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 学園パーティーから、五日後。
 今日は学園が休みのため、ジェシカは街に繰り出していた。

 記憶が戻る前は部屋に引きこもりがちだったし、戻ってからは休みの日も自習や自主練で忙しかったため、こうやって街に出るのは数ヵ月ぶりだ。 

(楽しみだなぁ!)

 コバルトブルーのシンプルなワンピースに身を包み、これまでせこせこと貯めたお金を手に持ったジェシカは無意識に頬が緩む。

 とはいっても、こんなに楽しみなのは、久しぶりの買い物だからだけではなかった。

「ジェシカ様、今日はお買い物に誘っていただき、ありがとうございます! 女子二人で楽しみましょうね!」

 自然とジェシカの腕を組んだのは、白のワンピースに身を包んだメイだ。清楚でとても可愛らしい。

「メイ、今日は私がオーウェンとメイの二人に少しでもお返ししたくて誘ったんだから、二人は今度ね」
「え~~……。でも、ジェシカ様がそう仰るなら我慢します。オーウェン様、せいぜい荷物持ちに精を出してくださいませ」
「ジェシカの荷物持ちならいくらでもするけどね」

 メイと反対側を歩くのは、平民に寄せた黒い服を着るオーウェンだ。学園にいる時とは違って、背筋をピンと伸ばしているため、街行く人たちに「あの人背が高くない?」と噂されている。

「ジェシカ、今日はよろしくね」
「うん! 二人とも、楽しもうね!」

 先ほども言った通り、今回の街への外出は、パーティーの際にお世話になったオーウェンとメイに少しでも恩返しをするためだ。
 ジェシカの手持ちでは貴族の二人が満足するようなものは買ってあげられないだろうが、せめて二人に楽しんでもらいたいなと考えていた。

「さ、まずはどこに行こっか? 二人は見たいものある?」
「ジェシカ、その前に少し良い?」
「なーに? オーウェン」

 大通りを歩き始めた直ぐ。どうしたのだろうかとオーウェンの顔を見上げれば、彼は口元に笑みをたたえた。

「私服初めてみた。可愛いね」
「なっ……!?」

 突然甘い爆弾を落とされたことでジェシカが顔を真っ赤にすると、メイが「ジェシカ様、ジェシカ様!」と呼びかけた。

「私調べでは、女性にさらっと可愛いと言える男は信用なりません。気を付けてください」
「それはいろんな女性に言う場合でしょ。俺はジェシカにだけ言ってる。変なこと言わないでくれる?」
「あーら、オーウェン様、私は事実を言ったまでですわ!」

 オーウェンとメイのやり取りに苦笑いを零しつつも、ジェシカは心臓の高鳴りを抑えようと躍起になっていた。

(落ち着け、落ち着け、私!)

 ジェシカにだけ、という言葉が脳内で反芻する。
 しかし、オーウェンは貴族令息のマナーとして褒めてくれただけだろう。
 ジェシカはそう自身に言い聞かせ、やや照れくさそうに「ありがとう」と伝えたのだった。


 もう少しで昼時だったため、三人は少し早めに昼食を……と、安くて美味いと評判な店に入った。

「うん、美味しい~~!」
「お肉の皮がパリパリで堪りませんね!」
「本当に美味しいね。ジェシカ、わざわざ店を調べておいてくれてありがとう」

 ジェシカの事前のリサーチ通り、大変美味しく、二人の反応は好感触だ。
 ジェシカはホッと胸を撫で下ろした。

「そんなそんな! 二人にしてもらったことに比べたら大したことじゃないよ。でも、三人でこうやって街に出て、食事するの本当に楽しいね」
「ふふ、そうですね。ジェシカ様、幸せな時間をありがとうございます……! 今日のことは一生忘れませんわ!」
「あははっ、大袈裟だよ、メイ」

 また何度だって来られると伝えれば、メイはうおんうおんと感動の涙を流しながら食事を続けた。
 涙のせいで料理がしょっぱそうだが、それはさておき。

 ──料理を食べ終わり、ジェシカがお会計を済ませようとした時だった。

「え? お会計が済んでる?」

 店員から予想外のことを告げられたジェシカは、先に店の外に出ているオーウェンとメイのもとへと急いだ。 

「ねぇ、二人とも、何故かお会計が済んでるんだけど……」
「ああ、ごめんね、ジェシカ。俺が払ったんだ」
「……!」

 そういえば、オーウェンは一度お手洗いに行くと言って席を立っていた。その際、ジェシカはメイとの話と食事に夢中になっており、彼の行動に気付かなかったのだ。

「それなら、オーウェンに私が払うよ。お会計いくらだった?」
「さあ、忘れちゃった」
「え」

 ジェシカが驚いていると、すかさずメイがフォローを入れた。

「ジェシカ様、オーウェン様は口を割る気が無いようですから、今回は甘えてはいかがですか?」

 メイは次に、オーウェンに視線を向けるとしぶしぶ頭を下げた。

「オーウェン様、私までご馳走様になりまして、申し訳ありません。アリガドウゴザイマス」
「……こんなに心のこもってないお礼は初めてだよ。……というわけで、っていうのも変だけど、ジェシカも気にしなくて良いから。お店を調べておいてくれたお礼くらいさせてよ」
「はいはいっ! 私も後でお礼がしたいです、ジェシカ様!」
「二人とも……」

 申し訳ないなぁと思うものの、こんなふうに言われたら、これ以上強くは出られなかった。それに、こんなふうにオーウェンとメイの意見が合うのも珍しい。
 そのことが少し嬉しかったジェシカは、素直に甘えることにした。

「ありがとう。ご馳走様です」

 ジェシカは深々と頭を下げる。
 オーウェンはそんなジェシカの頭をさらりと撫でてから、彼女の手を攫った。

「どういたしまして。さ、行こっか」
「ちょ、オーウェン! 手!」
「手ぇぇ! オーウェン様ぁぁ! 支払いはまだしも、ジェシカ様の手を握ることは許しませんよぉぉ!!」

 ぷりぷりと怒ったメイが、二人を追いかける。
 オーウェンが「相変わらず怖いなぁ」と平然そうに呟いている一方で、ジェシカは無意識にオーウェンを意識してしまい、全身にじんわりと汗をかいた。

 その後、なんとか手を離してくれたオーウェンと、怒りを鎮めたメイとともに、ジェシカは買い物を楽しんだ。
 メイは令嬢だが普段はほとんどドレスは着ずに、平民とあまり変わらない服を着ているようで、あれやこれやと話し合いながら服を買ったり、オーウェンの勧めで魔法に関する書庫が多いとされる図書館に足を運んだり、はたまた少し疲れてきたところで今度はメイが若い女性に人気とされるフルーツジュースを買ってくれたり……。

(楽しい、けど、恩返しできてなくない!?)

 それに、人混みになるとオーウェンが自然と肩を抱いて守ってくれたり、図書館ではしれっと高いところにある本を取ってくれたりすることで、どうしても気持ちが浮ついてしまう。

(でもこれも、オーウェンが私も友だちとして大切にしてくれてるからだもんね!)

 ジェシカはそう自分に言い聞かせて、二人に何か喜んでもらえそうなことができないものかと思案する。

(……あっ、あれなんか良いかも!)

 目ぼしい店を見つけたジェシカは、パッと表情が華やいだ。

「オーウェン、メイ! 少し一人で買いものをしたいんだけど、良いかな?」
「荷物持ちに付いて行こうか?」
「非常に積極的な店員さんだった時に備えて、私が同行しましょうか?」
「大丈夫! 重たいものでもないし、買いたいものは決まってるから、すぐに戻ってくるね!」

 ジェシカはそう話すと、すぐに三店舗先にある店へと駆けていった。
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