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しおりを挟む三人でパーティーを楽しむこと三十分。
ジェシカへの視線がまばらになった頃、彼女は「デザート取ってくる!」と言ってオーウェンとメイのもとを離れた。
オーウェンはそんなジェシカの後ろ姿を眺めながら、隣にいるメイに声をかけた。
「……珍しいね。ジェシカに付いて行かないの?」
ジェシカはオーウェンたちから目に見える範囲のところにいる。
今のところ、ジェシカに悪口を言ったり、変に絡んでくる者もいないので、少しくらい彼女を一人にすることは構わないのだが、メイの行動に違和感を覚えたオーウェンは疑問を呈した。
「ええ。少し、オーウェン様にお聞きしたいことがありまして」
周りにあまり聞かれたくないのか、やや小さな声で、それでいていつになく真剣な声色だ。
オーウェンは相変わらずジェシカを目で追いながら、「何?」と素っ気ない返事をした。
「オーウェン様、貴方は何者ですか?」
「…………どういう意味?」
「実は、我が家の援助について助力してくださった時から、おかしいと思っていたんです。王族や上位貴族でもなく、しかも帝国民であるオーウェン様が、あんなに早く事態を収拾できるのはどうしてなのだろう、と」
「…………」
口を開かないオーウェンに、メイはこう続けた。
「それに、ジェシカ様にお渡しした二着のドレス。一着目の方は私も事前に拝見しましたが、あれも選ばれた貴族しか着ることができない一流のものですよね? ネックレスや髪飾り、靴も全て、ほとんどの貴族では簡単に手が出ない代物のはずです。それをおよそ一週間の間に二組も手配するなんて……いくら帝国が豊かでも、一介の貴族に成せることとは思えません」
「……なるほど」
メイの話に耳を傾けつつ、こちらに向かって手を振ってくるジェシカに対し、オーウェンは手を振り返す。
メイもジェシカに手を振り返してから、隣に立つ姿勢の悪い男に再度問いかけた。
「オーウェン様、もう一度伺います。貴方は、何者ですか」
ジェシカがデザートを取り終わったのか、笑顔でこちらに向かってくる。
オーウェンは幸せそうなジェシカの様子にふっと微笑んでから、彼の漆黒の前髪に隠れた目がメイを射抜いた。
「詮索は無用だ。君も貴族の端くれなら、分かるだろう?」
「……っ、でも」
「安心して良いよ。俺は今もこれからもジェシカの味方だし、それが揺らぐことはないから。……ほら、ジェシカが戻ってくるから、その真剣な顔やめたら? ジェシカが心配するよ」
「……ハァ。分かりました」
メイはそう言うと、「ジェシカ様~~!」といつもの明るい様子でジェシカに駆け寄った。
すると同時に、会場内に先程までよりも大きな生演奏が流れ始めた。
「え、何? 何か始まるのかな?」
「ああ、今からダンスタイムが始まるんだと思いますよ。ジェシカ様はどうされますか? 今日は同性で踊ることも可能ですから、私がリードしましょうか?」
「いや、私は──」
今世でダンスの経験はなく、前世でも幼少期に盆踊りを踊った覚えくらいしかない。つまり、ジェシカはダンスの嗜みがゼロと言っても差し支えなかった。
(そんな私がメイと踊ったりして、この子に恥をかかせるようなことになったら嫌だもの)
それに、もとよりダンスは見るもので踊るつもりはなかったジェシカは、メイの提案をやんわり断った、その時──。
「ジェシカ、せっかくだから踊ろう。おいで」
「え!?」
オーウェンに手を握られたジェシカは、目を見開いた。
「オーウェン、私、全然踊れないんだってば!」
「うん。だから、バルコニーで踊ろうよ。あそこならそんなに注目されることはないし、音も聞こえるから」
珍しく押しの強いオーウェンにジェシカは頷こうとするも、メイの提案を断った手前、すぐに返事をすることはできなかった。
「ジェシカ様、どうぞ行ってきてください! オーウェン様! 今日だけはジェシカ様のことを貸してあげますわ!」
しかし、当人のメイがこう言ってくれたので、ジェシカはオーウェンの手を握り返した。注目されないのなら、せっかくの機会だ。
「メイ、ジェシカは君のじゃないけど、今日のところは感謝するよ。ジェシカ、ほら、行こう?」
「う、うん! メイ、すぐ戻ってくるからね……!」
それからジェシカたちは人を避けながら、閑散としたバルコニーにやってきた。
夜のくっきりとした空気が肌を包み、会場の熱気を冷ますのにちょうどいい。
「はい、ジェシカ。右手はこっち、左手はこっちね」
「うん」
オーウェンに促されるように彼の体に触れれば、滑らかな生地越しに自分とは違う筋肉の硬さを感じた。
「今更だけど、オーウェンって見た感じよりがっしりしてるよね。鍛えてるの?」
ジェシカはそう言いながら、興味本位で指先でオーウェンの肌を撫でる。
布を挟んでいるというのに、オーウェンはそんなジェシカの行動に、切なげに眉を顰めた。
「あのねぇ、男にあんまりそういうことしないの」
「え、ごめん。嫌だった?」
「……嫌とかじゃなくて……まあ、良いや。ほら、音楽が始まったから、踊ろう」
「でも、私本当にステップの一つも分からないんだけど……。オーウェンの足もギッタンギッタンにしちゃうかも」
なんせ、今ジェシカはヒールの靴を履いている。それほど高さはないが、これに踏まれて「痛みはないよ。羽のようだ」と言える人はやべぇ奴だと思うくらいには痛みが想像できた。
「……はは。それは怖いね」
「でしょう?」
「けど、上手く避けるから大丈夫。ほら、俺に任せて」
「うわっ」
腰に回されたオーウェンの手に引き寄せられ、音楽とともにジェシカは彼と密着した。
そして、互いの顔を見合いながら、足と手をゆったりと動かしていく。
ダンスのためか、ぴしりと姿勢を正したオーウェンのリードは的確で、自然と足が運べた。
「オーウェン、私、意外と才能あるかもしれない! それっぽい動きできてない!?」
「できてるよ。上手上手」
子供をあやすようにくつくつと笑うオーウェンと、無邪気にダンスを楽しむジェシカ。二人の周りを、これ以上ないほどに優しい空気が包み込む。
(色々あったし、オーウェンやメイには迷惑をかけちゃったけど、パーティーに参加できて良かったなぁ)
ジェシカは自分よりも頭一つ分以上高いオーウェンを見上げ、溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「あははっ! オーウェンと一緒だったら、慣れないダンスも楽しいね! 誘ってくれてありがとう、オーウェン!」
「それなら良かった。ジェシカが幸せそうで、俺も嬉しい。……それと、いつももそうだけど、今日は一層綺麗だよ」
「オーウェン、褒めすぎ──わっ」
その瞬間、バルコニーにはぶわりと澄んだ風が吹いた。
「……今のは結構強かったね……って……」
僅かに乱れたオーウェンの前髪。
そこから見えた、こちらを射抜いて離さない銀色の瞳。きりりとして冷たそうなのに、その眼差しは疑いようのないほどに優しくて、それでいてどこか、熱っぽい。
「……っ」
「どうしたの、ジェシカ」
「ううん、何でもない!」
熱に浮かされそうになるくらい、体中が熱くなる。
オーウェンの瞳を思い出すだけで、心臓が飛び出してしまいそうなほど、激しく脈打った。
(……いや、いやいやいや、そんな、わけ……)
これまで時折、オーウェンの言動に胸が高鳴ることがあった。
これは何だろうと思いながらも、本能的に深く考えてはいけないと思って、知ろうとしなかったけれど、今、その答えが直ぐ側まで迫ってきていた。
(私……まさかオーウェンのこと──)
答えの扉を開けようとした手を、ジェシカは引っ込める。
(……ううん、違う。だって)
オーウェンは友として、ジェシカの未来のために協力してくれているのだ。そんな相手に、こんな感情を抱いて良いはずがない。
──この感情は全て、勘違いだ。
それにジェシカには、恋愛にうつつを抜かす暇なんてないのだから。
「……ジェシカ? 本当に、大丈夫?」
「! だ、大丈夫! ごめんね、ボーッとして! さっ、続き踊ろう?」
「うん。俺が支えるから、好きに動いて良いよ」
「……ありがとう、オーウェン」
ジェシカはその後、オーウェンとダンスを楽しんだ。
自分の恋心をそっと胸に秘めたまま。
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