出戻り巫女の日常

饕餮

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ボルダード編

ボルダードには、狂っている側室がいる

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「ボルダードには、狂っている側室がいる」

 そんな王太子殿下のクレイオンの言葉から始まった、レーテ達がなぜあの塔にいたかの事情説明。
 クレイオンの話によれば、彼が七歳の時に嫁いで来た側室で、彼女は当時十六歳だったらしい。父王はまだ王になったばかりで二十七歳だったと言うのだから、この世界の年齢差としてはまだ許容範囲だ。まあ、この手の物語からすれば、十六歳前後で嫁ぐのは当たり前な部分なんだろう。
 彼女はボルダード国内の伯爵家から嫁いで来た女性で、社交界でも目立った悪評はない赤毛の美しい、おしとやかで穏やかな女性だった。嫁いで来た時もなんの問題もなく、王妃や他の側室ともそれなりに仲良くやっていた。だが彼女が十七の誕生日を迎えた翌日、彼女の言動が急におかしくなった。

 優雅だった所作や言葉遣いが、王都の庶民レベルまで落ちた。
 側室なのに、見目麗しい特定の貴族や騎士に声をかけるようになった。尤も、声をかけられた人物は相手にすらしなかったようだが。
 挙げ句、帝国から妻と子を伴い使者の先触れとして来た皇弟殿下に懸想し、皇弟殿下に声をかけたものの妻と子がいるからと冷たくあしらわれ、二人がいなければ靡くと思ったのか、二人を監禁した挙げ句に勝手に騎士を動かしてその妻を殺した。当然、皇弟殿下とその子は未だに行方不明となっている。
 それを聞いて青ざめたのは王と王妃、宰相をはじめとした重鎮達だった。
 帝国からは自国では取れない食品や加工品などを買っていて、今回皇弟殿下は妻の国に行くついでに使節団の先触れとして挨拶に寄っただけだった。挨拶を済ませたあとで妻の国へと行き、そこに暫く滞在する予定だった。皇弟殿下とその妻と子がそんなことになっていると帝国にバレたら、今回別の商品を輸入する予定のもが輸入出来なくなる。
 必死で隠そうとしたものの帝国からは使者は来ず、代わりに『今後一切取引を停止する』という怒りの書簡が届き、現在も輸入出来なくなっているという。もちろん、その妻の国や周辺諸国からも同様の書簡が届き、現在も継続中だと言う。国ぐるみで隠蔽工作するとか……アホか。

「そんなんでよく国が滅びなかったわね」
「輸入出来ない分、商人達が他国に買い付けに行ってなんとか賄っている。尤も、怒った帝国に戦争を仕掛けられ、領土を半分以上帝国に持って行かれたから現在も存続出来ているような状態だがな」

 それはそうだろう。帝国や皇帝にしてみれば、自分の弟夫妻が巻き込まれ、たかが側室の独断で弟の妻は殺され、弟と子供は行方不明になったんだから。

「それで、皇弟殿下の奥さん……妻って、何処の国の人だったの?」
「三年前にボルダードに併合されたセレーノ国の直系の王女だった」
「……え?」
「昨夜一瞬だけ姿を現した、パーシヴァル殿の姉姫でもある。薄紫色の髪で緑色の瞳の女性だったが、帝国に行ってからは髪の色が目立つと言う理由から、栗色の髪に染めたとも鬘を被っていたとも聞いた。薄紫色の髪は、セレーノ王族の証だからな」

 クレイオンの言葉に、どくん、と心臓が跳ねる。

「薄紫色の髪は、セレーノ王族だけの特徴だった? それに皇弟殿下は?」
「薄紫色の髪はセレーノ王族だけの特徴だったと聞いている。皇弟は確か、黒い髪に薄紫色の瞳だったな。それが?」

 不思議そうに聞いたクレイオンに目を瞑ってあの夢のことを思い出す。二人はまさにそんな容姿だった。それに、『リーチェ』。『リーチェ』は二人の特徴を見事に継いでいた。

「いや、ちょっと気になっただけよ」

 『リーチェ』を知ってる皆に「気付くなよ」と思いつつも、内心焦る。どんどん忘れて来ているとは言え、多少『リーチェ』自身の容姿を覚えているものの今やほとんどがこの世界で生きていけるだけの薬の知識と巫女の力のみを覚えているだけだ。
 出来れば巫女の力も無くなって欲しいとは思うけど、あたえたのが女神ではなく世界の理だからなのか、『リーチェ』のときよりも力が強くなってる気がする。

「話の腰を折ってごめん。で、その赤毛の側室はどうなったの? そして、何で三人はあの塔に幽閉されていたの? それに、セレーノは何故姫が嫁いだ帝国ではなく、ボルダードに併合を申し出たの?」
「帝国に併合を申し出なかったのは、姫も皇弟殿下もその子もいなかったからだ。そもそも、皇弟殿下かその子がいれば、セレーノは今も存続していたであろう。他国に嫁いだとは言え、直系はパーシヴァル殿とその姉姫だけ。後は側室の子で、その子に王位を継がせるには、重鎮達が側室の実家が力を持つのをよしとしなかったからだとも言われている」

 貴族の思惑とか、国の思惑とか、色々と複雑なんだなと改めて思う。現代日本人の私では判らない感覚だ。

「我ら三人が幽閉されていたのは、その側室は父王に許可なく別の側室の子を王太子にしたいがために、勝手に我ら三人を幽閉しただけだ。父王達は何かに操られているのか、我ら三人が幽閉されているのを知らぬ」
「いや、知らない、って……。公務とかどうなってるの? 輸入していないとは言え、多少なりとも輸出とか外交くらいはあるでしょ? それに、レーテが嫁いでるんだから社交の場に王太子や王太子妃がいなかったらまずいでしょうが」
「そうなのだが、本当に判らぬのだ。我らが廃嫡になったのかどうかすら判らぬ」

 溜息をついたクレイオンは、紅茶を啜った。

「なーんか下らないし、面倒くさ。と言うか、それだけのことをした側室が、なんでまだ生きてんの? 私はそっちの方が不思議なんだけど。私の感覚から言えば、他国の王族の妻を殺したんだから、普通なら不敬罪かなんかで側室の首が飛ぶか、下手すりゃ一族郎党皆殺しなんじゃないの?」
「本来ならばそうなのであろう。だがこの国の法では、極刑の類いは側室は幽閉か軟禁、その一族は爵位剥奪の上領地返上だ。ましてやこの騒動については帝国から領土を奪われているし、その領土にはその側室の実家が入っていたから、一族としては返上よりも質が悪いであろうな」
「シュタール王妃のわたくしに言わせていただけれは、生温い処罰ですわね」
「確かに。あのお嬢様とその叔父さん、見事に首が飛んだもんねぇ……」

 アストと二人で溜息をつく。

「どっちみち、ボルダード王宮に行って色々と確かめなければならないよね」
「そうですわね。後は陛下次第ですわ」

 厄介ですわね、と呟いたアストに同意して、とりあえず今日は各自の家に帰ってもらう。レーテ達三人は当面の間アストの家に隠れていてもらうことにして、三日後くらいにアストの家に行くからと約束してその日は別れた。

 その日の昼過ぎ。リュックにあの宝石箱を入れて背負い、刀を腰に差してカムイと一緒に家を出る。行き先はもちろん、あの塔だ。
 もしかしたらまだ兵士達がいるかもと警戒しつつ、カムイの背に揺られながら塔を目指した。

(多分、『リーチェ』はセレーノの直系だった。そして、現帝国の皇帝の姪だった)

 昨日見たパーシヴァルの姉姫が『リーチェ』の母親ならば、パーシヴァルは『リーチェ』からすれば叔父に当たる。

(だから……同じ直系の身内だったからあの人が見えたし、あの人が私を……ううん、私の中に『リーチェ』を見たから、嬉しそうに笑ったんだ)

 多分、そうなのだ。そう、思いたい。

 何処で『リーチェ』やその両親の人生が狂ったんだろう。赤毛の側室が皇弟殿下に恋をしたからなのか、それとも側室として嫁いだからなのか……。
 どのみち、過去には戻れない。なら、今出来ることをするだけだ。

 塔に着くまでの間、そんなことをぐるぐると考えていた。

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