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無くした恋と遂げた愛

宰相と王の失敗

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 王妃様――アルメリア様が消えた扉をしばらく呆然と見つめていたが、陛下やナタリー様に確認するべく慌てて歩き始める。

『ナタリー様がいらっしゃいますし、ナタリー様以外の側室様には陛下のお子がおいでですもの、わたくしは必要ありませんでしょう?』

 諦めの混じったつらそうな表情でそう仰ったアルメリア様の言葉を思いだし、きつく拳を握る。他の貴族や大臣たちにも似たようなことを言われていたからだ。

『王妃様がいなければ、かの大臣の地位も宰相殿の地位も安泰ですな。尤も、既にその手の口実を作っておられるようですが』

 最初にそう言って来たのは誰だっただろう。確か、陛下が成婚して一週間後にはそう言われたのだ。
 なぜ、そんなことを言われるのかわからなかった。それに、陛下の態度。
 陛下は、三ヶ月くらい前から

『そろそろ次代に仕事を覚えさせたらどうだ?』

 そう言って自分ではなく、副宰相に仕事をさせるようになった。そしてその頃から陛下の態度がどこか冷たくなった。
 但し王妃様の兄は、自分や陛下に対し、成婚当初から冷ややかな態度ではあったのだが。
 それに、確かにナタリー様は自分の姪であり側室の一人ではあったが、アルメリア様ほどの気品も能力もない。アルメリア様は、急に決まった婚姻ですることになった王妃教育を、ご自身の努力により短期間で全てを身につけた方だったのだから。

 嫌な予感が背筋を走る。

 陛下の執務室の前に来ると、護衛騎士に用向きを告げ、中に入れてもらう。

「陛下! 王妃様が!」
「……アルメリアがどうした?」
「城を……たった今、城を出て行かれました!」
「なんだと?! どういうことだ!」
「私にもよくわからないのです。『寵愛されている方がいるのに、お飾りの王妃は必要ないでしょう?』とか『離縁の書類が』と申されて……」
「離縁の書類?! そんなはずはない! 私は離縁の書類などサインした覚えはないぞ?! とにかく、王妃の部屋へ行く!」

 執務室を飛び出すように出て行った陛下のあとを、近衛騎士と一緒に追いかける。開け放たれた扉から入ると陛下と一緒に飛び出した近衛騎士に剣を向けられ、青ざめた顔の女官長と王妃付きの侍女と――同じように青ざめた顔の姪がそこにいた。


 ――それは、嫌な予感が的中した瞬間だった。


 ***


 何かがおかしいと、ずっと感じていた。それが何かわからず、モヤモヤとしたものが常に心にあった。
 義兄となったダニエルの態度もあからさまに出すことはないものの、婚姻当初から夜会で会ってもどこか冷ややかで、なぜそんな態度をされているのか、ずっとわからなかった。
 病弱とは聞いていなかった――そもそも、我が国では病弱では王妃は務まらない――のに、婚姻した日に体調を崩し、それ以来部屋から出て来ないアルメリア。
 少女だった者が女性らしい身体つきになり、婚姻した日のアルメリアがあまりにも綺麗で、その場で襲ってしまわないよう何とか視線を反らし、自制するために手の甲に口付けを落とすだけで精一杯だった。まだ一度も抱いたことのないアルメリアを早く抱きたいと思いつつ、見舞いに行っても侍女や女官長に追い返され、見舞いの品を贈れば礼状すら来ない。

 婚姻する前は、そんなことはなかったというのに。

 病床でもできる公務の書類仕事を回せば、「わけのわからないものが提出された」と文官に言われる始末。首を捻りながらも何がおかしいのかわからず、そのまま過ごして来てしまった。


 ――三ヶ月前に、王妃付きの侍女の服装を見るまでは。


 アルメリアの様子を聞こうと部屋を訪れると、侍女はアルメリアに送ったはずのドレスを着ていた。私の姿を見た彼女は、慌てた様子で『自分が着られないから、着て欲しいと頼まれた』と言ったが、彼女の繕った表情からそれは何となく嘘だと感じていた。

 そうして宰相からもたらされた、先程の言葉。離縁の書類にサインした覚えもないのに『離縁した』と言われ、『お飾りの王妃など必要ないでしょう』と言われ……。そんなつもりは全くなかった。王妃は……アルメリアは、学友でもある彼女の姉に協力してもらって自ら乞い、どうしてもと願った妻だったのだから。

 急いで王妃の部屋に行き、ノックもせずに扉を開けると、先日アルメリアのためにと送った筈のドレスを来た侍女と青ざめた顔の女官長、同じくアルメリアのために送ったドレスを着たナタリーがいた。そのドレス姿は全く似合わず、ドレスもきつそうに見える。
 テーブルの上を見ると、昨日送った菓子とお茶が乗せられていて、菓子の一部は食べかけだった。

「陛下……! あ、あの、これは……、その……! あ、あ、アルメリア様はたった今お休みに……!」

 ナタリーの嘘くさい言葉にスッと目を細め、一緒に来た近衛騎士に三人の足止めを命じると、寝ているであろう王妃の寝室へと向かい扉を開けた。だがそこにいるはずのアルメリアの姿はなく、ベッドなども使われた様子がないことから、女官長と王妃付きの侍女がナタリーをこの部屋へと勝手に連れて来ていたと推測する。
 そのことに怒りを覚え、踵を返して三人がいる部屋へと戻るとちょうど宰相が来たばかりなのか、怒りで顔を真っ赤にしながら、ナタリーの頬を叩いた。

「何という恥知らずなことを……!」
「お、伯父上様……?」
「お前は何をしたかわかっているのか?! 勝手に王宮と王妃の間に入るなど! 王宮は側室が許しなく入っていい場所ではない! 側室が住まう場所は後宮のみ、勝手気ままに出歩ける自分の家とは違うと何度言えばわかるのだ! だからこそ、そなたを側室にするのは反対だったのだ! それを、あの愚か者は……! 陛下、我が弟と姪が申し訳ありません!」

 ナタリーに詰まる宰相に、ナタリーが勝手にしたことだと悟る。そもそも宰相は初めから「側室は充分いる」と言う理由の元、ナタリーを後宮に入れることを反対していた。
 もちろん、同じ理由で他の重鎮達も。

 他国はどうか知らないが、我が国に於いて側室は二人、多くても三人もいれば充分だった。我が国の女性は、他国から「妻に欲しい」と乞われるほど、多くの子を産む国でもあったから。 

「宰相のせいではない。そもそも、そなたは最初から反対していたではないか」
「当然でございます。側室様は充分いる状態であるのに更に増やすことも必要とせず、ましてや愚行を繰り返す者など、我が国を傾けるだけでございます」
「伯父様! 酷いですわ!」
「酷い? 何が酷いと言うのかね? 他の側室様は慎ましく暮らし、ご自分の役割をこなしながら陛下を助けていらっしゃる。だがお前はどうだ? 聞こえてくる話は、陛下や側室様に協力するでもなく、税を無駄遣いするばかり。愚か者と言わずして何と言うのか!」

 ここまで激昂する宰相を見たことがない。だが、財政を圧迫しているとは言わないまでも、徐々に減っているのは事実だ。
 これ以上はまずいのではないか――その話をし、ナタリーの親を糾弾しようとしていた矢先のこの騒動は、大臣を糾弾する上でも、余計な側室を切るうえでも、充分な案件だ。

「三人を牢へ」
「はっ!」
「そんな……っ、陛下!」
「ナタリー、そなたは王宮に無断で入った侵入者だ。しかも、入ることの許されぬ王妃の私室に入ったのだ、側室と言えど極刑は免れぬ。そして、それを手引きした女官長と侍女もな。連れて行け」
「はっ!」

 罪を犯した三人は近衛騎士に引き摺られるように出て行く。往生際悪く叫ぶナタリーだが、不法侵入である以上許されない。

「アルメリアは、どんな場所にいて、どんな扱いをされていたのだろうな……」
「陛下……」
「王宮を出たということは、実家に帰るのだろう。事が終わり次第、また迎えに行く。それまでに徹底的に調べろ」
「……御意」

 頷いた宰相もまた、王宮の間から出て行く。そして、護衛の近衛騎士と一緒に私自身も。

 その日の夜には報告がなされ、アルメリアがいた場所も判明した。その場所に行って見れば、後宮の片隅の、側室たちですら知らない隅にその部屋はあった。窓からは月明かりが差し込み、少ない灯りが灯された部屋を浮かび上がらせていた。
 陽の光も碌に当たらないような、狭い部屋。王妃として迎えられた者が住む場所でも、まして側室ですらも住むような場所ではない。
 護衛騎士すらも身勝手に排除し、その部屋を宛がったのはナタリーに買収された女官長で、食事は女官長が可愛がっていたあの侍女か女官長自身が運んでいたらしい。

 金で買収され、主を裏切る者など、この城にも国にも必要ない。

 結局ナタリーと女官長と侍女は反逆罪で処刑され、ナタリーの実家も反逆罪と不敬罪で取り潰しとなった。
 宰相自身も辞めると言い出したのだが、それは側近や重鎮たちがこぞってそれを押し留めた。
 そしてアルメリアの二人の兄は、アルメリアが王宮を去った翌日には「領地へ帰ります」と言い、アルメリアを連れてさっさと領地に帰ってしまった。まるで、二度と私に会わせたくないというように。


 傾きかけた財政を何とか軌道修正し、日々の仕事や外交をこなし、それら全てのことが終わってアルメリアを迎えに行く直前に我が国全土に熱病が流行り、それが終息するまでは王宮から出ることもできなかった。この熱病が流行ると死者も出るのだが、今回は一人だけ重症者が出ただけで、他は薬が間に合ったのか軽い症状の者が多かったのか奇跡的に死者は出ず、結局アルメリアの実家に行けたのは一年後だった。


 ――執務の忙しさにかまけて何も確認せず、女官長たちの言い分を信じた罰が当たったのだろう。


 アルメリアは、我が国で唯一の重症患者であったと彼の領地で知ることになるとは、この時の私は知りもしなかった。

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