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圭視点
Pink Lady
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十月の終わり。
早くもクリスマスを通り越して正月商戦の打ち合わせがちらほらとではじめ、巷ではインフルエンザがちらほらと流行り始めたころ。
在沢室長の再教育のお陰か、企画室に返り咲いた三島と一緒に午前中から企画室内で来月の打ち合わせをし、周、智、真葵のスケジュールを残したところでお昼になってしまった。いつもなら誰かしら残る企画室だけれど今日はどうしてか皆出払ってしまい、私を含めたいつもの四人以外は誰もいなかった。
企画室を空にするわけにはいかないので出入口近くにある机でお昼を食べていると、在沢室長がお弁当を持ってすっとんで来た。
「圭、いるか?!」
「はい、なんでしょうか」
「明日から出張に行ってくれ」
「それはまた急ですね……どなたかの随行ですか?」
「小田桐部長のなんだが……」
お弁当を持って来たということは話が長引くということなので、とりあえず座ってもらい全員分のお茶を出したところで小田桐の名前が上がり、一瞬首を傾げる。
「小田桐部長の担当は羽多野君のはずですよね? 羽多野君ができない時は、別の者が随行する手筈になっているはずなんですが、何かあったんですか?」
「実は、圭がこの三日ほど企画室に来ている間に、秘書課でインフルが流行り始めてな……」
「どうしてインフルが? 十月初旬に『今年は酷そうだから、全員予防接種を受けろ』と通達がありましたよね?」
「そうなんだが……毎年いるだろう? 自信過剰なやつが」
「なるほど……。そして今年も、発端は山下さんですか?」
そう問うと在沢室長は苦い顔をしながら「そうだ」と言って、お茶を啜った。
件の人物は、どういうわけか毎年インフルエンザにかかる稀有な人物で、毎年インフルエンザにかかっているにも関わらず予防接種をしない問題児だった。
「先月あれだけ言ったんだがなあ……。出張続きで行けなくて、来週予防接種に行くはずだった羽多野、八木澤、西田が山下のせいでやられちまって。まぁ、そんなわけで、羽多野のぶんを頼む。八木澤、西田のぶんは俺と日比野が受け持つから」
「畏まりました」
「細かな説明はあとでする。石川、すまんが打ち合わせが終わったら圭を戻してくれ」
「在沢室長、すぐに連れてっても問題ないですよ。ここにいる三人以外は既に来月の予定の打ち合わせを終えてますので、あとは三島さえいれば大丈夫ですから」
「本当か?! すまん、恩に着る! 圭、昼休みが終わったら秘書課に戻って来てくれるか?」
「わかりました」
お茶ご馳走さん、と言って来た道をまた慌ただしく戻る在沢室長の姿に溜息をつく。
真葵たちと話をしていたのだけれどお昼休みが終わったので、「申し訳ありませんが戻ります」と荷物を持ち、秘書課に戻って小田桐部長、在沢室長、私の三人で打ち合わせをし、出張に出たのが三日前だった。
全ての行程を終了し、クライアントとの契約も無事に終えたので、クライアントに「明日帰る」と伝えると『面白いバーがあるんだ』と言って連れて来てくれたのは所謂オカマバーで、そこの入口で座り込んでいる人を見つけた。俯いていたから具合が悪いのかと思い、声をかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
前にもこんなことあったなあと思いつつそう聞くと、その人がパッと勢いよく顔を上げてまじまじと私の顔を見て、「嘘っ!」と叫んだ。
私もその顔をみてあれ? と思いつつ、もう一度「大丈夫ですか?」と聞いたのだけれど、「マジ?」とか「夢じゃないわよね?」とか「夢なら覚めないで!」とかなにやらずっとブツブツと呟いている。……大丈夫だろうか。というか、私の話を聞いているのだろうか、この人は。
「あの……?」
「あ……ごめんなさい! 大丈夫だから」
「どうかしたんですか?」
「アタシ、この店の――この店にいるんだけどね。お客様に『カクテル作ってください』って頼まれたんだけど……そのカクテルレシピをアタシどころか他のコの誰も知らないのよ」
「……どのようなカクテルを頼まれたのですか?」
そう聞いたところで、小田桐が呼びに来たので返事をする。
「あら! お客様だったのね、ごめんなさい! さあさあお店に入って! あ、そうだ! アタシは泪っていうの。貴女は?」
「在沢です」
「いやねぇ! 名前よ、下の名前!」
「圭、です」
「そう! そうねえ……圭に『お』と『ちゃん』をつけて、お圭ちゃんと呼ぶわ!」
「……そんな歳ではないのでやめてください」
「イ・ヤ・よ・♪ お圭ちゃん」
よくわからないけれど、楽しそうにそう言って一緒にお店に入って行くと小田桐たちに「お客様、申し訳ありません。このコをお借りしますね」と許可をもらい、「STAFF ONLY」と書かれた扉近くの、奥まったテーブルに連れて行かれてしまった。
早くもクリスマスを通り越して正月商戦の打ち合わせがちらほらとではじめ、巷ではインフルエンザがちらほらと流行り始めたころ。
在沢室長の再教育のお陰か、企画室に返り咲いた三島と一緒に午前中から企画室内で来月の打ち合わせをし、周、智、真葵のスケジュールを残したところでお昼になってしまった。いつもなら誰かしら残る企画室だけれど今日はどうしてか皆出払ってしまい、私を含めたいつもの四人以外は誰もいなかった。
企画室を空にするわけにはいかないので出入口近くにある机でお昼を食べていると、在沢室長がお弁当を持ってすっとんで来た。
「圭、いるか?!」
「はい、なんでしょうか」
「明日から出張に行ってくれ」
「それはまた急ですね……どなたかの随行ですか?」
「小田桐部長のなんだが……」
お弁当を持って来たということは話が長引くということなので、とりあえず座ってもらい全員分のお茶を出したところで小田桐の名前が上がり、一瞬首を傾げる。
「小田桐部長の担当は羽多野君のはずですよね? 羽多野君ができない時は、別の者が随行する手筈になっているはずなんですが、何かあったんですか?」
「実は、圭がこの三日ほど企画室に来ている間に、秘書課でインフルが流行り始めてな……」
「どうしてインフルが? 十月初旬に『今年は酷そうだから、全員予防接種を受けろ』と通達がありましたよね?」
「そうなんだが……毎年いるだろう? 自信過剰なやつが」
「なるほど……。そして今年も、発端は山下さんですか?」
そう問うと在沢室長は苦い顔をしながら「そうだ」と言って、お茶を啜った。
件の人物は、どういうわけか毎年インフルエンザにかかる稀有な人物で、毎年インフルエンザにかかっているにも関わらず予防接種をしない問題児だった。
「先月あれだけ言ったんだがなあ……。出張続きで行けなくて、来週予防接種に行くはずだった羽多野、八木澤、西田が山下のせいでやられちまって。まぁ、そんなわけで、羽多野のぶんを頼む。八木澤、西田のぶんは俺と日比野が受け持つから」
「畏まりました」
「細かな説明はあとでする。石川、すまんが打ち合わせが終わったら圭を戻してくれ」
「在沢室長、すぐに連れてっても問題ないですよ。ここにいる三人以外は既に来月の予定の打ち合わせを終えてますので、あとは三島さえいれば大丈夫ですから」
「本当か?! すまん、恩に着る! 圭、昼休みが終わったら秘書課に戻って来てくれるか?」
「わかりました」
お茶ご馳走さん、と言って来た道をまた慌ただしく戻る在沢室長の姿に溜息をつく。
真葵たちと話をしていたのだけれどお昼休みが終わったので、「申し訳ありませんが戻ります」と荷物を持ち、秘書課に戻って小田桐部長、在沢室長、私の三人で打ち合わせをし、出張に出たのが三日前だった。
全ての行程を終了し、クライアントとの契約も無事に終えたので、クライアントに「明日帰る」と伝えると『面白いバーがあるんだ』と言って連れて来てくれたのは所謂オカマバーで、そこの入口で座り込んでいる人を見つけた。俯いていたから具合が悪いのかと思い、声をかけたのだ。
「大丈夫ですか?」
前にもこんなことあったなあと思いつつそう聞くと、その人がパッと勢いよく顔を上げてまじまじと私の顔を見て、「嘘っ!」と叫んだ。
私もその顔をみてあれ? と思いつつ、もう一度「大丈夫ですか?」と聞いたのだけれど、「マジ?」とか「夢じゃないわよね?」とか「夢なら覚めないで!」とかなにやらずっとブツブツと呟いている。……大丈夫だろうか。というか、私の話を聞いているのだろうか、この人は。
「あの……?」
「あ……ごめんなさい! 大丈夫だから」
「どうかしたんですか?」
「アタシ、この店の――この店にいるんだけどね。お客様に『カクテル作ってください』って頼まれたんだけど……そのカクテルレシピをアタシどころか他のコの誰も知らないのよ」
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「在沢です」
「いやねぇ! 名前よ、下の名前!」
「圭、です」
「そう! そうねえ……圭に『お』と『ちゃん』をつけて、お圭ちゃんと呼ぶわ!」
「……そんな歳ではないのでやめてください」
「イ・ヤ・よ・♪ お圭ちゃん」
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