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◇ 攻略本記載なし 王の寝室を警備する騎士イーサンが見た噂のお二人について①

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我らがシド国王が噂の恩人様をとうとう見つけてお城に連れ戻ったという噂が立ち始めてから早一年と少し。
イーサンは騎士団では未だ新人でありながら、大変無口で真面目な性格をしていることを買われ、シド国王の寝室の警備を任せられていた。
大変誉高いことであると思っている。
しかし、そんなイーサンにはここ最近、誰にも言えない悩みがいくつかあった。

「ねえねえ、イーサンって国王様の護衛をしてるって本当??」

まずこれだ。王城でも王都でも、イーサンを少しでも知っている者がイーサンを見つけると、まず一番に必ずと言っていいほど投げかけてくるセリフ。
次点でこれ。

「なあ、恩人様ってどんな方? すごい美人だって聞いたけど本当に美人?? 十年近く前にもミナト様を王都で見たことがある人がちっとも見た目が変わってなかったって言ってたんだけど、実は人間の姿を取った他の生き物だったりする? ほら、よくそういう話聞くだろ。ミステリアスだよな……で、どうなの?」

「……」

あとはこれ。

「ねえ、シド様ってとっても素敵よね。喋ったことある? どんな声をしてらっしゃるの? きっと素敵なんでしょうね。剣も魔法も負けなしって聞いたけど、あんなにお美しい方なのに本当にそんなに強いの??」

「……」

そして、ここ最近最も群を抜いてよく言われるようになった言葉が……。

「ねえ、シド様とミナト様って結局のところどうなったの??」

「……」

これである。

「シド様がミナト様が初恋相手で、ずっと片思いをしてるって噂本当??」

「……」

「ミナト様がシド様を振ったって話も聞いたよ俺は。シド様のことは大好きだけど、シド様がまだ少年の頃から一緒にいたから恋愛対象として見れないって」

「……」

「あれ。ミナト様ってシド様より年上なんだっけ?? 俺、お二人とも街で見たことがあるけど、二人ともちょうど同じ歳くらいに見えたけどなあ」

「……」


「あら、そりゃあミナト様は常識的な方でしょうから、どんな美少年でも子供相手に恋愛感情なんて抱かないかもしれないけど。あんな美男子に想いを寄せられていつまでもそんなこと言ってられるとは思えないわ」

「……」

そして彼らにそんな風に騒がれた時、イーサンの言うことは決まっている。

「……業務上の守秘義務がありますので」

「「「「ええ~~~!!!!」」」」

周囲から上がる、ここ最近で随分聞き慣れたブーイングの声を聞きながら、イーサンは少しも動じず、ポーカーフェイスを保ったままグビ……とビールを煽った。

……まさか、言えるはずがない。

イーサンは石仮面のような顔をして、内心で思っていた。
つまらなそうにイーサンの周囲からドヨドヨ離れていく群衆は、まさかその石仮面の下で彼がドキドキと胸を高鳴らせていたことには気がつけなかったようだ。

――まさか、言えるはずもない。

イーサンは再びそう思い、ビールをグビッと煽った。短く切り揃えられた髪から、チラリと覗く耳の縁が赤いのはアルコールのせいだけではない。
業務上の守秘義務ももちろんだが、シド様とミナト様が"どう"なっているのか言えない理由が、無口で真面目な青年、イーサンにはあるのだ。





イーサンが初めてシド様の寝室の警備についたのは、今から二年ほど前のことだった。
イーサンの担当は、とっぷりと日が沈んでまた日が昇るまで。つまりは夜間の警備だ。
当時、シド様は大変危険の多い身であらせられたため、イーサンは腕の立つ先輩と共に二人でシド様の寝室の警備にあたっていた。

バッシュ様の後輩で、シド様が王城にいらっしゃる前からお支えしているというその先輩に言いつけられたことは主に二つ。
まず一つ目は、大変気配に聡いシド様の眠りを妨げないため、勤務中はけっして言葉を発するなということ。
雑談などもってのほか。日が沈んでから登るまで、警備にあたっている間、シド様を守護する石像になれという指示だった。

そしてもう一つ。ここで見聞きしたことは決して誰にも他言するなと言うこと。
今王城にいる使用人たちはとても優秀でシド様の不利益になるような情報を外に漏らすようなことはないだろうが、それでもどうしたって噂話が好きな性格をしている者が多い。
執務室にはシド様に信頼されている部下の方が何人も来るが、この寝室はシド様ととりわけ親しい方たちがほんの数名時々いらっしゃるだけの大変私的な場所だ。
ここでシド様はお仕事をなされないし、気を抜いておられる。
だからこそ、ここの警備を任せられるものはまず腕よりも人柄を優先される。
お前がここに任命されたのはシド様とバッシュ様がお前を信頼してくださってのことだ。
何があっても決してその信頼を裏切らないように。



そんな教えの後、初めて見たシド様に抱いた第一印象は、人というより高名な芸術家が作った彫刻のような方だな、ということだった。
そんな風に思ったのは作り物のように整った顔立ちと光に透けるような銀色の御髪のせいもあるだろうが、その頃のシド様が大変気を張られていて日々忙しく過ごされていたことが大きかったように思う。
豪奢な王城の廊下をコツコツとあの長い手足で一定の速度を刻みながら歩いてくるシド様を、ひどく緊張しながらイーサンは毎晩出迎えていた。
「お疲れ様でございます」と先輩の騎士が短く投げかける言葉に「ああ」と端的な返事が返ってくる。
そして扉の奥にお姿が消えて、そのあとはパッタリと一切の気配と物音が聞こえなくなる。
イーサンは先輩の教えを守って静かに王の寝屋を警備しながら、ひょっとしたら我らが国王は人間ではなく、昼間にだけ動く大層美しい彫刻なのかもしれない、なんてことを考えていた。
寝台の中であのけぶるように長いまつ毛を閉じ、そっと呼吸に似せた胸の動きを止めて朝までシンと身じろぎもせずに眠るシド様の姿を想像する。
あまりに完璧で人間味のない方だから、ひょっとしたら本当にそうなのかもしれないと思った。

もちろんそんな馬鹿な考えは毎晩遅くに帰ってきては早朝に出かけていくシド様の姿を見ているうちになくなっていったが。
それでもシド様の弱音を吐くような姿や、等身大の姿をチラリとでも見たことはいまだに一度もない。
元より警戒心の強い方なのだろうということはなんとなく分かっているが、寂しいものだなと思わずにいられない。
シド様の寝室を守っている自分が不甲斐ないから、シド様は気を抜いてくださらないのだろうか。
きっとイーサンでは想像もできないほどご多忙で苦の多い日々を送っているはずなのに。
毎晩遅くになって帰ってくるシド様が、弱みを見せることのできる方はおられるのだろうか。

真面目に警備を続けながら、つい内心あれこれや心配をしていたのだが。
今から一年前、そんな状況に大きな変化があった。

『人生で見た中で一番でかい扉なんだけど』

『やたら偉そうだろ』

『シドは毎晩あそこに帰ってんの?』

『そう』

『すご。国王様じゃん。……いや、国王様なんだったな。なんで俺今国王様と並んで王城の廊下歩いてんだろ』

『俺に丸め込まれたから』

『そうだった……。俺、丸め込まれたんだった……。……ねえ、俺王城の中ではシドに敬語を使った方が良い? シド様、って呼んだ方が……』

『敬語も使わなくていいし、様もいらない』

『不敬罪で首を刎ねられたりとか』

『現に誰も文句言ってなかっただろ。皆アンタのことを知ってるから大丈夫だよ』

廊下の奥から聞こえてくる会話の一人が、聞き慣れたシド様の声であるということを理解するのに、何故だかかなりの時間を要した。
二人分の影がこちらに歩いてくる。先導するように歩く引き締まった長身の影は見慣れたシド様の影だ。ではその後ろをやや戸惑いがちに歩く、あのスラリとした影は誰のものだろうか。

『イーサン。彼はいつでも通していい。顔を覚えておいてくれ』

『……俺ここ、いつでも通っていいの?? ……あ、初めまして、ミナトです』

シド様の後ろからヒョコリと年若い青年が顔を出した。
端正な顔の横でサラリと柔らかそうな黒髪が揺れる。向かいに立っているイーサンの影が反射しそうなほど混じり気のない黒曜石色の瞳が愛想よく細められ、形の良い丸い頭がぺこりと下げられた。
イーサンは反射的に「は、かしこまりました、イーサンと申します。よろしくお願いいたします」と敬礼をし、折り目正しい返事をした。
イーサンがいつもの癖で無意識に扉を開けると二人が寝室の中に連れ立って入っていく。

『ひっっっっっっろ……。なんだここ』

『今夜はここで寝てくれ。他の部屋も護衛もまだ用意できてないから』

『……え、ここで?? シドと一緒に寝んの?? 俺??』

『別に初めてじゃないだろ』

『そうだけど前とは状況が……』

『状況ってなんの状況だよ』

『いやいや、近い近い。その良い顔をむやみやたらに近づけるんじゃない』

『……アンタって本当に俺の顔が好きだな』

『顔以外も好きだわ、舐めるなよ……いや違う。そうじゃなくて』

しまった扉の向こうから、ややこもった音で親しげな会話が聞こえてくる。
二人が扉の前から離れていっているのだろう、声はやがて小さくなりほとんど聞こえなくなった。
イーサンは相変わらずピシッと背筋を伸ばし、槍を持って扉に背を向け立っていた。
けれども内心は、今すぐ扉に張り付いて中の会話を聞きたい気持ちでいっぱいだった。
シド様の今までに見たことのない様子にひどく動揺していたのである。
イーサンは頭の中で、ミナト様というあの黒髪の好青年を横目で優しく見下ろすシド様の顔を反芻していた。
最も付き合いの長い相手だというバッシュ様と話しているときだって、あそこまで親しげな様子はなかったのに。
――あの方は誰だ??

『……え、お前知らないの? あの方だよ。シド様の想い人』

『……お、おもいびと?』

やや鈍い質であるイーサンはポカンとした。
そういえば、シド様は自分を助けた恩人を昔から探し続けていると、そんな有名な噂話があったことを思い出しハッと目を見開く。普段、あまり噂などに気を払わないものだからすぐに気が付けなかったのだ。

『なるほど』

そういうことか。お二人の昔馴染みの友人のようなひどく親しげな様子を思い出し、深く頷く。

『……お前ってたまに馬鹿だよな』

まあ、そんな堅物っぷりを買われたんだろうけど。
わかりやすく納得したような顔をするイーサンを見て、同僚が呆れたようにぼやいていた。



――そしてその日からというもの、イーサンは扉の横の静かな置物として、国中の誰よりも最も近い距離で、お二人の日常の中にお邪魔させていただくことになったのである。


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