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第一話 馬鈴薯と林檎
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寒いのが、いけない。冬は。
イベントがどうとか、恋人がどうとか、家族がなんだとか、幼い頃に両親が離婚し、自由を手にしたかった母に施設に放り込まれ、それ以降、天涯孤独の身を貫いてきた俺にとっては関係の無い話だから。冬は、寒くなければそれで問題は無い、という季節であり続けてきたし、これからも、その見解に変わりは無いのだと思う。
「すみません、ボルシチって、作り方分かります?」
パッケージングされている真っ赤な液体の袋を開封し、鍋に入れてそれを温め、紙コップ状の容器に入れて蓋をして提供しているだけの店員に、その料理の作り方を尋ねてくるだなんて。俺より年上に見えるのに、この人、なかなかに世間知らずだな、と思いつつも、否定を示す為に首を横に振る。すると、近々に迫ったクリスマスに向けて即席で纏まったと思わしきカップルの女の方が、やたらと残念そうに唇を尖らせて、男に向けて抗議した。
「えー、作り方とか知ってどうするの?私に作れって事?」
「ん?いや、クリスマスにさ、ダチに会う約束してるから、折角だしそれっぽい料理作ってやろうかと思って」
「はぁ?何それ。私は?」
「あれ、もしかして食いたかった?」
空いた口が塞がらない、と言わんばかりに呆気に取られた様子で固まっている女に、さも不思議そうに返す男は、よく見なくてもTVや映画の世界から抜け出てきたみたいに顔が良くて。背後に金粉やら、ラメ入りのスパンコールでも撒いたのか、と大真面目に考えてしまうほどのキラキラしたオーラを纏っていた。いる所にはいるんだな、と思いながら、あぁ、だから即席感が否めないカップルだったんだな、と思い至る。この女は、確かにスタイルは良いけれど厚化粧が男の俺にも見て取れるし、目の前にいる天然素材そのままで、何処に出しても勝負出来る男の隣に立つにしては、あまりにもそぐわないからだ。クリスマスに向けて良い位置に着いたなと、この男の周りに蔓延っているだろう有象無象の女達に向けて、内心、勝ち誇った笑みを浮かべていたと見えるが、その算段は今の会話を持ってして崩されてしまったと見受けられる。南無三。
「でもなぁ、俺、料理下手だし。キッチンに立つだけで心配掛けちゃうから、やっぱり買った方がいいかな。チキンだろ、あとコレと……ねぇ、おにーさん家は、クリスマスに、あと何食べます?」
呆然と立ち竦む女を置いて、初対面の俺に二回目の質問をしてくる男に、どこまでもマイペースで羨ましいな、と少しだけ感じたけれど。鈍感さは武器になる、というのは顔が良い奴に限った話だというのもセットで理解してしまったので、世の中、不公平が過ぎるだろ、と軽く溜息を吐きたい気分だった。
「……ポテトサラダ」
「あ、盲点」
あれ、林檎入ってる奴、苦手だったな。施設で、イベントがあると絶対に食席に並んだ。あまり良い思い出は無いけれど、今思えば、果物は高いから、あれでいてご馳走の類いだったのかも知れない。だったら、わざわざ林檎なんて入れずに、主役感のあるケーキの方にもっと予算を割いて欲しかった。安っぽいバタークリームケーキじゃなくて、生クリームの方が良かった。でもまぁ、苺はジャムでいい。そこまで望んじゃいないから。
惨めには思わない。だけど、不本意には思っていた。だから、早く施設を出て独立したいとばかり考えていた。
今日は、だから林檎の入っていないポテトサラダを、買って帰ろう。見切り品の、何%かオフになってるやつでいいから。そして、発泡酒で一気に胃袋に流し込んでやるんだ。
ケーキだって、今なら苺が乗ったショートケーキが買える。だけど、酒のつまみにはならないし、結局、買うのは無しにするだろう。
憧れは、手に入るとその途端、輝きを失う。だから、俺はこれから先もずっと、クリスマスに苺の乗ったケーキなんて買わないし、恋人だって作らない。
林檎は、そのまま齧った方が美味いのに、と思える、不本意な俺のままでいたい。
寒いのが、いけない。冬は。
イベントがどうとか、恋人がどうとか、家族がなんだとか、幼い頃に両親が離婚し、自由を手にしたかった母に施設に放り込まれ、それ以降、天涯孤独の身を貫いてきた俺にとっては関係の無い話だから。冬は、寒くなければそれで問題は無い、という季節であり続けてきたし、これからも、その見解に変わりは無いのだと思う。
「すみません、ボルシチって、作り方分かります?」
パッケージングされている真っ赤な液体の袋を開封し、鍋に入れてそれを温め、紙コップ状の容器に入れて蓋をして提供しているだけの店員に、その料理の作り方を尋ねてくるだなんて。俺より年上に見えるのに、この人、なかなかに世間知らずだな、と思いつつも、否定を示す為に首を横に振る。すると、近々に迫ったクリスマスに向けて即席で纏まったと思わしきカップルの女の方が、やたらと残念そうに唇を尖らせて、男に向けて抗議した。
「えー、作り方とか知ってどうするの?私に作れって事?」
「ん?いや、クリスマスにさ、ダチに会う約束してるから、折角だしそれっぽい料理作ってやろうかと思って」
「はぁ?何それ。私は?」
「あれ、もしかして食いたかった?」
空いた口が塞がらない、と言わんばかりに呆気に取られた様子で固まっている女に、さも不思議そうに返す男は、よく見なくてもTVや映画の世界から抜け出てきたみたいに顔が良くて。背後に金粉やら、ラメ入りのスパンコールでも撒いたのか、と大真面目に考えてしまうほどのキラキラしたオーラを纏っていた。いる所にはいるんだな、と思いながら、あぁ、だから即席感が否めないカップルだったんだな、と思い至る。この女は、確かにスタイルは良いけれど厚化粧が男の俺にも見て取れるし、目の前にいる天然素材そのままで、何処に出しても勝負出来る男の隣に立つにしては、あまりにもそぐわないからだ。クリスマスに向けて良い位置に着いたなと、この男の周りに蔓延っているだろう有象無象の女達に向けて、内心、勝ち誇った笑みを浮かべていたと見えるが、その算段は今の会話を持ってして崩されてしまったと見受けられる。南無三。
「でもなぁ、俺、料理下手だし。キッチンに立つだけで心配掛けちゃうから、やっぱり買った方がいいかな。チキンだろ、あとコレと……ねぇ、おにーさん家は、クリスマスに、あと何食べます?」
呆然と立ち竦む女を置いて、初対面の俺に二回目の質問をしてくる男に、どこまでもマイペースで羨ましいな、と少しだけ感じたけれど。鈍感さは武器になる、というのは顔が良い奴に限った話だというのもセットで理解してしまったので、世の中、不公平が過ぎるだろ、と軽く溜息を吐きたい気分だった。
「……ポテトサラダ」
「あ、盲点」
あれ、林檎入ってる奴、苦手だったな。施設で、イベントがあると絶対に食席に並んだ。あまり良い思い出は無いけれど、今思えば、果物は高いから、あれでいてご馳走の類いだったのかも知れない。だったら、わざわざ林檎なんて入れずに、主役感のあるケーキの方にもっと予算を割いて欲しかった。安っぽいバタークリームケーキじゃなくて、生クリームの方が良かった。でもまぁ、苺はジャムでいい。そこまで望んじゃいないから。
惨めには思わない。だけど、不本意には思っていた。だから、早く施設を出て独立したいとばかり考えていた。
今日は、だから林檎の入っていないポテトサラダを、買って帰ろう。見切り品の、何%かオフになってるやつでいいから。そして、発泡酒で一気に胃袋に流し込んでやるんだ。
ケーキだって、今なら苺が乗ったショートケーキが買える。だけど、酒のつまみにはならないし、結局、買うのは無しにするだろう。
憧れは、手に入るとその途端、輝きを失う。だから、俺はこれから先もずっと、クリスマスに苺の乗ったケーキなんて買わないし、恋人だって作らない。
林檎は、そのまま齧った方が美味いのに、と思える、不本意な俺のままでいたい。
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