出戻り巫女の日常

饕餮

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シュタール編

『癒し姫』、ですわ

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 身体を宙に浮かせながら虹色の髪を靡かせ、白いドレスを着て、全身から眩い光を放つ。謁見の間にキラキラ光るものが辺りに充満し、部屋中を厳粛に、そして荘厳な雰囲気が包む。
 髪と同じ虹色の目をそっと開けば、眼下にはアストや王様と宰相が、周りを見渡せば全ての人がに跪いている。身体を震わせ、怒りをあらわにしていたあのベアトリーチェでさえも。

 感覚的に言えば、外から自分を眺めている感じだ。自分の身体なのに、自分ではない感じ。

 託宣は、巫女の身体を借りて女神が言葉を伝える、謂わば神託だ。巫女は自分の身体を女神に事によって託宣が下るから、姿も巫女自身の姿から女神の姿に変わる。何というか、私自身が、女神フローレン様の姿の着ぐるみを頭からすっぽりと被った感じだろうか。
 もちろん、自我はある。でも託宣の時は何故か、自分の姿を客観的に見ている感覚になるのだ。当然、言葉を紡ぐのは私であって私ではない。

 いつも慈愛の笑顔を浮かべているは、王様へ悲しげな微笑みと視線を向け、託宣を下す。

「『寵姫とその叔父の生ある限り、彼の者の一族を、民を、国を、滅びへと導くでしょう』」

 私の声とフローレン様の声が混じったような……或いは同時に発したような声が謁見の間に響くと、ヒュッと誰かが息を呑む音が響いた。

「『二人の王子は王妃へ。王妃の話を聞き、それを承諾しなさい』」

 王様はピクッと肩を跳ねさせるも、何も言わなかった。次に宰相に目を向ける。

「『嘆いている民がいます。隣国と協力し、民の嘆きを払いなさい。さすれば、次代の王も自ずと産まれるでしょう』」

 王様の後ろにいる宰相は、意味が判らないという顔をし、王様は既に王子がいるのに何を言っているのだという顔をしている。次代の王というのは判らないが、嘆いている民に関しては思い当たる節があるから、後でこっそり宰相に教えてあげようと思った。
 最後にアストに向き直り、優しい微笑みを浮かべる。

「『わたくしの娘、アストリッド。貴女の心の赴くままに』」

 その言葉にアストは目を見開いて驚いた顔をしている。女神が『わたくしの娘』と言ったのは、アストに『これは託宣ではない』と知らせるためだ。
 女神の祝福を受けた巫女は全て、『女神の娘』となるからだ。だから、祝福を受けた巫女は最初から最高位であり、女神の神気を纏い託宣を行うことが出来るのだと、後日その辺の記憶が欠けている私にアストが教えてくれた。

「『この国に幸あらんことを』」

 錫杖を鳴らして祝福を授けたフローレン様は私の身体から離れて行く。それと同時に私の姿も徐々に元に戻って行き、足が床に着くころにはこの城に来た時の服装と髪に戻っていた。
 謁見の間は、暫く女神の余韻と静寂に包まれる。その静寂を破ったのは、近衛騎士が近付いて行った先の集団の中にいた、一人の男だった。

「何をする!」
「きゃあああ!」

 男は自分を捕まえようとしていた騎士を振り返り、騎士が持っていた剣をいきなり腰から引き抜くと、そのまま剣を騎士の腹を刺した。男はそのまま騎士から剣を引き抜くと刺した場所から周りに血が飛び散り、騎士は腹を押さえながら力なく膝から崩れ落ちる。辺りから悲鳴が上がり、周辺にいた人はその場から逃げるように離れて行った。
 それを見た近衛騎士は一気にその男に近よって拘束しようとするものの、男は闇雲に剣を振り回しているために近衛騎士は男に近付けない。ちらりとこちらを……アストを見た男の目は血走っていた。

「まっず! デューカスさん、私の刀と鞄は?!」
「こちらに!」

 何をしたいのか判ったらしいデューカスは、私の鞄と刀を手渡してくれた。鞄を漁って傷薬の入った巾着と水を出すと

「ルガトさん、すみませんがこれを持ってて下さい!」

 と、呆気にとられている宰相にリュックのみを預け、刀を腰に差すと王様に向き直る。

「王様! 私に抜刀許可を下さい!」
「……許す」

 何かを察したのか、王様は私に抜刀許可をだした後で近衛騎士にも抜刀許可をだし、ベアトリーチェの拘束を命じた。それを聞きながら今度はアストに向き直る。

「アスト! あの騎士さんの手当てをして!」
「ですが、わたくしに、シェイラのような力はありませんわよ?!」
「これを渡すから!」

 巾着と水を手渡すと、アストは怪訝そうな顔をしながらもそれを受け取ってくれた。

「これは?」
「巾着……その小さな袋の中に、私が作った傷薬が入ってるの。それを騎士さんに飲ませて。傷薬の力を引き出しながらなら、なんとか出来るでしょ?!」
「シェイラの作った傷薬……! なら、わたくしにも出来ますわ!」
「お願いね。デューカスさん、アストの護衛、よろしく!」
「言われずとも!」

 頷いた二人に、よし、と私も覚悟を決めた時だった。

「きゃああ! 何をなさいますの?!」
「誰か! 王子殿下を……!」

 悲痛な声が別の場所から響いた。その方向を見ると側室と思われる二人を押し退け、『滅びの繭』を纏った人がその腕から赤子二人を奪い去ろうとしていた。

「だーっ! 次から次へと!」

 刀を抜いてから暴れている男の方へ駆け出し、暴れている男の目を引き付けるが私の後ろを付いて来ているアストの方へ視線を移し、その目をギラギラとさせてこっちに向かって来た。

「貴様……! 貴様のせいで、私の可愛いベアトリーチェが王妃になれなかったではないか!」
「王妃様、危のうございます!」
「異国の巫女殿、ここは我らにお任せを!」

 近衛騎士が剣を抜いて対峙しながら男を遮るも、男は騎士二人の隙をついてアストの方へ走って来るとその剣を振り上げた。アストの前に身体を躍らせると、アストに鋭い声を上げる。

「アスト、デューカスさん、行って!」
「ですが、シェイラ!」
「セレシェイラ殿!?」 
「私は大丈夫だから、あの騎士さんを助けに行って! 早く!」

 鋭い声をあげてアストとデューカスを怪我をしている騎士の元へと行かせる。アストの後を追おうとした男をカムイと一緒に阻んで牽制のために刀を横に薙ぐと、男はそれをよけるように後ろへ跳んだ。

「邪魔をするな!」
「ったく……あー、面倒! 何が『私の可愛いベアトリーチェが王妃になれなかった』だ! だったら、アストに王妃の白羽が立った時に反対すればよかったじゃないの!」

 私の方に来ながら振り上げた剣を降り下ろしてきたので、力を流すように剣を刀で弾いてそのまま横に薙ぎ払う。男の服がスッパリ切れ、そこから薄く血が滲み始める。アストをチラリと見れば、デューカスに身体を支えられている騎士に薬と水を何とか飲ませ、騎士の身体を横たえているところだったのでそれに安心する。

「な……!」
「刀を抜いたのは初めてだからね……手加減なんて知らないから、そのつもりで!」
「な……! 生意気な!」
「何ということをなさるのですか?! 誰か、誰か、毒消しを……! 二人の乳母が王子殿下に毒を!」
「赤ん坊に毒?! 鬼畜だわ、あんたら!」
「誰か浄化の出来る神官はおらぬのか?!」
「カムイ! 赤子の方へ行って、乳母の二人が逃げ出さないよう足止めして!」
「承知!」

 王様の声を聞きながらカムイに足止めをお願いし、目の前の男に集中する。さっさとケリをつけ、急いで王子達のところに行かないと命が危ない。なのに、目の前の男はしつこくアストを狙おうとする。それに舌打ちしつつも、何度も男の視線からアストを遮り、男を自分に引き付ける。
 その間に、治療中のアストにはデューカスや近衛騎士が護衛につき、自分の子供が心配で仕方がないはずなのにアストは騎士の怪我を必死で治している。
 それを見ながら後ろに跳んで距離を取り、懐からナイフを出して、剣を握っている男の肩を狙ってナイフを投げる。

「ぐうっ!」

 狙った場所に刺さったナイフは男の隙を作り、その隙をついて一気に距離を詰めると、痛むであろう肩を押さえながらも降り下ろされた剣をよけてその手を掴む。そのまま腹に膝蹴りを叩き込んでから足払いをかけて男を床に転がせると、手首を思い切り踏んで剣を手離させてから剣を近衛騎士の方に蹴り、起き上がろうとしていた男の胸を踏みつけてその腹に刀を思い切り突き刺した。ドスッ、と言う音と共に男の口から悲鳴が上がる。

「ぐあああああ!」
「今すぐあんたを殺してやりたいけどね……あんたを殺すのは私じゃない、この国の王様よ? 私に殺された方がマシだったと思える程の仕打ちを覚悟しなさい! 騎士さん、傷の治療が出来る人が来るまで、この男が動かないようにして下さい。そして、この刀も抜かないで下さい。抜いた途端に血が溢れますから」
「は、はい!」
「わ、わかりました!」

 私の行動に呆気にとられていた近衛騎士は、我に返って返事をした。男のことは近衛騎士に任せ、カムイが足止めをしている毒を盛られた王子のところへ走る。王子が死ぬのを待つように、カムイや騎士に捕まるのを恐れて逃げる王子を抱いていた一人の乳母にこっそり近寄って顔を殴って王子を取り返すと、それを見て固まったもう一人の乳母の顔も殴る。二人とも私に殴られた衝撃で床に倒れ、殴られた頬を押さえながら、私に怒りの目を向けた。赤子を手放さなかったことだけは褒めてやるよ。
 殴られて当然の非道な事をしたくせに、なんでそれが判らないんだよ、こいつら。自分の子供に置き換えたなら、そんなことは絶対に出来ないくせに、それに思い至らないことにイラつく。

「何? その目。あんたら何か勘違いしてない? 二人の王子はアストの子供であると同時に、王様の子供でもあるのよ。それを忘れてない? しかも、あんた達は今、王様の子供を、王様の目の前で毒殺しようとしてたわよね?!」
「……っ」
「あ……っ」

 王様の子供を殺害するとどうなるか、今更ながら思い当たったらしい。つーか、王子って言ってるんだから、王様の子供でもあるに決まってんでしょうが。よっぽどベアトリーチェに心酔してたんだろうか。……アホとしか言えないが。
 二人の乳母はその顔色を一気に青ざめさせ、カタカタと震え始める。

「その顔は、王様がどれだけ悲しむとか考えなかったって顔よね。……なら、こうしようか。乳母ってことは、あんた達にも子供がいるわよね。もし王子達が死んだら、あんた達の旦那の目の前で『あんた達の妻が、両陛下の目の前で王子を殺した報いです』って言って、同じように毒を飲ませてあんた達の子供全員殺してやろうか……?! そうすれば、少しはアストや王様の気持ちが判るってもんだわ!」

 呆然としている二人に、怒髪天をついている私が脅すように告げると、二人は恐怖に戦き悲鳴を上げた。騎士達はそんな二人に蔑みと冷ややかな目を向けながら、二人を拘束して連れていく。
 二人は私に『やめて、許して』と言うが、私は二人の言葉を全て無視する。つーか、例え王子二人が死んだとしても、そんなことする訳ないっての。そんなことしたらベアトリーチェと同じになってしまう。それに、この二人の乳母を雇ったのは王様だ。二人の処遇を決める権利は王様にある。
 そんなことよりも、まずは王子の救出が先だ。

「すみません! 誰か、王子殿下を寝かせるためのタオルか布団を持ってきて下さい!」
「畏まりました!」

 両手に王子二人を抱えながら、心の中で癒しの祈りを捧げて王子を癒して行く。まさか本当に二人同時に癒すことになるとは思わなかったよ。
 巫女の力、足りるかなあ……。
 内心で不安になりならがらも、淡く光り始めた私に周りがざわつき始めるが、私はそれにお構い無しに二人の王子にどんどん力を注いでいると、二人の上品な女性が心配そうな顔をして寄って来た。

「あの……セレシェイラ様」
「王子殿下は……」

 よくよく顔を見れば、さっきまで王子を抱いていた二人の女性だった。

「今、私が必死に癒しています。ただ、毒を飲まされてちょっと時間がたっているから、どこまで癒せるか判りませんが。失礼ですが、貴女達は?」
「わたくしはアーリアです」
「わたしはナタリーですわ」
「わたくし達は側室ですの」

 二人の言葉に納得していると、謁見の間に布団が届けられた。私の両側に敷くようお願いしてから王子を寝かせると、胸に手のひらを当てて癒しの力を全身に広げる。

(お願いだから、間に合って!)

 そう祈りながら力を送る。集中して癒しの力を送りたいのに、二人の側室はまるでそれを邪魔するかのように、『王子は大丈夫か』『王子頑張れ』『巫女様は大丈夫か』などと話しかけてくる。

 あれか? 実はこの二人も王子が邪魔だとか思って、私の癒しの邪魔をしてるのか?

 さすがに煩くなってきて、怒鳴ろうか、でも私は庶民だし煩いって言えないしどうしようと思っていたらアストがやって来た。騎士さんの治療が終わったんだろう。
 後ろを振り返るとあの男の腹に刀が刺さったままだったから、アストはあの男をほっぽって癒さずにこっちに来たらしい。
 私の前に立ったアストは、側室二人に冷ややかな目を向け、二人を怒鳴った。

「アーリア様、ナタリー様、お静かになさいませ!」
「王妃様……?」
「お二人は王子を助けたいんですの? それとも殺したいんですの? 癒しの力は集中力を要するのです。助けたいのであれば、シェイラ様の邪魔はしないで下さいませ! 殺したいのであれば、わたくしとて容赦は致しません! もちろん、陛下も!」

 怒っているアストが珍しいのか、二人はポカンとした顔をした後で急に俯いてしまった。

「殿下が心配だったのです」
「まさか、邪魔をしていたなんて……。言って下されば、わたし達だって邪魔はしませんでしたわ」
「言えるわけないじゃないですか。最高位の巫女とは言え、私は庶民でしかありませんから」

 本当は怒鳴ろうかどうしようか迷ったけどと思いつつも苦笑しながらそう言うと、二人はパッと顔を上げて申し訳なさそうな顔をした。

「申し訳ありません」
「わたくし達で力になれることがあるのでしたら、なんなりと仰ってくださいませ」
「んー……だったら、一つお願いが」
「何でございましょう?」
「今すぐ、食料……出来れば果物と水を下さい」

 そう告げた私に二人は怪訝そうな顔をし、アストは眉間に皺を寄せた。

「シェイラ、まさか……」
「うん……王子達がちょっと危険な状態なの。休憩してる時間もないくらいにね。はしたないけど、食べたり飲んだりしながら癒す。どうしても間に合わなかったら、削る」

 削ると言っただけで、アストは私の何を削るのか察して息を呑んだ。しまった、削るって言うんじゃなかった。アストを安心させるために言ったのに、逆に心配させてしまった。

「シェイラ、それはダメですわ!」
「ダメと言われても、アスト達の子供を助けるためだから、こればっかりは聞けないよ。それに、私は誰?」
「……『癒し姫』、ですわ」

 いや、そんなことを聞いたわけでもそんな答えが聞きたかったわけでもないんですけど、アスト。でも、すごく懐かしい二つ名だ。

 アストは『細工師』、レーテは『刺繍の君』、私は『癒し姫』。

 三人の最高位の巫女のそれぞれ得意なものを、三人の巫女の中だけで呼んでいた二つ名を思い出した。尤も、アストとレーテは神殿中の女性や神官や神殿警護の騎士に加護を付けた装飾品や刺繍をしたハンカチなんかをあげていたから、神殿中でその二つ名を知らない人はいなかった。

 苦しそうな、悲しそうな顔をしたアストに精一杯の笑顔を向けて、アストを安心させる。

「そんな顔をしないの、アスト。アストは王妃様でしょ? それに、ここに来る前に『デーンと構えてなさい』って言ったじゃない。ほら、さっさと果物と水を用意して? それと、出来ればこれ以上私の邪魔をしないことと、私に果物を食べさせてくれると嬉しいな」
「……判りましたわ。さあ、アーリア様、ナタリー様、ご説明致しますから行きましょう。皆様も」

 アストは側室二人を促し、謁見の間にいた人達にも謁見の間を出るように促す。後ろで呻き声が聞こえるから、漸くあの男の腹から刀が抜かれたんだろうと察すると、足音が近付いて来て私の前に人が立った。顔を見ようと見上げるとそこにはデューカスがいて、抜き身の刀を持ったまま苦笑していた。

「全く貴女は、危ないことをなさる」
「師匠や兄弟子の苛烈さに比べたらあのくらい平気だし。ところで、刺されたあの騎士さんは?」
「命に別状はありませんが、大事をとって休ませると陛下が仰っておいででした」
「そう、良かった!」

 間に合ったかー、よかった! と息をつくと、困惑気味な声のデューカスが刀を私の目の前に差し出した。

「この剣をどうしたらよろしいでしょう? 血糊は拭きましたが」
「私の腰から鞘を抜いて、それに収めてくれますか? 向きがあるので気をつけて下さい」
「わかりました」

 頷いたデューカスは私の腰から鞘を抜くと、刀と鞘の向きを確かめてから刀を収め、それを目の前に置いて謁見の間から出て行ってしまった。

「おーい……両手が塞がっている状態なのに、私にこの刀をどうせいっちゅーの」
「我が預かる。誰も桜の邪魔をせぬよう、我が側にいるから安心いたせ」
「うん、わかった。ありがとう、カムイ」

 赤子が心配だったのか、ずっと側にいたカムイにお礼を言うと、カムイは一旦刀を咥わえてから位置をずらして置き、それを護るかのようにその横に座って躰を伏せた。
 そのことにちょっと笑ってから、二人の王子を癒すべく、目を瞑って集中力を高めた。

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