上 下
61 / 72

◇ 攻略本p20参照 王の従臣バッシュ・ギブソンによる独白②

しおりを挟む



けれど、王都のメインストリートである中央通りを歩くパレードの間に、ミナトが姿を見せなかった。

――おかしい。

パレードを終えたバッシュは、タラリと一筋の冷や汗を垂らすはめになった。

――いや、あの人混みだ。ひょっとしたら見逃したのかもしれない。ひとまずは、王都に騎士を派遣して……。

だがそれから数日経っても、一週間経っても、さらに数週間経っても。
……ミナトに関する情報は、ただの一つも上がってこなかったのである。

戴冠式直後の目がまわるほど忙しい日々の中。シドの傍を離れられない身ながら、バッシュは必死に手を打った。
信頼できる騎士達に王都の隅々まで人探しをさせた。
けれど、それでも見つからないのだ。
影も形も見当たらない。
これは一体、どういうことなのか。
彼のような目立つ人物が見つからないなんてことがあるか?
もしかして、わざわざ遠回りをして王都以外の街に向かっているとか?
いやいや、そんなことをする意味がわからない。
しかし、王都にいるのなら、ここまで情報が上がってこないのはおかしい。
こんなのはまるで、ミナト様と知り合った人々が、彼の意思を尊重して保護して隠しているみたいじゃ……。

「いや、まさか……」

依然、シドには敵が多い。
万が一、彼らが自分たちよりも先にミナトを見つけたら、そんなことになったら……。
バッシュは一筋どころではない冷や汗を垂らしながら、戴冠式後の仕事に追われているシドの横顔を窺った。
脳裏によぎるのは数年前、監視役と再会した時の彼の様子だ。
子供時代のシドを甚振っていたという監視役は、凛々しい青年に成長したシドに虫のように部屋の隅に追い詰められていた。
「ゆるして、ゆるしてください、国王に命令されて私も逆らえなかったんだ……!」と叫ぶソイツを、シドは最初、ひどく冷静な様子で見ていたのだ。
こんなのはさっさと捕らえて、次に行こう。
そう考えているのが分かる冷たい横顔だった。
けれど、やけになった監視係がこんなことを呟いた瞬間、彼の纏う空気がガラリと変わった。
『……はは、お前みたいな奴でも血は赤いんだな。あのバケモノと同じだ』
……ああ、わざわざ自分から苦しい道を選ぶことはないだろうに。
人というのは自身を貶された時より、愛する人を貶された時の方が激しい怒りを抱く物である。
バッシュは悲惨な悲鳴を上げることになった監視役を眺めながら、しみじみそう思った。
監視役は、シドがミナトに抱いている感情を甘く見積り過ぎていたのだ。

――ああ、そうだ。そういえば、あの方……ミナト様にもそんなふしがあった。

バッシュがそっとシドの横顔から視線を逸らしつつ、胸の内で思う。
そうだ。きっと彼はシドを純粋に好くあまり、自分のそのまじりっけのない好意がどんな影響を与えるのかについていまいち考えていないふしがあった。
話に聞く彼の言い分は終始「自分自身がシドを幸せにしたくてやっているんだから、見返りをもらうのがそもそもおかしい。シドが幸せになったのなら、むしろ俺がシドにお礼をあげないといけない」というようなもので。
つまり一人ぼっちで死にかけていた少年が唐突に疑いようもないくらいの愛情を向けられて。その恩人にどんな感情を抱くかについてなんて、まるっきり考えたことがないのである。
ああ、だからこそ、姿を見せないのだ。
きっとあのパレードをどこかから見ていたのだ。
そして満足して「シドに会えないのは寂しいけど、良かったなあ」なんてことを今頃どこかで呟いているのだろう。
まさにあの人が考えそうなことである。

――ああ、ああ、どうしたものか。

バッシュは、シドの心身の安全に関すること以外、どこか呑気で飄々とした態度の青年を思い出し、頭を抱えていた。

そんなこと、彼が許すはずもないのに、と。
シドの一見いつも通りの静かな横顔を見ながら、内心でつぶやく。



そんな時である。
ある騎士の青年がこんな噂を持ってきた。

城下で密かに話題になっている"黒髪の占い師"がいるらしい。

その話を聞いた瞬間、王座からあっという間に立ち上がり、長い脚で足早に王の間を歩き去っていくシドを、バッシュはもう止めなかった。

――ああ、ミナト様。どうしてすぐにシド様に会いにきて差し上げなかったんですか。

剣をガチャガチャと言わせながら主人を追いかける。
この八年で随分見慣れた後ろ姿は、見るからに怒っていた。
静かに、けれどあからさまに怒っているのだ。
シドは怒った時、叫んだり怒鳴ったり、物に当たったりはしない。それどころか、声を出すこともせずにシン……と黙り込む。
そうして、さてどうしてくれようかな、と紅い目をそっぽに向けて、その賢い頭を淡々と巡らせるのである。

きっと今もそうしているのだろう。
八年煮込みに煮込まれた感情すべてを向けられる青年には、最早同情のようなものさえ感じるが。……その感情を一身に受けるであろう青年は、おそらく、というか間違いなく、その全てを受け入れてしまえる程度の愛情を彼に対して抱いている。
……それが恋情かどうかは別として。

――ミナト様には、観念してもらおう。

「馬の準備を」

「……あのっ、自分も王都までご一緒して良いですか」

「ああ、そうだな。お前もミナト様のお顔を知っているんだったな。俺はシド様の抜けた分の対応をしておくから、他の騎士たちとあの方の護衛を頼めるか」

噂を持ってきてくれた部下にバッシュは短く指示を出しながら、王城を出るシドを見送るべく、彼の後ろに付き従った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

推しの兄を助けたら、なぜかヤンデレ執着化しました

群青みどり
恋愛
 伯爵令嬢のメアリーは高熱でうなされている時に前世の記憶を思い出し、好きだった小説のヒロインに転生していると気づく。  しかしその小説は恋愛が主軸ではなく、家族が殺されて闇堕ちし、復讐に燃える推しが主人公のダークファンタジー小説だった。  闇堕ちしない推しと真っ当な恋愛を楽しむため、推しの家族を必ず救うと決意する。  家族殺害の危機を回避するために奮闘する日々を送っていると、推しの兄であるカシスと関わるようになる。  カシスは両親殺害の濡れ衣を着せられ処刑される運命で、何より推しが心から慕う相手。  必ず生きてもらわねば……! と強く願うメアリーはカシスと仲良くなり、さらには協力者となる。 「(推しの闇落ちを防ぐために)カシス様には幸せに生き続けて欲しいのです」  メアリーはカシス相手に勘違い発言を連発する中、ついに推しの家族を守ることに成功する。  ようやく推しとの明るい恋愛を楽しめると思っていたが、何やらカシスの様子がおかしくなり── 「君は弟を手に入れるため、俺に近づいて利用しようとしていたんだね」 「俺に愛されて可哀想に」  これは推しと恋愛するため奮闘していた少女が、気づけば推しの兄の重い愛に囚われてしまったお話。  

婚約していないのに婚約破棄された私のその後

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「アドリエンヌ・カントルーブ伯爵令嬢! 突然ですまないが、婚約を解消していただきたい! 何故なら俺は……男が好きなんだぁああああああ‼」  ルヴェシウス侯爵家のパーティーで、アドリーヌ・カンブリーヴ伯爵令嬢は、突然別人の名前で婚約破棄を宣言され、とんでもないカミングアウトをされた。  勘違いで婚約破棄を宣言してきたのは、ルヴェシウス侯爵家の嫡男フェヴァン。  そのあと、フェヴァンとルヴェシウス侯爵夫妻から丁重に詫びを受けてその日は家に帰ったものの、どうやら、パーティーでの婚約破棄騒動は瞬く間に社交界の噂になってしまったらしい。  一夜明けて、アドリーヌには「男に負けた伯爵令嬢」というとんでもない異名がくっついていた。  頭を抱えるものの、平平凡凡な伯爵家の次女に良縁が来るはずもなく……。  このままだったら嫁かず後家か修道女か、はたまた年の離れた男寡の後妻に収まるのが関の山だろうと諦めていたので、噂が鎮まるまで領地でのんびりと暮らそうかと荷物をまとめていたら、数日後、婚約破棄宣言をしてくれた元凶フェヴァンがやった来た。  そして「結婚してください」とプロポーズ。どうやら彼は、アドリーヌにおかしな噂が経ってしまったことへの責任を感じており、本当の婚約者との婚約破棄がまとまった直後にアドリーヌの元にやって来たらしい。 「わたし、責任と結婚はしません」  アドリーヌはきっぱりと断るも、フェヴァンは諦めてくれなくて……。  

推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)
恋愛
 貧乏伯爵家の長女デシレアは、菓子作りの才能を生かして生計を支えるべく日々奮闘している。  そんな彼女には前世の記憶があり、その前世唯一の幸福と言っていい存在が、前世では物語のいち登場人物であり、この世界では実在する青銀の貴公子と呼ばれるオリヴェル。  この世界。  即ちデシレアの現世である世界で公爵家の嫡男である彼は優秀な魔法師であり、魔王を倒す四英雄のひとり。  そして、物語同様、現実でも魔王を倒したオリヴェル達の凱旋を記念し、想いを込めてデシレアが考案したイラストケーキ。  彼等の姿を如実に現し人気を博したそれがオリヴェルの知るところとなり、自分としては不快だったので契約婚約、契約結婚するよう迫られてしまう。  『推しとは、遠くから見つめて尊ぶもの』が信条のデシレアは悩むが、領地への潤沢な支援、という申し出に喰いついてしまい、契約婚約が成立する。    契約、といいつつデシレアを尊重し大切にするオリヴェルと、時折自分が思ったのと違う方向へ行ってしまい首を傾げつつも、オリヴェルの傍で幸福に暮らすデシレア、ふたりの物語。 小説家になろうにも掲載しています。

神様に愛された少女 ~生贄に捧げられましたが、なぜか溺愛されてます~

朝露ココア
恋愛
村で虐げられていた少女、フレーナ。 両親が疫病を持ち込んだとして、彼女は厳しい差別を受けていた。 村の仕事はすべて押しつけられ、日々の生活はまともに送れず。 友人たちにも裏切られた。 ある日、フレーナに役目が与えられた。 それは神の生贄となること。 神に食われ、苦しい生涯は幕を閉じるかと思われた。 しかし、神は思っていたよりも優しくて。 「いや、だから食わないって」 「今日からこの神殿はお前の家だと思ってくれていい」 「お前が喜んでくれれば十分だ」 なぜか神はフレーナを受け入れ、共に生活することに。 これは一人の少女が神に溺愛されるだけの物語。

神の審判でやり直しさせられています

gacchi
恋愛
エスコートもなく、そばにいてくれないばかりか他の女性と一緒にいる婚約者。一人で帰ろうとしたところで、乱暴目的の令息たちに追い詰められ、エミリアは神の審判から奈落の底に落ちていった。気が付いたら、12歳の婚約の挨拶の日に戻されていた。婚約者を一切かえりみなかった氷の騎士のレイニードの様子が何かおかしい?私のやり直し人生はどうなっちゃうの?番外編は不定期更新

(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。 「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」 私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・ 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。

処理中です...