ダンドリオン

饕餮

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二話目

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「……リオン様、サーゲイド様、いろいろと説明をしていただきたいのですが……」

 ニコニコと笑うリオン様と、同じようにニコニコと笑うサーゲイド様。
 どうしてお二人は私の両隣に並んでぴったりくっつきながら腰に手を回し、手を掴んで指先にキスしたり、舐めたりしているのだろう、と絶賛混乱中です。

 現在、三人は同じ馬車の中にいる。しかも、明らかに普通の馬車の倍以上はありそうなほど大きな馬車に。
 ……いるのだが、何故、馬車の中がこんなに広く、そしてこんな作りになっているのかがわからない。

「説明と言われても……」
「どこから話すかね……」
「どうせなら、最初から話す?」
「そうだな」
「あの……?」

 二人の会話に首を傾げながら、交互に二人の顔を見る。二人とも私を見て蕩けそうな顔をしていた。そのことに、更に首を捻る。

「それとも先に、何か聞きたいことがある?」
「ああ、そのほうがいいかもな。聞かれなかったことを後で説明すればいいだけたし」
「そうだね」
「で、ステラ」
「「聞きたいことは?」」

 どうしてお二人揃って綺麗にハモるのか。グダグダと考えてもこの状況は変わりそうにないし。むしろ、腰に置かれている手が何やら怪しい動きをし始めて、結婚前に貞操の危機を感じるし。
 それも含めて、この際だからいろいろと聞いてしまおうと口を開く。

「では……一気に質問させていただきます。バーグマン家とサーゲイド様の領地が、どうしてリオンドール国の領地になったのか。どうしてこの馬車はこんなに大きく、広く、こんな内装なのか。どうしてお二人は私にぴったりとくっつき、このような状態なのかを教えてください」
「おや、一気に質問したね」
「そうだな。尤も、全て繋がっているから説明をしやすいと言えばしやすいが」
「はい……?」

 実はね、と言ってお二人が語り始めたのは、まさに口をポカン、と開ける状況だった。


 もともと、バーグマン家とサーゲイド様の領地は、リオンドール国の領地だった。だが、四十年ほど前、リオンドール国が他国と戦争をしている時、その隙を縫ってリナリア国が二つの領地を掠め取ったという。しかも、リナリア国に多額の金を積まれたリオンドール国の重鎮である人物の裏切りによって。
 王や側近たちの追及にその重鎮は知らぬ存ぜぬと言っていたが、調べれば調べれるほど、次々と不正の証が出て来る。結局多額の賄賂の証拠も出て言い逃れできなくなった重鎮は、財産と領地を没収したうえで一族郎党全てを処刑したという――側室に収まっていた重鎮の娘と王子までもを巻き添えにして。

 その処罰後、今度は掠め取られた領地に心配が及ぶ。貴族たちには秘されていたが、側近たちは二つの領地が王領であることを知っていたからだ。

 リオンドールの国史によれば、リオンドール国王は神の眷属である竜王の血を引いており、側近を含めた国民自体も竜王の眷属の血を引いているためか他国よりも長命で、王族自ら自国の領地に加護を与えていた。だが、自国の領地でなくなれば、その加護は消えてしまう。その期限は三十年。
 故に、他国の領地になったとはいえ、毎年様子を見に行っていた。目安はあの花……ダンドリオン。あの花が加護の消滅の目安だった。

 毎年見に行くたびに減って行くダンドリオンに、王も側近たちも徐々に焦り始める。
 だが、ある年のダンドリオンは違った。なぜか前の年よりも、少しだけだったがダンドリオンが増えていたのだ。何が違うのか調べれば、バーグマン家の奥方が身籠っているという。
 たまたまだったのかも知れないし、見間違いかも知れない。そう思った王と側近たちは、しばらく様子を見ることにした。次の年はまた減るかも知れないからと。
 だが、その予想に反し、ダンドリオンは徐々に増えて行く。そしてバーグマン家の領地にあるダンドリオンが咲く場所で王たちが出会ったのは、バーグマン家の次女、ステラだった。

「は? 私……?」
「そうだよ。その時のことは覚えてる?」
「はい、覚えています。一面のダンドリオンが咲く場所で、父と同じくらいの年代の人と会いました。その人の髪と目がダンドリオンのようでしたから、『ダンドリオンみたいだ』と言いました」
「その場所には、誰に連れて来てもらったか覚えてる?」
「確か、サーゲイド様、でした」
「では、サーゲイドを含む人数は?」
「え……?」

 リオン様にそう言われて考え込む。右にはリオンと名乗った人と、その後ろには四人の男性。左には、今と同じ容姿のサーゲイド様がいた。
 そこまで考えて、ふと違和感を覚える。サーゲイド様を含め、今と全く同じ容姿の人たち。そして迎えに来たのは……。

「あの時と同じ人数と……あれ……? 同じ、容姿の、人たち……?」
「ふふ……。あのね、僕たち六人全員がステラの夫だよ」
「え……? 夫が、六人……?! どうして?!」
「それは後で説明してあげるよ。そして、あの時ステラに会ったのも、僕たちだよ」
「え、嘘、だって……!」

 十五年間姿が変わらないのはおかしい。サーゲイド様だとて、徐々に年をとって、……。とって……いない!?
 何で、どうして、と呟いた私に、リオン様とサーゲイド様は。

「もう少ししたら休憩しようと思う。その時に、この内装を含めて何故夫が六人なのか話をしてあげるよ。だから今は眠っていなさい」
「お休み、我らが花嫁」

 お二人にそう言われた途端に急激に眠くなる。疲れていたのかしら、とぼんやり考えながらも、私はお二人の腕に凭れかかるように目を閉じた。


 ***


 力が抜けた途端に腕に凭れかかって来た愛しい花嫁をサーゲイドと一緒に寝かせる。いろいろと触りたい場所はあるが、今はそれどころではない。

「さて、と。ずっとこのままでいたいですが、後ろにいるハエを追い払わないといけませんね」
「そうだな。それに、そろそろ外にいる四人もステラに触れたくて気が立ってきてるしな」
「確かに。それに、このままだとステラが結界を抜けられませんし、あの時の報復もまだしてませんしね」
「確かに。『許す』とも『なかったことにする』とも言ってないしな」

 ニヤリ、と笑ったサーゲイドは、その目に獰猛な光を宿している。が、花嫁を見る目は、蕩けるほどに甘い。

「護衛はどうしましょう?」
「ハエを六人で追い払ったあとで、外の四人に任せればいいんじゃないか?」
「それだと、彼らも報復できないでしょう?」
「……なら、しばらくこの場所に不可視と結界でも張っておくか。俺たちならわかるし」

 そう言ったサーゲイドにお互いに頷いてから馬車を降りて四人に事情を説明し、六人で不可視の術と結界を張るとその場所から離れてその場で待つ。
 後方から近付いて来た馬車を視界に留めると、そのままそちらのほうへ歩いて行った。


 ――煩いハエを追い払うために。


 ***


 一目見た時、素敵な方だと思った。
 だから後悔した。王であるお父様に『他国に嫁ぎたくない』と言ったことを。

 あの時は他国になど嫁ぎたくなかった。次期宰相との呼び声が高かったハリス様を愛していたから。
 それを知った宰相のサーゲイド様は

『私にお任せくださいませんか? 必ずや陛下を説得してみせましょう』

 そう言ってくださったうえ、本当に父を説得し、ハリス様と結ばれることができたのだ。
 ハリス様も同じように『愛しています』と言ってくださり、何度も口付けを交わし、初夜の時も何度も身体を重ねてくださった。
 すごく幸せだった。

 けれど、花嫁を迎えに来たという隣国の方を見て後悔してしまった。ハリス様以上に素敵な方だったから。
 だからお兄様にお願いして、謁見の間に連れていってもらった。側で見つめていたかったし、振り向かせる自信もあったから。
 けれど、謁見の間に行くと、お父様も、お母様も、サーゲイド様に代わり次の宰相になった方々も、お兄様とわたくしを見た途端、冷やかな、侮蔑の視線を向けて来た。
 どうしてそのような目を向けられるのかわからず戸惑いながらも、お父様と話す素敵な方を見つめた。

 けれど、彼は私を一度も見なかった。側に控えていた護衛騎士たちも。

 お兄様と一緒に話し掛けても、答えてもくださらなかった。

 終いにはお父様に叱られ、連れ出されそうになって彼に助けを求めて手を伸ばせば、護衛騎士に剣を向けられたうえで、全員から冷やかな視線を向けられた。
 今度はハリス様に手を伸ばせば、ハリス様にも同じような視線を向けられ、結局連れ出されてしまった。

 どうしてわたくしが、王女であるわたくしがこんな扱いをされるの?

 王女なのに!

 そう思っていたら、ハリス様が来られた。謝罪に来たのかと思えば、『王命とは言え、貴女のような我儘な人と婚姻したのは間違いでした。離縁いたしましょう。許されるかどうかはわかりませんが、陛下には私からお話します』と冷たく言われて愕然とした。

 わたくしが何をしたと言うの?
 どうしてハリス様も、お父様も、そんな冷たい視線を向けるの?

 訳がわからず狼狽えるも、離縁すると言うなら、あの方を追いかけることができるかも知れない、と思い至る。
 あの方なら、きっとわたくしを慰めてくださる……そう思って適当な理由をつけて馬車を用意させ、あの方のあとを追いかけた。

 そうしたら、途中であの方たちがわたくしを待っていてくださったの!

 わたくしを連れて行ってくださる……そう思っていたわ。なのに。

 どうしてついて来てくれた侍女と護衛たちが血を流して倒れているの?
 どうしてわたくしが剣を向けられているの?

「煩いハエだね。こんなところまで追いかけて来るなんて」
「他の男と婚姻をしておきながら、自分が選ばれるなどと思っていたのか?」
「純潔でもないくせに」
「愚かな」
「我が血族に、簒奪者の穢らわしい血を入れるつもりも、我が国に足を踏み入れることを許すつもりもない」
「頭の足りない女もな」

 口々にそう言って、わたくしを、刺して行く。その度に、刺された場所が熱くなったあとで、温かい、ヌルリとした何かがこぼれ出て行く感じがする。

 どうしてこんなことになったの……?
 どうしてこんなことをされなければいけないの?
 わたくしは、リナリア国の、王女なのに。

「恨むなら、貴様の祖父と父、王太子を恨むがいい」
「我らと我らが花嫁を侮辱したのだからな」
「例え王女といえど、他国の王を侮辱したのだから只で済むはずがなかろう?」
「公務すらできない末席の王女だしな」
「ああ……大丈夫。家族もすぐに貴様の後を追うから」
「先に逝って待っているがいい」

 だんだんと暗くなって行く視界に聞こえる声。その声もだんだんと聞こえなくなり……


 わたくしが覚えているのは、そこまで、だった。

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