自重をやめた転生者は、異世界を楽しむ

饕餮

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ドルト村編

第105話 白銀の狼の事情

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 転がり出たサバトラの仔猫は、私を見て「みー」と鳴いた。そしてよたつきながらもこっちに来ると、指先の匂いを嗅いだあとで頭を擦り付けてくる。
 その仕草が可愛くてつい頭を撫でたり喉を撫でたりしたら、尻尾がピーンと立った。くっそ可愛いんだが!
 その子を皮切りに仔猫が十五匹と親と思われる猫が八匹出てきた。おいおい、ずいぶん多いな!? しかも、こんなヤバい場所になんでこんなにたくさんいるの?
 その疑問はあとで聞くとして。仔猫たちはまだ親の乳が必要なようで、寝転がった母猫のところに行って飲み始め、父猫は狼のところで寝転がったり私のところに来ては匂いを嗅いでいる。

「んー、狼くんは生肉と焼いた肉、どっちがいい?」
<どっちでも構わない>
「なら、焼こうか。猫たちは?」
『魚がいいにゃー』
「魚ね? わかった」

 しっかり猫の言葉もわかるんだ……と遠い目をしつつ、準備をする。危ないから離れてと猫に言い、すぐに準備の途中だった料理を開始。
 んー、肉はさっき狩ったエンペラーホーンウルフの肉で鉄板焼きにして、魚は……お、マグロがある。好みがあるだろうから、生と焼いたのを両方出そう。
 竈の上に鉄板を乗せ、温める。その間に肉を切ったり鍋の中に水を張り、干し肉と乾燥野菜、乾燥キノコを鍋の中に入れた。猫が足元をうろちょろしているから危ないし、野菜をカットする時間が勿体ないというのもある。
 鉄板が温まったところで肉を乗せ、どんどん焼いていく。その匂いにつられたんだろう、白銀の狼の耳はピンと立ち、尻尾がゆらゆらと揺れているのが見える。
 親猫たちもそわそわしだして、私の周りに集まってきた。仔猫は満足したのか、団子になって寝ている。
 く……っ! カメラ! カメラが欲しい! 切実に!
 その可愛さに内心で悶えつつ、どんどん肉を焼いていく。ある程度焼いたところで従魔たちと狼の分を器に盛り、狼には水も一緒に置いた。
 そして親猫たち用にマグロを小さく切り、半分は鉄板で焼き、半分は生のまま器に入れて猫たちにどっちがいいか聞くと、うまい具合に半々に分かれたので、リクエスト通り目の前に置く。もちろん、水もある。
 栄養があるミルクを与えたいところだけれど、この世界の猫の生態がわからない以上、下手に飲ませるのはよろしくない。だからこそ水にした。日本のように、猫専用のミルクがあるわけじゃないしね。
 それぞれの前に置くとすぐに食べ始める狼と親猫たち。たぶん、食料も碌に食べていなかったんだろう……みんなガツガツと食べている。
 狼も猫も若干痩せているからね……。本当に痛ましい。
 アイテムボックスから大きな籠を出し、その中に毛布を敷くと、親猫たちに断ってからまずは仔猫を中に入れる。それを見た親猫たちは、ご飯を食べて満足したのか毛繕いをしたあとで自分たちの仔猫のところに行くと、護るように丸まり、一緒になって眠り始める。
 みんなゴロゴロと喉を鳴らしているから、やっと安心できたんだろう。そんな様子を見た狼は、目を細めて安堵したように息を吐いた。
 そこで私や従魔たちを紹介したあと、狼と話すことに。

<今さらだが、助けてくれてありがとう>
「どういたしまして。結界の外に出なければ襲われることもないから安心してね」
<ああ。助かる>
「それで、どうしてこんなところにいたの? 猫がいるのはどうして?」
<実は……>

 彼の種族は本来ブラックウルフだったけれど、特異種や変異種というかそういう存在として生まれ、種族としての色を持っていなかったために、群れから追い出されたそうだ。仔狼だった彼を拾って育てたのがノンで、ノンは友人であると同時に親でもあるという。
 彼らは元々、ここから湖を超えた先のもっと奥に、ノンと一緒に暮らしていた森がある。そこで何十年と暮らしていたある日、ノンが<神様に呼ばれたのー>と言って消えたまま、帰って来なくなった。
 それを心配した狼がノンを探そうとその森を出て彷徨い始めたころ、近くにノンの神気を感じてここまで来たんだそうだ。
 リュミエールぅぅぅ! そういうのは先に言ってくれよーー! 引き離された狼とノンが可哀想じゃないか!
 で、休憩しようとしていた矢先にエンペラーホーンウルフの群れを見つけた。狼からしたら自分よりも強いか同等の強さ。だったら肉として狩ろうかと思って近寄ったら、低木のところに猫を発見した。
 すぐに助けようと猫たちに結界を張ったが、結界の練習をしてこなかったがためにレベルは1のまま。すぐに破られて襲われそうになっていたところに入って猫をかばいつつ戦っていたが、多勢に無勢だから自分も猫も殺されるのは時間の問題。
 怪我をしながらも戦ったけれど体力もつきかけ、どうするか……と悩んだところにいきなり結界が張られて周りのエンペラーホーンウルフの群れが薄紫色の光に包まれて倒れ、ノンが現れて怪我を治してくれたそうだ。

「じゃあ、本当にギリギリだったのね。間に合ってよかったわ」
<ああ。それに、にゃんすらも見つかってよかったよ>
「あはは……、それは悪かったわ」
<どうしてアリサが謝る?>
「にゃんすらがいなくなった原因が、私だから、かな」
<え……?>

 戸惑ったような声と顔をする狼。ノンがいなくなった事情は私にあるわけだから、きちんと言わないといけないよね。仕方ない、覚悟を決めるか。

「……実は私、転生者なの」
<はあっ⁉>

 素っ頓狂な声を上げた狼に、猫たちが起きると言うと、慌てて口を閉じる。そして続きを話すように、リュミエールにノンを託されたことを伝えると、あんぐりと口を開けたまま固まったあと、思いっきり溜息をついた。
 本当に人間臭いな、おい。

<リュミエール様も言ってくれればいいのに……>
「それは私も思った。ノンはノンで何も言わなかったし>
<えへへ……忘れてたのー>
「<忘れてたんかいっ!>」

 狼と一緒に、綺麗にハモった。

「そんなわけで、ノンは今私と一緒に行動しているの」
<……>
「もしよかったらなんだけどさ……私の家に来ない? 猫たちと一緒に」
<……いいのか?>
<ノンも一緒に来てくれると嬉しい!>
「構わないわ。庭は広いし、いざとなったら室内を拡張してもいいしね」
<アリサのご飯は美味しいわよ>
<ああ。それに、自由にしてても怒られない>
「いたずらしたら怒るわよ。だけど、従魔たち全員いい子たちばかりだから」

 ピオとエバが狼に話しかけ、熱心に薦めてくる。ノンが通訳して狼に伝えると、しばらく黙ったまま考えていた狼は、しっかりと私を見つめる。
 その蒼い瞳はとても澄んでいて、強い意思を感じる。

<……猫たちもいいか?>
「もちろんよ」
<わかった。よろしくたのむ>

 ペコリと頭を下げたあと、従魔になりたいから名前が欲しいと言った狼。名前があっても従魔になる必要はないと言ったけれど、できればずっとノンの傍にいたいそうだ。

「そう……。さて、どうしよう」

 猫は動物だから名前をつけても従魔になることはないが……狼はどうするか。白銀の体に、蒼い瞳。狼の王様のような、見事な体躯と威厳。まあ、今は痩せているが。
 うーん、さすがにどこぞの物語のような名前にするのはいかん。銀色だからギンは単純だし……オランダ語の銀を意味するジルヴァラから取るか。

「……ジル、はどうかな」
<気に入った!>

 そう叫んだ狼――ジルは遠吠えをするように「アオーン」と叫ぶと従魔契約の魔法陣が現れる。そして私とジルがその魔法陣に包まれると、光が消えた。
 久しぶりに見たけれど、相変わらず不思議な光景だよねぇ。

<みんな、よろしく頼む>
<<<<こっちこそ!>>>>

 ジルが従魔となったからなのか、ノン以外の従魔たちにもジルの声が聞こえたようで、挨拶をしたあとで嬉しそうに話しかけている。お互いに自己紹介をして、私と出会った経緯を話して聞かせる従魔たち。
 あああ、可愛い! 可愛いぞ、従魔たち!
 ジルの頭に上に、雀サイズになったピオとエバが乗り、ノンは背中にいる。リコも小さくなってジルの前に行くと、そこに座っているのだ。
 従魔たちの塊と、猫たちが眠る籠の中。どっちももふもふつやすべで、マジでカメラが欲しくなる。
 なんでカメラがないのかな⁉ せめて、映像を保存できる魔道具はないのか!
 一度錬金術で作ろうとしたけれど、失敗したんだよね。たぶんカメラやビデオカメラの詳しい内部構造を知らないから作れなかったんだろう。
 内心でがっかりしつつ、紅茶を飲みながら彼らの姿を目に焼き付ける。そこに柔らかな風が通り抜けていった。

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