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第13.55話 部下Sは見た
しおりを挟む「この子、俺の大事な子。誰にも言わないでね」
兄さんの、大事な子。
あの、人間と虫の区別が本気でついてないんやないかなって感じの兄さんの大事な子。
俺は食い入るようにして液晶を見つめた。
不思議な色をした瞳が印象的な、なんというか、アンニュイな雰囲気漂う青年だった。なるほど、こういう放っとけない感じの子がタイプなのか。
……ん?
バカだ、脳筋だ、駄犬だ。そう普段散々言われているくせに、こういう時に限って頭が回る自分が憎い。やっぱアホなんかな、俺。
スマホからイヤホンに一瞬視線が移ったのを、兄さんは見逃してくれなかったらしい。
俺の考えを肯定するように、完璧な形の目を柔らかく細め、俺のことをじっと見つめたままイヤホンを耳に付け直す。途中、フンフンと、この場に似合わない調子外れの鼻歌と呑気なシャワーの音が聞こえた。
……なあ、つまり今聞こえてきた声、兄さんの"大事な子"、写真のこの子の声ってことやんな? と、盗聴? 盗聴して行動監視してしまうくらい大事な子ってことなん?
……やばい。これ、絶対やばいやつや。
普段、人間になんてさらさら興味のない兄さんの、見たことのない執着心に顔が引き攣る。
死ぬまで忘れんように、と大事な子の顔を凝視していると、兄さんの細く美しい指先が俺の視線を誘導するみたいに写真の上でツツツと横に動いた。指は"大事な子"に馴れ馴れしく肩を組むニヤけ顔のオッサンの上でピタと、止まる。そして形の良い爪がそいつの顔をギギギ……と音を立てて引っ掻いた。
………ひぇ。情けない声を出さんかったことを、誰か褒めてほしい。
「これ、俺の大事な子に手出そうとしたクソ虫」
……ああ、ご愁傷様。
たった今、地獄行きが決定した男に祈りをささげる。
兄さんに大事な子がいたことにも驚いたが、まさかその子に手を出すアホがいるとは。
「今日中」
スマホをポケットにしまい歩き始めた兄さんの後を追いながら、俺は密かにほっと息をついた。
……いや、助かった。兄さんの大事な子のことちゃんと教えてもらえて。
実はあなた今まで、とんでもない地雷が埋まった街を呑気に散歩してたんですよ、と後から聞かされたような気分だ。ホッとしたけど、心臓に悪すぎる。
街でウッカリ出くわして失礼を働いたりせんで本当によかった。
「……了解しました」
分からんかったやつがおるかもしれんから一応。「今日中」とはつまり、あの男……失礼、クソ虫に今日中にお仕置きをしてこいという意味である。もちろん俺にノーと言う権利はない。断る理由もないしな。
ふんふんふんと、ついさっきイヤホンから漏れていた鼻歌をとびきり上手にした音が、兄さんの口からご機嫌に溢れた。
さっき歌ってたの、ウイスキーのCMのやつやったんやな。下手すぎてわからんかったわ。兄さんはなんで分かったんやろ。
兄さんが畳の上に転がっている男の腹を駐車場の止め石を踏む時とさして変わらないテンションでガッと踏みつけて、廊下に出ていく。
お相手さんはきっと大変だろう。
ポケットからタバコを取り出して、口に咥える兄さんを見てふとそう思った。
兄さん好きなものは少ないけど、いざ好きになるとタバコの銘柄も、好きなお茶のメーカーも、お気に入りのレストランで頼むメニューも、この数年ずーーっと変わらんような人やもん。
溺愛しすぎて「重い」とか言われたりせんやろか。大丈夫かな。
興味はあるけど、なにが兄さんの癇に触るか分からん。触らぬ神に祟りなし。俺にあの子のことを話した意図は分からんけど、ひとまずあの綺麗な兄ちゃんには近づかんに限るな。
―――そう思っていた時期が、俺にもありました。
俺は今、かつて写真の中で、そしてつい最近古びたアパートで見た例の兄ちゃんに深々頭を下げていた。
路地の向こうでこちらの様子に気づいた一般人たちが、やばいものを見てしまったって顔をして、足早に通り過ぎていく。そやな。わかるで。
すらっとした綺麗な男の子相手に、頭を下げるツヤツヤスーツの男と、芋虫みたいに足元に這いずり土下座をするチンピラ。
こんなん俺でも関わりたくないもん。
ダメな部下は持つもんじゃないわ。ほんとに。
「……た、たすけてください」
「おいこら何汚い手で触っとんねん。ふざけんなよ」
イケメンくんの足に縋りつこうとするチンピラを慌てて蹴り飛ばした。ほんと、ふざけんなよ。お前の軽率な行動で俺の首が物理的に飛びかねんのじゃ、ボケ。ほんと、ほんとに………、なんでこんなバカな部下を持ってしまったん俺。
横に立っているイケメンくんが怖がっていないかチラリと横目で伺った。ちょっと前例がなさすぎて分からんけど、兄さんのあの様子やと怖がらせるのもアウトな可能性が高い。
「……え、いや、自分を犯そうとしてたやつ助けるわけないじゃん」
眉間にシワを寄せたイケメンくんがそんなことを言うので、チラ見で済ませるつもりがついついあっけに取られてその横顔を凝視してしまった。
いや、それはそうなんやけどな。ほら、今殺されるかも分からんって状況やし。誰だってなりふり構ってられんやろ? 一番まともっぽいイケメンくんに助けを求めたくなったんやないの?とかチンピラどもの代弁をしたくなる。
「助け求める相手違くないですか」
いや、全くその通りなんやけども。
「……お兄さん、現代文とか苦手なタイプっすか」
「……え、すご、なんで分かったんですか」
感情がどシンプルすぎて人間ってより動物なんよ。人間の複雑な機微とか理解できん人やろ。
「お兄さんに似てる人を知ってるんで」
「……え、あの、ストーカーさんの部下の人ですよね」
あっけに取られた次は、恐怖に打ち震える。
嘘やろ。兄さんのことストーカーさんなんて呼んでるん、この人。恐れ知らずにも程があるやろ。いや、確かにストーカーまがいのことしてたけど。
途端に目の前のキレーな兄ちゃんがとびきり怖い人に見えてきた。そもそも今結構な状況やと思ったんやけど、何この落ち着き方。この人本当に一般人?
「……え、それともお兄さんも俺のストーカーだったりするんですか?」
「違います」
そっか。と呟く目の前の顔を見上げながら、俺は怯えつつ、首を捻った。
あれ、俺、この人にそっくりな顔の人、昔見た気がする。
……え。まじで誰やったっけ?
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