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「セ、セレーナさん……!」
「もしかして、今の話聞こえて……」

 セレーナに声をかけられた騎士たちは焦った声を出して、姿勢を整えた。

 数少ない女性騎士であり、キャロルの専属護衛騎士を務め、フィクスの婚約者でもあるセレーナは、騎士たちや貴族たちの間ではかなり有名人だ。
 いくら新人であろうと、直接セレーナと顔を合わせることもある騎士たちが彼女がどういう立場なのかを知らないはずはない。

 セレーナの鋭い目を向けられた騎士たちの顔は、青の絵の具で塗られたみたいに血の気が引いていった。

「話は全て聞こえた。……貴方たち、王族であり、共に戦う仲間でもあるフィクス様を愚弄するとは……どういうつもりだ?」

 セレーナが低い声で問い質せば、騎士たちは二人揃って深く頭を下げた。

「ヒッ、ヒィィィ! 申し訳ありません……! その、勢いで……!」
「勢い? そんな理由で、あんな戯言を──フィクス様は大した努力はしていないだの、勝つために賄賂を送るだのと話していたの? ふざけるのも大概にしなさい……!」

 声を荒げたセレーナに、騎士たちは頭を下げたまま肩をビクつかせる。

 そんな騎士たちの姿にセレーナはハッとして、自らの落ち着かせるために深呼吸をした。

(いくら彼らに非があるとはいえ、怒鳴りつけるだけではだめだ……)

 そんなことをしたって、騎士たちは少し日にちが経てば、またフィクスのことを悪く言うのだろう。
 彼らの上司に報告すれば、それ相応の罰を与えてくれるかもしれないけれど。

(おそらく、罰を与えるとなると……今回の件がフィクス様の耳にも届くことになる)

 ──それは、嫌だ。セレーナは強くそう思った。

 というのも、セレーナは学生時代も、騎士になりたての時も、女性だからというだけで悪口を吐かれてきた。

 その頃は、そんな奴らには実力で分からせれば良いのだと。そうすれば、いずれは誰もなにも言わなくなると、そう信じて前向きに頑張ってはきたものの、何一つ傷付いていないわけではなかった。

(女だからというだけで、努力や実力が正当に認められないのは、正直辛かった)

 悪意に満ちた言葉は、大なり小なり人の心を抉る。
 セレーナがそうであったように、フィクスも今回のことを知れば傷付くかもしれない。

 そうと思うと、セレーナは今回のことを大事にはしたくなかった。 

(それなら、私にできることは……)

 彼らが二度とこんなことを言う気にならないよう、しっかりと話をすることだ。

「……フィクス様はお忙しい中でも、空いた時間にしっかりと鍛錬を積まれている。才能だけでなく、あの方は努力を怠らないから強い。それと、フィクス様が不正を働いて勝利を掴むなんて有り得ない。あの方の実力ならばそんなことをしなくても勝てるし……なにより、フィクス様は不正をする側ではなく、不正を暴く側だ。過去に私が被害に遭いそうになった時、フィクス様はキャロル様と共に当たり前のように助けてくださった」
「「…………!」」

 ウェリンドット侯爵家に陥れられそうになったことを思い出すと、改めてフィクスとキャロルに感謝を抱く。

 セレーナは真剣な瞳で、騎士たちをじっと見つめた。

「フィクス様は少し分かりづらいところはあるけれど、しっかりと見ればあの方の良さがちゃんと分かる。だから、これからあの方をちゃんと見て。…………根拠のない言葉で、フィクス様のことを傷付けないで」

 ──悔しさなのか、悲しさなのか、切なさなのか。
 込み上げてきた感情のせいで声が掠れる中で、セレーナは一生懸命言葉を紡いだ直後のこと。

「「は、はい……って、あっ!!」」
「あ……?」

 セレーナの後方に視線を向けている騎士たちの目が見開かれる。

 一体何事だろうと、セレーナが振り向こうとした時だった。 

「──セレーナ」
「……! フィクス、様……?」
「「でっ、殿下……!」」

 フィクスに名前を呼ばれ、その直ぐ後に彼に優しく背後から抱き締められた。
 覗き込むようにしてこちらを見てくるフィクスの顔は穏やかなものだ。

「どうして、こちらに」
「クロードから手洗い場に言ってることを聞いたんだけど、戻ってくるのが遅かったから迎えに来たんだ。……そしたら、まさかこんなことになっているとはね」

 耳元に触れるフィクスの息がくすぐったい。

 抱き締められていることに胸が高鳴り、同時に人前ということもあって羞恥心が湧き上がってくる。
 だが、セレーナは抱き締められていることは一旦忘れようと自分に言い聞かせた。

「……もしかして、私たちの会話が聞こえていましたか?」

 フィクスの言い分から、それはほぼほぼ間違いなさそうだ。
 確認のための問いかけに、フィクスは「ああ」と答えた。

「セレーナが俺のことを褒めるあたりからね。……まあ、なんでそういう話になったのかは、おおよそ予想できてるよ」
「……っ、申し訳ありません……」
「なんでセレーナが謝るの? 俺のことを庇ってくれて、ありがとう」

 眉尻を下げるセレーナを抱き締めるフィクスの腕に、ギュッと力が込められる。

(結局、フィクス様に知られてしまった……)

 セレーナは自分の無力さに小さく首を横に振って、申し訳無さそうに目を伏せた。

「……さて」

 フィクスはセレーナから視線を逸らすと、次は騎士たちを見る。
 セレーナを見る時とは全く違う鋭い目つきに、騎士たちの背筋が寒くなるのを感じた。

「セレーナのおかげで機嫌が良いから、今日のことは不問にしてあげる。……けどもし、次に同じようなことがあったら、分かるよね?」
「「も、申し訳ありませんでしたぁぁ!! 失礼いたしますぅぅ……!!」」

 そうして騎士たちはというと、怯えた表情を見せてから、急いで騎士団棟の方へと駆けていった。

 二人きりで残されたセレーナは、窺うような声色でフィクスに話しかけた。

「なんのお咎めもなしで、よろしかったのですか……?」
「うん。陰口を言われるのなんて初めてじゃないし、セレーナがあんなふうに言ってくれたしね」
「……っ」

 騎士たちに対して間違ったことを言ったつもりはない。
 けれど、途中からフィクスに聞かれていたのだと思うと恥ずかしくて、セレーナは顔に熱を浴びるのが分かる。
 後から抱きしめているフィクスも、そんなセレーナの変化に気付いたようで──。

「耳まで真っ赤にして、可愛いね」
「き、気の所為です」

 フィクスは楽しげに「嘘つき」と言って、くつくつと喉を震わせた。

(恥ずかしい……。しかし、なんにせよフィクス様が先程のことに対してショックを受けていないようなら良かった)

 陰口を言われるのなんて初めてじゃない、という発言には少し胸が痛む。
 けれど、過去の話を掘り起こすのはあまり良くないかと、セレーナはわざわざその話題に触れることはなかった。

「それにしても、セレーナは俺のことをちゃんと見ててくれてるんだね」

 笑い終えたと思ったら、フィクスはおもむろにそう囁いた。
 どこか意地悪さを含むフィクスの声に、セレーナの声は僅かに小さくなった。

「……同じ騎士として、当然のことです」
「それに婚約者だしね?」
「そ、それは……そうです、が……」

『仮初』であることは分かっているのに、そんなふうに言われると胸が疼いてしまう。

 そして、セレーナがたじろいだ、次の瞬間だった。

「セレーナは、あの頃と変わらないね。正義感が強くて、優しくて……。そんなセレーナを、俺は──」
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