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第一章『無自覚な天才』

第四話『骨董品店の店主』

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話し合いが終わり、柿沼さんと一緒に店の戸締りをしてから骨董品店に顔を出すと、それ自体がアンティーク調のショーケースになっているカウンターの内側で、深い胡桃色した革張りの椅子に腰掛けて読書をしていた倉敷さんと目が合った。


煌びやかなアンティークシルバーや骨董的価値が実際高いのであろう食器などが整然と並べられている店内は、そこだけ時が止まってしまっているような独特の雰囲気がある。柿沼さんの判例を受け、おっかなびっくり入店をし終えると、年代物の柱時計がぼぉん、ぼぉん、と丁度良く正午を告げた。


そういえば、まだお昼ご飯を食べていない。倉敷さんとの話が終わったら、帰り道にある商店街で簡単に済ませてもいいかもしれないなと思いながら、何処にも何にも身体をぶつけない様に、倉敷さんの待つカウンターの前に向かって恐る恐る進んだ。


そういえば、この人のこと自体は話題に上るものの、まだ本人を相手どった自己紹介をきちんとしていない。こちらに微笑みかけてきた倉敷さんに向けて改めて挨拶と自己紹介をしてから、俺は、柿沼さんから自分と話がしてみたいと伺ったので来店したとの旨を倉敷さんに伝えた。


すると倉敷さんは、あぁやっぱり君が、と納得したようにしみじみと口にしてから、読んでいた本を閉じて、興味津々といった視線をこちらに向けた。


「噂は予々聞いているよ。君の作品も写真で見せて貰った。基本的には関わりはないのだけど、俺も一応、今回の件の出資者でもあるからね。君があの木をどう扱うのか凄く興味があって、一度話してみたかったんだ。しかし、こんなに若くて面構えの良い美丈夫だとは思わなかったよ。どうやら天は、君に二物も三物も与えたもうたようだね」


手放しに、しかし確実に上から目線の褒め言葉を殆ど面識の無い人から掛けられて、どんな反応を示したら良いのか分からず、俺は戸惑った。一応の返しとして、ありがとうございます、とか細い声で何とか絞り出すと、それを好意的に受け止めてくれたのか何なのか、倉敷さんはガラスを掌で擦ったような独特な響きの笑い声を上げてから、満足そうに頷いた。


「あの山桜はね、この敷地にある建物よりも先にこの土地にあって、先祖代々、大切に受け継がれてきた木なんだよ。本来なら正当な引き継ぎ手は本家の長女である俺の叔母だったのだけど、生憎と子宝に恵まれなくてね。妹の子供、つまり甥っ子である俺にお鉢が回ってきたというわけさ。俺の代でこんな目に遭わせてしまうのは本当に残念な事なのだけれど、柿沼君が見せてくれた君の作品を見て、君ならば任せてもいいと、そう思えた。だから自分自身が今回の件の出資者の一人になる事についても、なんの迷いも感じなかった。君は将来、きっと名のある名工になることだろう。俺はね、君のその第一歩を手助け出来ること自体にも、胸が躍っているんだよ」


俺はその、駆け出しの自分には過分すぎる言葉を、きちんとした形のまま胸に送り届けることが出来なかった。その原因には、恐らく俺が生来持ち合わせている卑屈さもあったのだろうけど、あまりにも過大な期待を掛けられてしまった事で怖気付いてしまったという、精神的な脆弱さも理由としてあったのだと思う。だから、俺は反射的に、謙遜とはまた似て非なる反応を示してしまった。


「そんな……お気持ちは本当に有り難いんですが、その、俺をあんまり買いかぶらないで下さい。俺なんて、掃いて捨てるほどいる木工家の端くれでしかありませんよ。柿沼さんや倉敷さんみたいな方のお眼鏡に叶ったのは、本当に奇跡みたいな出来事で。もっと、沢山の木工家に触れてみれば、俺がどれだけありふれた存在か、分かる日が来ると思います」

「おや、君は自分の腕に自信がないのかい?」

「と、いうよりも。何を持ってして、そこまで俺を買ってくれているのかが、分からないというか」


俺がぼそぼそとそう口にすると、倉敷さんは顎に手をやり、ふむ、と唸った。普通の人間であれば芝居がかった様な仕草にしか見えないが、彼に掛かれば舞台俳優のそれの様に俺の目に映った。


「成る程。つまり、柿沼君や俺が、今回君を抜擢した直接の理由が何なのか、君自身が分かっていないということかな?」

「そう……ですね。一体、俺の作品のどの部分を見て、俺にそこまでの過大な期待を掛けてくれたのかが、分からないんです。だから、あの山桜から、どんな作品を生み出したらいいのかも判然としなくて。イメージは湧くんですが、事実求められている作品と齟齬が生じてしまったら元も子もありませんから」

「柿沼君は、なんて?」

「貴方の思い描いた通りの作品を生み出してくれたら、それでいい、と。だから、俺、余計に分からなくなってしまって」

「何が分からないんだい?」


まるで、病院にかかる患者と医師や、カウンセラーと相談者の会話のような遣り取りになってしまった事に、しかし、不思議と違和感は感じなかった。倉敷さんが俺より幾分か年上という事もあるのかもしれないが、この人は相手の心の内を曝け出す事に長けた人物なのかもしれない。だから、俺の口は思っていたよりも数段滑らかに動いた。


「俺はいつも、素材である木材が目の前にあったら、それがどんな粗悪な状態であろうとも、きちんと手入れの行き届いた極上の代物であろうとも、『その子』が一体どんな姿になりたいのか、どんな姿に生まれ変わりたいのか『その子』自身と話し合ってから、制作に取り掛かります。そして、これからも使い手である人間と共に生きて行けるように、想像力を働かせて、手を加えるのではなく、手助けをしていくんです。そんな作り方しか出来ないから、自分自身が思い描いた作品を作った事は、ただの一度も無いんです。だから、柿沼さんの期待に応えるだけの作品を生み出せるか、不安で」


言葉に出来なかった、否、自分自身でも気が付かなかった自分の心の中にある澱の様な不安を曝け出すと、倉敷さんは、再び微かに唸ってから、暫く考え込むような素振りをした。


「目の前に、ベッドの上にしどけなく横たわった女性がいるとして。どんな風に一夜を共にしようかと考える男は、ごまんといるだろう。けれど、その女性がいま何故自分の目の前にいるのか、そして、何故自分に身体を開いてくれるに至ったのか、自分にいま一体何を求めているのか、彼女の背景を知り、彼女の本当に求める一夜を過ごす事にこそ徹底しようとする男はそういない。俺達はね、あの木をただの木材としてではなく、一人のレディのように扱ってくれる君のような男を、ずっと待っていたんだよ」


作品を生み出す工程を夜に例えられた事が無かったから、俺の胸は少しだけどきりとした。けれど倉敷さんは、そんな俺の胸中など構わず、表情をぴくりとも変えずに、すらすらと話を展開していった。


「君ならば、きっと一片たりとも『あの子』を無駄にはしないだろう。あの場所を去ったとしても、あの店で生き続ける存在に間違いなく昇華させる事が出来る。期待しているよ、小日向君」


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