23 / 43
23
しおりを挟む◇◇◇
──同時刻。
広大な敷地面積を持つ王城の敷地内には、王やその家族が暮らす宮殿の他にも、家臣たちが暮らす宮殿や、騎士たちが訓練する騎士団棟など、多くの建物が存在する。
その中には貴族の重罪人を収容する牢屋もあり、騎士団棟の地下に作られている。
罪人たちが自殺したり、脱獄したりするのを阻止するのを、騎士たちが見張るためだ。
「なんで僕が……っ」
頑丈な鉄格子に囲まれた地下牢は、大人が三人が寝転べる程度の大きさしかない。
そこを照らすのは、鉄格子の外側にあるオイルランプ。
そこに収容されている皆の手首には痣がある。
鎖で繋がれた鉄製の手枷をどうにか引き千切ろうとした結果だった。もちろん、手枷を破壊できた者なんていないのだが。
「……何故僕がこんなまずい飯を……っ」
そう嘆いたのは、デビット・ウェリンドット。
牢屋内の端に置かれた古びたテーブルの上に置かれた食事を見て、彼は苛立ちを露わにした。
トレーの上には、サイコロ状に切られた野菜が入った、冷めたコンソメスープに、うっすらと香辛料がかけられた白身の魚のソテー。拳ほどの大きさの固いパンが二つ。
全て平らげれば、それなりに腹にはたまるし、栄養もそこそこ取れる。平民たちの食事とそれほどに変わらない量と質であった。
しかし、生まれてからずっと侯爵家で生活してきたデビットには、こんな食事は耐えられなかった。
「温かなスープが飲みたい……油の乗ったステーキが食いたい……柔らかなパンが食べたい……。そうだ、酒も、酒も飲みたい……!」
それから、潰したパンのような硬いベットではなく、ふかふかの温かなベッドで眠りたい。
最低限の寒さから身を守るための安い衣服ではなく、肌心地の良いシルクの服を着たい。
一日一回、身体を清めるために濡れた布で身体を吹くのではなく、温かなお湯に浸かり、使用人たちに体や髪の毛を洗ってもらいたい。
「もう、嫌だ……。こんな生活……」
この場所に収容されてから約三週間、デビットは独りでに不満を漏らす日々だった。
頼みの父はもう少しで死刑になるようで、ここではない別の収容所に居るようだ。最期の時まで側に居たいという母の嘆願は叶えられ、母も父と同じ収容所に居る。
物理的に離れた距離に居る両親には、助けを求めることさえもできない。
「どうして僕がこんな目に……。僕はただ、父上の命に従っただけなのに……! あの女の、セレーナの婚約者になっただけじゃないか……!」
確かに、父がキャロルの暗殺を企てていたことは知っていた。
暗殺の邪魔をしたのがセレーナであることもだ。セレーナを令嬢として、人として傷付けるために、彼女の婚約者になったことも事実。
(だが、そんなことで……!? 僕は一生、こんなところで暮らすのか……!? 嫌だ、嫌だ……!)
家に帰りたい。ここから出たい。それに、なにより──。
「キャロル様……っ、会いたい……!」
キャロルと会えなくなってから、彼女のことを思い出さない日はなかった。
くりっとした美しい青い瞳に、ふわふわとした艷やかな金色の髪の毛、ぷっくりとした唇に、まるで鈴がなるような可憐な声。
触れた手の温度も、微笑みかけてくれる笑顔も。
その全てを、今でも鮮明に覚えている。あの時間が、偽りな訳がない。
(キャロル様は僕の運命の相手なんだ……! 彼女だって本当は僕と同じように思ってくれているはず)
セレーナに婚約破棄を宣言した日、キャロルから聞かされた言葉の数々に、当時のデビットは大きなショックを受けた。
相思相愛だと思っていたキャロルに騙されており、あまつさえ嫌いと言わんばかりの言葉を浴びせられたのだ。それは当然のことであった。
けれど、キャロルを嫌いになることはなかった。
どころか、辛い生活を送る最中、脳裏に駆け巡るキャロルとの記憶は、デビットの唯一の心の支えだった。
(そうだ! 分かったぞ! キャロル様はきっと、セレーナと第三王子に脅されて、僕のことを騙したんだ! そうだ、きっとそうなんだ……!)
そう考えれば、キャロルのあの酷い言葉も、冷たい態度も合点がいく。
(可哀想なキャロル様……。本当は僕のことが大好きなはずなのに、あんな嘘をついて……。それもこれも、全てはセレーナと第三王子のせいだ。あの二人のせいで、僕たちは引き裂かれてしまった)
デビットにはふつふつと怒りが湧いてくる。
その対象は、元婚約者のセレーナと第三王子のフィクス。
(絶対に二人は許さない……。どうにかしてここから出て、二人に復讐してやる……。そして、キャロル様を迎えに行ってさしあげるんだ)
瞳に憎悪の色を浮かべたデビットは、フォークを手に取り、魚のソテーにぐさりと突き刺した。
17
お気に入りに追加
920
あなたにおすすめの小説
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる