16 / 43
16
しおりを挟むフィクスがクロードとその約束を交わしたのは、騎士学園に在学中のとある日のこと。
あることをきっかけに、セレーナのことが気になり、彼女に恋をしたフィクスが、友人であるクロードにこう尋ねたことがきっかけだった。
『ねぇ、クロード。セレーナ嬢に婚約者って居るの?』
たったそれだけのことだったのだけれど、妹溺愛センサーが発動したクロードは、フィクスがセレーナに対して好感を持っていることに気付いたらしい。
クロードは徐々に表情を歪めると、フィクスに詰め寄った。
『王子であるお前に告白されたら、妹は断れないじゃないか! 俺は……セレーナには、本当に好いた男と一緒になってほしいと思っている! だから、セレーナがお前を好きになるまで、フィクス──お前は好きだと告げるな! 約束しろ!!』
クロードは一方的にそんな約束を口にした。
けれど、激しい口調とは裏腹に、妹の幸せを願う兄の思いが込められている。
フィクスはそのことを理解すると、自分の好きという気持ちと、セレーナが幸せになることを一旦切り離して、考えることにした。
(……確かに、王族の俺に縁談の話を持ちかけられたら、セレーナの立場じゃあ、どうやっても断れない。その上、好きでもない俺に思いを伝えられたら、セレーナの性格上、俺を好きになれないことに自責の念を抱くことになるかもしれないのか……)
婚約すれば、結婚すれば、傍に居れば、いつか気持ちは通じ合えるかもしれない。
けれどそれは、単に希望を含めた考え方であって、どうやったって恋愛的に好きになれない相手は存在するものだから──。
『分かったよ、クロード。約束は守る』
きっかけはクロードの言葉だったけれど、フィクスは自分で考えて、セレーナに好きになってもらえない限り、自分からは思いを伝えない道を選んだ。
まさかその日を境に、学園に行く日はクロードがずっと傍に居て、セレーナに一切話しかけられないようにあの手この手で邪魔をしてくるとは思わなかったのだけれど。
「……せめてアプローチくらいさせてほしかったんだけど、妹を大好き過ぎるのも困ったものだね」
「ん? なにか言ったか?」
「……マスコットたちがとても可愛いねと言ったんだよ」
適当に誤魔化したものの、どうやらうまくいったらしい。
クロードは満面の笑みを浮かべてネズミのマスコットを手に取り、「こっちが豊穣祭の冠を被ったちゅーりんで……」など、聞いてもいないのに説明を始めた。
「はいはい。こっちがちゅーりんで、こっちがらびたんね。分かった分かった」
セレーナとフィクスの仮初婚約についての疑問が解消したからなのか、フィクスが約束を守っているからなのか。
それからも楽しそうにマスコットについて語っていたクロードだったが、フィクスが「そろそろセレーナたちのところに行こう」と話すと、彼はぴたりと動きを止めた。
そして、クロードはマスコットたちを丁寧にテーブルに置いてから、フィクスに対して深く頭を下げたのだった。
「言うのが遅くなったが──ウェリンドット侯爵の件は、既に両親から聞き及んでいる。セレーナを助けてくれて、ありがとう。……助かった」
「……なに、急に。当然でしょ」
「……っ、だ、だが! 約束は守れよ! 仮初の婚約者であることはセレーナが言い出したのだから仕方がないが……」
語尾が小さくなるクロードを見て、フィクスはふっと笑みを溢した。
「分かってる。……仮初とはいえ、セレーナの婚約者になれたんだ。わざわざ彼女を悩ませるようなことはしないよ。それに……」
フィクスはゆっくりと立ち上がると、部屋の出口へ向かって歩いていく。
扉の前に着くと、セレーナを頭に思い浮かべて、フィクスはくるりと振り返った。
「ようやく分かったことがある。……彼女を好きになって、もう六年。俺はわりと、長期戦が得意みたいだから」
これ以上ないほどに優しい蒼眼が、セレーナと同じ琥珀色の瞳のクロードを射抜いた。
「え……。どういうこと……?」
と、同時に、クロードの部屋の前でセレーナが黒目をキョロキョロとさせて、困惑の表情を浮かべているなんて──。
この時のフィクスには、知る由もなかった。
29
お気に入りに追加
913
あなたにおすすめの小説
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる