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結婚編

  閑話 俺の秘宝

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《お主ら、落ち着け! ミカはまだ生きておる!》
「なに……?」
「実花は、無事なのか?!」
『ええ。生きてるわ。でも、すぐにこの場所から引き離さないと、危ないわね』
<領地のほうがいいかもー>
《そうじゃな。あちらのほうが、王都よりも空気と魔力の質がいいからの。視察はお主とアイゼン殿でもできるじゃろう?》

 ミカの護衛である魔物たちが、ミカは生きているという。本当に生きているのだろうか……。そう思うものの、魔物たちはとても落ち着いていて、それを見た俺もいくぶんか心が落ち着いてくる。

「そう、だな。後日でも大丈夫だろう」
「では、一旦王都の我が家へと向かい、そこから転移いたしましょう。それでいいですかな? 蜘蛛殿、殿下」
《大丈夫じゃ》
「ああ」

 魔森林蜘蛛フォレスト・スパイダーの提案により、一度教会から離れ、モーントシュタイン家へと向かう。そこからモーントシュタイン領へと転移で飛ぶというのだ。そしてその通りの行動をしたのだが……。

「何があった」

 ミカの髪が黒髪に戻っていることに驚いたアルが王都の屋敷から一緒について来て、アイゼンや魔物たちに詰め寄っている。そして起きたことをそのまま伝えると、安堵したように息を吐いた。

「そうか……。何が原因か、わかっているのか?」
《おそらく、魔力の使いすぎじゃろう。というか、枯渇じゃな。いきなり大規模な魔法を使ったからのう……》
「魔法……」
『無意識だったけど、浄化魔法を使っていたわね。聖女が使うような、浄化魔法よ』
《必要ないからと、教えたことはないんじゃがのう》

 浄化魔法を使ったとは、驚いた。それは伝説に聞く、聖女だけの魔法だからだ。
 色付きの魔物たちは、それらの記憶を受け継いでいるというのだから驚いた。だからこそ、博識なのだと実感もする。

<まあ、【白】が使えるんだから、浄化が使えてもおかしくないんだけどねー>
『そうね。魔力を乗せすぎて、たまたま浄化になっちゃっただけのような気がしなくもないけど』
《そうじゃの。じゃが、これはミカが起きたら、叱らんといかんのう》
『そうは言うけど、そもそも魔力の制限をしなかったのは、お爺のせいじゃないの』
<それで叱られるのは、ミカお姉ちゃんが可哀想だよー、お爺ちゃん>
《……》

 スパルトイとサーベルタイガーの言葉に、魔森林蜘蛛フォレスト・スパイダーは視線を逸らせた。確かに、魔森林蜘蛛フォレスト・スパイダーは魔力の制限や使い方をきちんと説明していなかったな、と思い至る。

「ともかく、実花は大丈夫ということで、よろしいですかな?」
《ああ、大丈夫じゃ》
『魔力が戻れば目が覚めるだろうから、そのまま寝かせておくといいわ』
「そうしよう。グラナート殿下は……」
「俺は、ミカが起きるまでここにいたい」

 ミカが本当に目が覚めるのか、ここでずっと見ていたかった。消えてしまいそうで、怖かったのもある。

「ええ、いいでしょう。それでは、私だちはここから……えっ?」

 アイゼンが心配そうな顔をしながらも、俺だけを残してミカの部屋から立ち去ろうとした時だった。テーブルの上に置いていた髪飾りが飛び上がってミカのところにくると、キラキラとした光りを放ってミカに降り注いだ。
 そしてそれを浴びたミカの体が徐々に光り、その光が繭を作るように丸くなる。

「これは……!」
《おお、転生するのか?!》
「転生、だと……?! まさか、アイゼンやアルたちと同じように……!」
「ああ、あの時と同じ光だ!」

 魔森林蜘蛛フォレスト・スパイダーの言葉に驚く。そしてアイゼンとアルは興奮したように、自分たちがドラゴンとなった時の状況と同じだと言い出した。
 俺もあの時側にいたが、確かにあの時の状況にとてもよく似ている。

「ミカ……」

 なにが起こるかわからないから、ミカがとても心配だ。キラキラと光る繭玉は、白くて清浄な光を放ちながら、どんどん小さくなっていく。
 そしてそれが収まると、今度はどんどん大きくなり、最初に見た時と同じ大きさになった。そして一際眩しい輝きを放つ。

「……っ!」
《成功したのう》
『ほんっとに規格外よね、ミカって』
<でも、とっても優しいから、好きー>

 眩しいからと腕で目を覆い、光を防ぐ。魔物たちは大丈夫なようで、楽しそうな声で話をしていた。そして魔森林蜘蛛フォレスト・スパイダーの《終わったぞ》との言葉に腕をどけて目を開けると、黒髪のままのミカが、さっきのままの状態で眠っていた。足元には、義足がぽつんと転がっている。
 そして髪飾りは、まるで役目を終えたと謂わんばかりに、ミカの上へと落ちた。

「ミカ……?」
《眠っておるだけじゃから、大丈夫じゃ。目覚めるまで、そのままでいいじゃろう》
「俺は、ミカの側にいたい」
「そうだな、そうしてあげて。あと、義足が転がってるから、点検したほうが……え……?」

 アルがミカに近寄り、転がっていた義足を持ち上げる。だが、呆けたようにしばらく義足とミカを凝視すると、徐にドレスの裾を少しだけ捲り上げた。

 そこにあったのは、

「ああ……! 神様に感謝いたします!」
「実花……っ! よかった……!」

 何が作用したのかわからないが、ミカの足が生えてきていた。そのことに喜ぶ、アイゼンとアル。
 そして二人してドレスの上から足の状態を確かめたり、侍女に頼んで足を確かめてもらったりしているし、ミカの足のことを、自分のことのように侍女たちや執事たちが喜んでいる。

「実花……ゆっくり寝てるんだぞ」
「殿下、実花についていてくださいますか?」
「ああ。目覚めるまで、ミカの側にいる」
「「ありがとうございます」」

 アルとアイゼンの言葉に頷き、椅子を持って来てくれた執事にお礼を言うと、そこに座ってミカの手を取る。冷たい手ではなく、血の通った。温かな手だった。
 ベッドの近くに紅茶を淹れてくれた侍女は、そのまま下がって行く。ミカの手を握りながらその顔を見ると、安らかな寝息をたてていた。
 そのまま手を持ち上げ、手の甲にキスを落とす。

「ミカ……俺の大事な秘宝。曾祖母にいただいた髪飾りも大事だが、今はそれ以上にミカが大事なんだ……。早く目覚めて、俺の名を呼んでくれ」

 手を握ったままミカの髪を撫でる。銀色の髪も素敵だったが、やはりミカには黒髪がよく似合う。
 それに、ドレスは黒髪でも大丈夫な色を選んでいる。説明は面倒だが、ミカに付いてくれる女官たちはとても信頼できる者たちばかりだから、髪飾りのせいで銀髪になっていたと言っても、信じるだろう。


 結局ミカはその日のうちに目覚めることはなく、こんこんと眠り続けた。


 モーントシュタイン家に泊めてもらい、ずっとミカについていた。夜も明け、朝食もいただいたが、アルやアイゼンと共に、ミカが心配だからと、彼女の部屋で食べた。
 時折アルとアイゼンは仕事をしに行ったものの、基本的にはずっとミカの部屋に待機していた。

「ミカ……」

 侍女が控えていたが、ミカの唇にキスを落とす。アルが教えてくれた、アルの世界にある『眠り姫』という物語のように。

 その時だった。
 ミカの瞼が震え、そっと目を開ける。

「ミカ! 目覚めたのか!」
「「実花!」」

 三人で……いや、三人と魔物たち、執事や侍女たちと一緒になってミカを囲み、その顔を見る。

「ジークハルト、様……? それに、皆さんまで……」

 目覚めたミカに全員が安堵し、そっと息を吐く。ミカの目はアイゼンやアルと同じ黒目と、瞳孔はドラゴンと同じように、縦になっていた。

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