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其は天帝の宝珠なり

プロローグと出会い

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 冴えざえとした蒼白い月明かりが窓から射し込み、灯籠が必要ないほど室内を明るく照らしている。その明かりに浮かぶ二つの影は、絡み合う身体とその動きをそのまま写していた。
 ギシギシと軋む寝台の音に混じり、肌同士がゆるくぶつかる音とぐちゅぐちゅと鳴る卑猥な水音、男の甘くて荒い息遣いと、わたしの矯声が室内に響く。

「ああっ! はぅっ、あんっ!」

 わたしの身体中の弱い部分を知り尽くしている男が、後ろからゆっくりと胎内を擦りながら胸を掴んで揉み、指先でぷくりと硬く尖った胸の先端――乳首を捏ね回す。この男に閨事と快楽を教わり、男の手でゆっくりと開発されて敏感になった身体は、それだけで達して男の肉竿をキュッと締め付ける。

「く……っ、はぁっ、リン……そんなに締め付けるな……っ」
応龍おうりゅう、様ぁっ、それ、駄目ぇっ! あああっ!」
「ふふ……駄目ではないだろう?」

 更に熱く、硬く、太くなった男の肉竿に胎内の弱い部分を擦られて仰け反れば、それを待っていたかのように嬉しそうに笑いながら私の弱い部分を攻め、男のいいように、男が望むように喘ぎ、翻弄されている。

 胸を揉みしだき、乳首を捏ね回し、足や身体中を撫でて肉芽を擦り、快楽から逃げようとする腰をしっかり抱え、背中は男の唇と舌に舐められていた。黄金色きんいろの長い髪がこぼれ落ち、まるで意思があるかのように擽る。

「ひぁっ、やぁっ! あんっ、ああっ!」
「ふ……っ、ぁ……っ、琳……気持ちよすぎて駄目……か?」

 いきなり激しくなった手と腰の動きに視界が白く染まって達し、男の肉竿を締め付ける。けれど男の動きが緩やかになるだけで、その行為自体は男が精を吐き出すまでは終わらない。

「はぁっ、あっ、応龍様ぁっ、もう、無理ぃ、ああんっ!」
「まだ駄目だ……私はまだ満足していない……っ、く……っ、ふふ……お前の身体は本当に敏感なうえに極上だな……ずっと胎内に挿れていたい……」
「んあっ、あああっ!」

 耳元で囁かれたと同時に耳を噛み、噛んでは舐め、首筋と背中に唇と舌が這う。

 いつもなら半刻から一刻で終わる行為が、もう二刻近くも続いている。精も既に二度、胎内に吐き出されている。
 なのに、いつも以上に執拗に愛撫を重ね、わたしを抱く男……龍族の王たる応龍、淙漣そうれん様の意図がわからない。

「はあっ、あっ、……きゃっ?! あ、あああっ! 深いぃっ!」

  いきなり身体を起こされ、胎内の奥深くまで淙漣様の肉竿が突き刺さり、そのまま下から突き上げられ、わたしの胸を揉みしだく腕に力なく掴まる。下腹から上がる絶え間無い快楽の波を逃がしたくて背中と頭を反らせば、何の因果か淙漣様の肩に頭を乗せることになってしまった。

「あっ、んうっ、んふ、ふぁ……っ! んんんんっ!」

 顎を捕まれて顔を横にされた途端に口付けが落ち、そのまま口腔を舐められる。そうされながら胸も、乳首も、肉芽さえも擦られ、弄られ、愛撫されながら下から突き上げられる。
 その強烈な快楽と快感にただただ喘いで矯声をあげるしかなく、幾度となく達そうとも、淙漣様の動きは止まらない。

「琳……私の琳……お前の身体は私の……俺のものだ……」

 誰にも渡さない――。

 ようやく三度目の精を吐き出し、肉竿をわたしの胎内から抜くことで行為の終わりを告げた淙漣様の言葉を、朦朧とした意識とわたしの頭を優しく撫でるのを感じながら聞いていた。
 いつもはそんなことを言わない。『また来る』と、それだけを呟くだけなのに、今日に限ってなぜそんなことを言うのだろう。
 込み上げるものを我慢すれば……あとはいつものように眠ったふりをすれば終わりのはずだった。

「……―――、琳」

 その呟きはとても小さな声だった。普通の人間ならば絶対に聞こえない声だった。
 唇に口付けを落として行った淙漣様が部屋を出て行く。
 部屋の中に落ちた影に目を開け、気怠い身体を起こして空を見上げると、二匹の龍がお互いに尾を絡めて戯れていた。かたや全身が黄金色の雄の龍、かたやその龍よりも一回り小さな赤い雌の龍。それ以上見ていたくなくて寝台に身体を横たえるとギュッと目を瞑る。

 わたしにはない色に、わたしにはできないこと。それを嘲るように見せつける、黄金色の雄の龍と赤い雌の龍。
 そのことが余計に苦しい。

 黄金色の龍は、さっきまでわたしを抱いていた淙漣様その人だったから余計だった。
 そして彼は明日完全なる黄龍こうりゅうとなり、天帝になると東海龍王おじいさまに聞いた。
 淙漣様が天帝となれば、この地には二度と来ない、二度と逢えない。

 それは漣様もわかっているはず。

 ――なのに。


『……我愛你あいしてる、琳』


 何で今さらそんな事を言うの? もう間に合わないのに。淙漣様が応龍じゃなくなれば、次代の応龍がわたしを抱きに来るのに。

 応龍との盟約がある以上、応龍自身が反故にしたり応龍以上の存在から盟約を持ちかけられない限り、わたしはこの地から出られないし、応龍に抱かれ続けなければならない。

 それがどんなに嫌いな人でも。

 相手が嫌いだろうと生理的に受け付けない相手だろうと、相手が応龍である限り、わたしは抱かれ続けなければならない。それが応龍である『長』との盟約。
 次代の長である応龍が私を放置すれば、わたしは一月ひとつき足らずで儚くなる。

 応龍交代の儀式まであと十日……淙漣様はそれがわかっているからわたしを何度も抱いたのかも知れない。交代が済むまでの間は誰も来ないから。
 来ても精々東海龍王おじいさまくらいだろう。

 尤も、この庵に入れる人間は決まっているのだけれど。

 交代までの十日間は、もう会うこともないであろう淙漣様を思いながら、ゆっくりしていよう……そう考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。


 ***


 応龍である淙漣様によってこの地に封じられたのは、もう千年も前の話だった。

 これは盟約を交わす時に東海龍王……お祖父様から聞いた話だが、わたしの父は東海龍王敖廣ごうこうの第九子で饕餮とうてつ、母は白虎族の姫だった。お互いが王族であるが故に、わたし以外の兄弟姉妹は力が強かった。

 最初に生まれた兄は饕餮である父の力を。
 次の年に生まれた姉は白虎である母の力を。
 その次の年に生まれた双子のうち、姉は父の力を、その弟は白虎の力をそれぞれ受け継いだ。その誰もが両親のうちの片方の力を受け継ぎ、役目を全うするために力をつけて行った。
 ――最後に生まれたわたし以外は。

 生まれた時のわたしは酷く弱かった。その弱い身体故に成人までもたないのではないかと、両親も兄弟姉妹も思っていたらしい。
 けれど生まれたわたしを見に来たお祖父様は、その身体の弱さの理由を知っているようだった。

『この子が弱いのは白虎と饕餮、東海龍王わたしの力を受け継いでいるせいだ』

 と、そう告げたと言うのだから。
 両親から受け継いだ力自体は兄弟姉妹の半分も行かないくらい弱いが、綺麗に混ざり合っているから生きて行くぶんには問題はない。けれど、その力を発揮するのに龍王の力が邪魔をし、このままでは生きて行くのは難しかったと言う。

 生きて行くための措置は二つ。
 四海龍王とその長である応龍を含めた五龍によって東海龍王の力を封じるか、五龍のうちの誰かと契約し、その盟約によってその土地に封じ、その地の龍王の精を定期的に受けるかしかないと言われた。
 もちろん、生きたいのであれば代替わりした後もだ。
 男であったなら、五龍の力をもって東海龍王の力のみを封じればよかった。けれど女であったが故に、二つ目の方法を入れざるを得なかった。

『見殺しにするのであれば、赤子のうちがいい』

 そう告げたお祖父様に、両親も兄弟姉妹も『生きる術があるのなら』とわたしをお祖父様に預け、会いたくばお祖父様の城で会えばよいという話になり、わたしはお祖父様の城で育てられることになった。お祖父様が側にいた時のわたしは普段よりも容態が安定していたことから、龍王が住まう城ならば、話し合いが終わるまでは大丈夫だろうという理由で。
 確かに龍王の力が行き届く城内であればわたしの容態は安定していたし、家にいた時よりも熱を出すことはあまりなかった。それでも出す時は出していたのだけれど。

 城に住むようになってちょうど十ヶ月……人族でいうならば十八歳くらいになった頃だろうか。わたしの容態が安定しはじめたことからようやく五龍が揃い、わたしの体内にある東海龍王の力をどうするか話し合うことになった。
 そこでわたしは、当時応龍になったばかりの淙漣様に出会った。


 ***


 その日は熱があった。熱がある時はヒトガタでいるよりも本来の姿……父と同じ黒虎の姿でいるほうが楽だったから黒虎の姿でいたら、お祖父様がわたしを抱き上げてどこかへと運んだ。
 その先にはお祖父様と同じ年齢くらい――と言っても、お祖父様を含めて壮年という言葉がぴったりなのだが――の方が三人と、青年と呼べる年齢の方が一人いた。
 その青年が淙漣様だった。
 その時は応龍であることも名前も知らなかった。
 熱で意識が朦朧とする中、お祖父様の言われるがままに、龍王様たちの膝に乗る度に頭や背中を撫でられる。それぞれの龍王様はお祖父様とは違う力ではあったが、お祖父様に撫でられている時のように身体は楽だった。
 一番最後は淙漣様で、応龍であったが故か、他の龍王様たちに撫でられている時よりも楽だった。

 黄金色きんいろの髪、同色の瞳は縦に割れていて、その瞳がわたしをじっと見ていた。それに内心首を傾げていたらお祖父様に呼ばれた。

「琳、辛いだろうがヒトガタになって龍王様たちに挨拶をしなさい」
「はい」

 お祖父様にそう言われ、黒虎の姿からヒトガタになると、お城にいる人に教わった最上級の礼、再拝稽首さいはいけいしゅをする。

「琳と申します」

 きちんとできていたかがわからず、礼を終えてお祖父様を見れば満足そうに頷いていたので安堵する。「退室しなさい」と言ったお祖父様に返事をしてその部屋から出ると、外にいた護衛の人が気付いてわたし部屋まで連れて行ってくれた。
 部屋に誰もいなくなると黒虎の姿になり、寝台へと登って横になる。

(お日様みたいな温かい力の人だったな……)

 日の当たる窓際で身体を丸めながらそんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていたのか、突然冷たい掌で頭や身体を撫でられた。そっと目を開けて見ればそこにはお祖父様の姿があり、他の龍王様たちもいらっしゃったので慌てて身体を起こそうとしたら「そのままでいい」と言われ、結局お祖父様の言葉に甘えることにした

「お祖父様……」
「少々無理をさせた。ますぬ、琳」
「大丈夫です」

 お祖父様の手が気持ちよくてほぅ、と息を吐く。

「……琳、話がある」
「はい」

 そうして聞かされたのは、わたしが生まれた時のことや身体に内包する力のこと、このまま城にいても今の状態では儚くなるまであと一年もつかもたないかという話だった。お祖父様の力を封じても、もって千年前後であることも聞かされた。

「親不孝をしてしまうこと、お兄様たちやお姉様たちのお手伝いをたくさんできないこと、お祖父様たちを悲しませることは悲しいですが、弱いこの身体で千年も生きられるならば充分です。お祖父様のお力を封じてください」
「……もう一つ、千年以上生きられるやり方もある。女のお前だからこそのやり方ではあるが」
「わたしだからこそのやり方、ですか?」

 その方法がわからずお祖父様をじっと見つめていると、どこか観念したような苦しそうな顔で告げた。

「私以外の龍王の誰かと盟約を結んで龍王から与えられた地に住み、龍王に抱かれて精を受ければ、龍王から盟約を破棄されない限り生き続けられる……たとえ龍王が代替わりしても」
「それは……それはあまりにも他の龍王様たちに失礼ではありませんか。皆様妃もお子様もいらっしゃるでしょうし、わたしはそこまでして生きたいとは思いません。それでしたらお祖父様のお力を封じるか、今の状態のまま精一杯生きたいです」

 他の方に頼るくらいなら、たとえ親不孝と言われようと、千年、いやあと一年しか生きられなかろうと今のままで充分だし、今までも充分幸せだった。
 けれどお祖父様はそれをよしとしなかった。

「ならば、せめて千年は生きてくれぬか」

 そう言ったお祖父様に待ったをかけたのは、金色の髪と瞳を持つ青年だった。

敖廣ごうこう、彼女と話をさせてくれないだろうか」
「淙漣様……」
「先の話し合いの通りにしたいのだ」

 真剣な顔をしてそう言った青年に、お祖父様は小さな溜息をつくと「御意」と言い、青年以外の龍王様たちを連れて部屋から出て行ってしまった。それを見送った青年はわたしを抱き上げるとわたしが寝ていた寝台に座り、膝に乗せて身体を撫で始める。
 お祖父様とは違う力ではあったが、それでも身体が少し楽になった気がする。

「私は、……応龍の淙漣と言う」
「応龍様……長の、淙漣様」
「そうだ。確か琳、だったな」
「はい」

 ゆっくりと撫でる掌が心地よくて、長に撫でられているというのに緊張が和らぐ。

「琳、私が与える地に住まぬか?」
「それは……」

 淙漣様が言ったことは、この方に抱かれて精を受けるということだ。それが何を意味するのか、完全にではないが何となくわかる。

「ああ見えて敖廣は悲しんでいる。自分の手元で育てたせいもあるだろうが、敖廣はそなたが可愛くて仕方がないのだよ……一日でも長く生きてほしいと願うほどに」
「淙漣様……」
「今すぐ琳をどうこうしたいわけではない。期間は三月みつき、七日に一度こちらに出向く。その時に私と会い、お互いに知るところから始めぬか?」

 そう言った淙漣様に驚く。お祖父様たちに比べたらまだ若い長だったけど、妃がいると思っていたから、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。

「淙漣様の妃やお子様に悪いことをしてしまいませんか?」
「子を成さねばならぬからいずれは娶とることになるだろうが、私にはまだ妃はいない。それに、妃を娶とったとしても、琳に会わせるつもりはない」
「ですが……」
「大丈夫だ。そなたは、琳は、私の宝玉……いや、宝珠として大切にするつもりだ」

 淙漣様は真剣な目をしながらわたしを見下ろす。金色の目は、真剣な色と大切なものを扱うような色と別の何かが混じりあってわたしを見下ろしていた。
 なぜそんな目をするのかわからず首を傾げたけれど、第三者ではなく淙漣様本人がそう言っているのだからと頷いた。

「わかりました」
「ありがとう」

 どこかほっとしたように柔らかい笑みを浮かべた淙漣様は、黒虎のままのわたしの額に口付けを落とす。

「辛かっただろう? もう眠りなさい」

 わたしを寝台へと寝かせ、鼻先にまた口付けを落とすと部屋から出て行った。

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