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ドルト村の春編

第171話 公爵夫人の可愛い我儘

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「アリサ、卵焼きが食べたいですわ」
「……味は?」
「出来得る限りの味を」
「へーい」

 ロジーネが話しかけてきたと思ったら、卵焼きが食いたいときたもんだ。貴族だと卵焼きってないのかな? ロジーネどころか、ルードルフまで目力で圧をかけてくるんだもんなあ……。
 たぶんないんだろう。あっても目玉焼きとスクランブル、オムレツくらいかも。
 そして味が面倒だ。出来得る限りってなんだよ!
 私は味見でそれなりにお腹がいっぱいなので、席を立つと自前の卵焼き用の四角いフライパンを出す。お菓子に使ったから卵の残量が少ないけれど、そこはあとでルードルフに請求しよう。
 もちろん、帝都か牧場に寄って買うつもりだが。
 味はどうするか。砂糖を使った甘いものは当然として、塩を入れただけのもの、出汁巻き卵も甘いのと塩を作るか。あとはチーズ入り、海苔入り、しらす入り、ネギ入りあたりがいいかな?
 チーズとネギはともかく、しらすも海苔も、ダンジョンか他国の漁港にしか売ってないしね。そんなわけでちゃっちゃと作って人数分に切り分け、味の説明をしながらテーブルに載せていく。

「これだけのものができるのですね」
「中身次第だと思いますよ? オムレツも卵だけではなく、野菜や肉を入れてもいいですし」
「なるほど……」

 唸るように頷く宰相と農業大臣。料理が発展しないのは、こういうところなんだよね。オムレツなら塩味だけ、中に入れたり混ぜたりと、アレンジするという発想がない。
 それだけで完成品とでも思っている節があるのだよ。
 だから付け合わせの種類はそれなりに多いくせに、メインが単品という単純なものが多いのだ。滞在していた獣人の村でもその傾向が強く、細かくした肉と野菜を入れたオムレツを出しただけで、驚かれるのだ。
 けれど、ヒントを出してあげれば、自分たちで試行錯誤することもできる。――ネズミ獣人が主人をしていた宿の料理人たちのように。
 ロジーネもルードルフも、恐らくこういうのが食べたいなどと言って、料理人を誘導していたはずだ。けれど、自分で料理ができない、あるいは調理道具や調味料が足りないという理由で、諦めた料理もきっとあるはず。
 だからこそ、貴賤に関係なく、新しい料理や調味料の食いつきが半端ないのだ。
 もちろん、刺身のように好みや合う合わないがあるから、ミショの実自体もドレッシングも万人受けするとは思っていない。そこは一度は試してみて、自分なりのアレンジや味を探せばいいと思っている。
 子どもじゃないんだから、一から十までなんて世話できるか!
 てなわけで、料理は概ね好評だった。卵焼きに関しては、出汁巻きはともかくやはり好みがあるようで、砂糖と塩で作ってもらうと意気込んでいた。
 丸いフライパンでもできるしね。頑張って作ってもらってくれ。

「とりあえず、目途は立ちましたね。あとは工場と鍋を作っている間に、甜菜とビーツを栽培すればいいだろう」
「そうですわね。ヘラルド様、一度そちらに見学に伺いたいのですけれど……」
「僕からもお願いしたい」
「構いませんよ。いついらっしゃいますか?」
「「できればすぐにでも」」
「ははっ! かしこまりました」

 来るのかよー、社長たち。やっぱりフラグが立っていた!
 まあ、帰りも転移で帰るから、たとえ後をつけられたとしても、早々にまけるしねぇ。あと、公爵夫妻とその側近たちに道を教えないという可能性もある。
 憶えられて勝手に村に来られても困るのだよ。だからこそヘラルドは、それも見越しているんだろう。
 彼らを送っていくとしても、恐らく護衛として私たちが付き添うことになるだろうしね。それはそれで憂鬱ではあるが、仕方がない。当面は彼らの領地を行ったり来たりすることになるだろう。
 食事したあとはあっさりと解散。宰相と大臣は皇帝に話をすると同時に、愚か者たちの処遇を話し合うそうだ。
 そして公爵夫妻たちはというと。

「明日にも出発できますわ」
「どのみち、今日の話し合いが終わったあと、領地に帰るつもりでしたしね」
「僕の村に来たら、帰るのが遅くなりませんか?」
「そこは大丈夫。秘策があるから。その話も、できれば村か移動の最中にしたい」
「ああ、なるほど。かしこまりました」

 訳知り顔なヘラルドに、満足そうに頷くルードルフ。……転移魔法とか持ってそうだよなあ、この感じだと。
 実際はどうなのかわからないけれど、どのみち移動中か村で話を聞くことになるんだから、今はスルーしておこう。
 その後は、勝手知ったる元実家を歩く公爵夫妻の案内のもと、泊っている部屋に辿り着く。そこで精製に関してもっと話を聞きたいという夫妻に要望に応え、私とレベッカが使っている部屋に籠った。
 そういう建前で、本音は別のところにあるらしい。側近たちも泊まっている部屋に追い返したくらいなんだから。

「で、なんで若返ってこの世界に来たんだ?」
「いきなり言葉遣いが崩れたうえに、直球かよ!」
「その言い方も懐かしいわね」
「ヘイヘイ、ソウデスネー」

 棒読みで返した私に、苦笑した二人。
 この世界に来る前にいた会社は、ルードルフの前世である右近夫妻の秘書をしていた。正確には、旦那のほうとその息子、営業部長の二人だが。
 当時の彼はすでに六十超えていたが、バリバリ働いていた。会社自体はそれほど大きくないものの、国内雑貨と輸入雑貨を扱っていた関係で老舗旅館や大手ホテルのチェーン店、小売店にも雑貨を卸していた関係で、業界ではそれなりに有名だった。
 それに加えて自社でも雑貨を開発したり、ホームページでオンラインショップを開き、それも売り上げに貢献していた。私は彼らと一緒に得意先に向かったり、一日のスケジュール確認をしたりと、常に誰かに付き添って行動していた。
 そんな仕事の合間に社長がやっていたのは、家庭菜園の域を超えた家庭菜園。
 客からは見えない日当たりのいい場所に囲いを作って花や野菜を植えたり、社長室に持ち込まれているプランターにトマトや枝豆、ナスを植えたり。日除け代わりにゴーヤときゅうりを植えたりしていた。
 もちろん食べきれないものは、私たち社員やパートさんやバイトたちに配ったりするなど、無駄を一切出さなかった。
 普通であれば流行りである、農家から土地を借りて野菜を栽培するのだが、社長たちはそうじゃなかった。本来は農家が全てやってくれる。
 だが、変なこだわりがあったらしく、社長は自ら土壌を整え、肥料を作り、野菜を作っていたらしい。その畑で採れた野菜はとても立派なもので、畑を貸していた農家さんからもべた褒めだったそうだ。
 もちろん、その野菜もお裾分けしてくれた。
 私自身はそれに携わったことはないけれど、それでもスケジュール確認の時に告げていたのだから、知ってはいたのだ。
 会社自体も、バイトを含めたら五十人いたかどうかの、下手すると小企業だ。そしてとても雰囲気のいい場所だったから、つい言葉が崩れたとしても、叱られるなんてことはなかった。
 まあ、仕事中は別だが。
 それでも、節度を守って接し、話す分には多少敬語が崩れたとしても叱ることはなかった社長だからこそ、私も車の中ではそれなりに崩していたのだよ。……今ほど崩れていたわけではないと、言い訳はしておこう。

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