしまった。
 二人ともいないのだろうか……となんとなく寂しさを感じていたら、二人が天蓋の隙間からひょっこりと顔を出した。

《おお、目覚めたか、ミカ》
『よかった! いきなり気を失うんだもの、心配したのよ~? 今、人を呼んで来るからちょっと待っててね』

 二人の心配そうな声の響きと安堵したような雰囲気に、申し訳なさが募る。そして顔を出したシェーデルさんの頭の上にはアレイさんが乗っていて、二人が一緒にいてくれたことに安堵して息をはいた。二人ともあの大きな生き物に食べられなくてよかった。あのあと誰かが……シェーデルさんたちがあの大きな生き物を追い払うか退治して助けてくれたのだろうか。

 それにしても……私の時もそうだったけれど、アレイさん……その位置、好きですね。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、ノックの音のあとで誰かが入って来たのか、複数の足音と衣擦れの音がした。そのあとで映画や小説の挿絵で見たメイド服を着た女性が天蓋の隙間から顔を出して私を見ると、優しく微笑んでから「ここを開けさせていただきますね」と一声かけ、天蓋の覆いを開けていく。そしてその女性が一歩下ると、その後ろにはシェーデルさんたちと、初めて見る男性が三人いた。眼鏡をしていないので見えにくく、どんな表情や格好をしているのかわからない。

「目覚めたか。まだ顔色がよくないな……。どれ」
「ぁ……」

 その男性の一人が近寄って来て、ベッドの側にあったらしい椅子に座ると手を伸ばして来た。他の二人はその後ろに立っている。
 何をするのかとぼんやり眺めていたら、彼は掌を私の額にあてて来たのだ。その行動に驚くものの、掌がひんやりしていて気持ちよく、思わず吐息が零れる。そしてバリトンとテノールの中間で私好みの低めの声に思わず聞き惚れそうになるのをなんとか我慢し、近くに来たことで見えるようになった男性をマジマジと見る。

 その男性は騎士の格好でマントを羽織っていた。服は黒で上着の襟や裾、折り返された袖には銀糸で刺繍が施されており、マントの長さはわからないけれど、表の色はミッドナイトブルーで裏はガーネットかワインレッドに見える。騎士服にサッシュやモールなどの装飾品はないものの、袖口のカフスボタンには然り気無く小ぶりの宝石があしらわれていることから、なんとなく偉い人なのだと想像がつく。
 前髪は長めのウルフカットで両サイドは首の近くまであり、背中の中ほどか腰近くまである髪は淡萌黄うすもえぎ色をしている。瞳はとおるような赤――猩々緋しょうじょうひ色をしていて、瞳孔は縦になっていた。かなりのイケメンなのだけれど、今は眉間に皺が寄っているせいか、不機嫌そうに見える。
 そして驚くべきことに、彼はそれほど長いというわけではないが、少し長めの耳とその先端が尖っていて、耳の後ろあたりから角が生えていた。頭の形に添うような形で丸くなっており、先細りした先端は途中から湾曲して上を向いていた。その角の色は黒に見紛う黒檀こくたん色だ。

「ふむ……まだ高いな……。ミリア、モーントシュタイン侯爵とその子息を呼ぶついでに、二人に宮廷医師から薬をもらってくるよう伝えてくれ」
「畏まりました」

 私が男性を観察している間に、彼から指示を受けたミリアと呼ばれた女性は、お辞儀をするとその場をあとにする。それを見届けることなく彼が改めて私のほうを向いたので、寝ているままでは失礼かと思い体を起こそうとしたら、それを手で制された。

「まだ熱が高い。そのままでいい」
「……申し訳ありません、お言葉に甘えさせていただきます。私は長月 実花と申します。実花とお呼びください」
「ああ、そこの二人や他にもそなた……ミカ嬢の父親と兄を名乗るモーントシュタイン家の者もそう呼んでいたな」
「え……? 私の父と兄を名乗る者、ですか?」

 彼からもたらされた情報に首を傾げる。私があの森で目を覚ました時、近くには誰もいなかった。そしてモーントシュタイン家……? 全く聞き覚えがない名前だったのでさらに首を傾げてしまう。

「ああ。今、その二人に薬を持って来るよう伝えたから、そのうち顔を出すだろう」
「そうですか……。あの、いろいろとお聞きしたいことがあるのですが、先にお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「それはすまないことをした。私はこの国――エーデルシュタイン国の現王陛下の弟の一人で、グラナート・ジークハルト・エーデルシュタインという」
「え……王弟殿下、なのですか?! これはとんだご無礼を……!」

 彼――グラナート殿下の身分を聞いて慌てて体を起こそうとするも、「構わないと言っている。いいから寝ていろ」と不機嫌そうに言われてしまい、結局そのままベッドに寝かされてしまった。偉い人だと感じてはいたけれど、まさか王族――それも王弟だとは思わなかったのだ。
 本当に寝たままでいいのだろうか……。そう思うものの、本人がいいと言っているのだから構わないのだろうと思うことにした。

「それで、何を聞きたい?」
「まず、私がここに来ることになった経緯を教えていただきたいのです」
「そうだな……詳しいことはミカ嬢の体調が良くなってからにするが……」

 そう前置きしてから話してくれたのは、こんな内容だった。

 私が気を失ったあと、倒れる前に父を名乗る人が私を支えてくれたこと。
 その人が私を抱きかかえ、兄を名乗る人と一緒にモーントシュタイン家に連れて行こうとしたこと。
 アレイさんやシェーデルさんのことを私に聞きたいからとそれを殿下が止め、アレイさんたちを含めた全員をこの王城に一緒に連れて来たこと。
 アレイさんたちから私の身体の状態を聞いたものの、薬を飲ませようにも寝ていたのでそれもできず、足の手当てだけをして私が目覚めるのを待っていたそうだ。ストッキングを途中から切ったことも謝罪された。まあ、ストッキングという言い方はしなかったけれど、それを切ったのは兄を名乗る人だと教えてくれた。
 今は翌日の朝で、私はそれまでずっと熱で魘され、私のことをよく知っているからとモーントシュタイン家の二人が交代で看病してくれていたのだそうだ。看病してくれたのはとても有り難い話なのだけれど……本当に何者なのだろう。

「本当に申し訳ありませんでした。手当てをしてくださり、ありがとうございます」
「いや……。他にはないか?」
「とても大きな生き物がいたのです。それは殿下たちが追い払ってくださったのでしょうか」

 それを聞いた途端殿下の顔が強張り、眉間の皺が深くなって視線が鋭くなる。どうしてそんな顔をして私を睨むように見つめるのかわからなくて戸惑う。

「あの……殿下? 何か気に障ることを聞いてしまったのでしょうか」
「……っ、そんなことはない。それについては、ミカ嬢の体調が良くなってから話そう」
「そう、ですか」

 それきり黙り込んでしまった殿下に、何かあるんだろうかと考えてしまう。否定していたけれど、やはり気に障った質問だったのだろうと思い始めたころ、殿下は軽く頭を振ってから息を吐くと、私に質問をして来た。

「それで、私も聞きたいことがある。あの蜘蛛とスパルトイとはどうやって知り合った?」
「簡潔に言いますと、蜘蛛のアレイさんは私が持っていた食べ物につられて、スパルトイのシェーデルさんは牙を触ったら、ですね」
「……は?」

 二人の出合いを簡潔に話しすぎたのか、戻っていた眉間の皺が深くなる。頭がうまく働かないなりに、全てではないもののもう少し詳しく話すと、眉間に皺を寄せたまま溜息をつかれてしまった。……何か問題があるんだろうか。

「初めからミカ嬢に名を名乗ったのか? 強要したわけでも、名を聞いたわけでもないのに?」
「はい」
「そうか……。ミカ嬢は、本当に彼らに気に入られたのだな」
「それはどういう意味でしょうか?」

 二人に気に入られたかどうかわからないけれど、確かに最初から二人は私に対して好意的だった。……食べ物につられたとか言わないよね……? そんなことを考えていると、殿下は腕を組んで視線を上にあげ、微妙な顔をしている。

「そうだな……これも詳しくは体調が良くなってからにするが、『この世界の蜘蛛やスパルトイは、自ら名を名乗ることなどしない』ということだな」
「……ますます意味がわからないのですが」
「今説明してもいいが、熱のある状態で聞いても理解するのは難しいだろう。体調が良くなったら、私かモーントシュタイン家の者に聞けばいい」
「そうさせていただきます。お気遣いありがとうございます」
「いや」

 そこまで話したところで扉がノックされた。殿下が返事をすると扉が開かれ、先ほど出て行った女性と、とてもよく知っている顔が二つ、女性のあとから入って来た。

「殿下、お呼びと伺いましたが。それと所望された薬を持って……実花……!」
「あ……! 起きたんだな!」
「え……お父様とお兄様……? どうしてここに……?」

 扉から入って来たのは、本当に父と兄だった。そのことに驚いていると、殿下が椅子から立ち上がる。腰には革のベルトが巻かれ、左側には剣がぶら下げられていた。

「本当に親兄弟だったのか……。私はしばらく席を外す。何かあったら呼んでくれ」

 そう告げ、踵を返して歩き始めた殿下。立ち上がったことでマントの長さがくるぶしまであることがわかる。歩くたびに揺れる裾をちらりと見た限り、白か銀色の糸で刺繍がされているようだった。

 それをぼんやりと見ていたら、殿下は女性に何か言葉をかけると部屋から出ていった。


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