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13 時間稼ぎをしましょう
しおりを挟む……そうだった。
俺はシドの言葉にハッと背を伸ばし、素早く立ち上がった。
そうだ。アイツらが万が一戻ってくるかもしれないのだ。あれだけ怖がっていたから、まずないだろうけど。怪我の治療が済んだなら急いで作業に取り掛からないと。そう慌てて鉄扉の前に向かう。
そして、さっき持ってきておいたバリケード作成用の道具をガサガサ漁って手に取った。
こんなことをしてはシドが逃げられなくなると一時却下された道具が今になって役に立つとは。
侵入と同時に退路を塞ぐ形になるけど、今雑に逃げて捕まって、ここ以外の場所に閉じ込められるっていうのが一番最悪なルートだ。とりあえず此処で時間を稼ごう。治療中、シドと話し合ってそう決めたのである。
「アイツらスタンガンめちゃくちゃ怖がってたし、きっとすぐ戻ってくるってことはないと思うけど、万が一があったらスタンガンでも工具でも使って逃げてね……」
侵入者を見る目ってよりは人外のバケモノを見る目で俺を見てたし。現にスタンガンを未知の魔法か何かだと勘違いしていたみたいだし。ここは実際に、人外の化け物が存在する世界である。きっとなんの対策も無しに近付きたがる人間はいないはず。
一ヶ月かそこら。しばらくの猶予はあるんじゃないだろうか。ないと困る。あってほしい。
そんなことを考えながらドリルを板に添えると、背後からスタンガンのバチバチという音と共にシドが「……来ないだろ。アイツらきっと王家の恥なんかに神が味方したと思って、大騒ぎしてるぞ」と呟く声がした。
思わず作業の手を止め、振り返る。
――ごめん、なんて? 王家の恥?? シドが??
「クソ国王が全国民の恥の間違いじゃなくて??」
「……本当に口が悪いなアンタ」
「王家の恥」なんていう聞き捨てならない言葉につい反応すれば、スタンガンを見下ろしていたシドが顔をあげ、呆れているようなちょっぴり笑っているような声で呟いた。
彼の声色に思わずハッとして口を覆う。
……え、待って。ごめん。あんなことしちゃった後だからつい色々声に出ちゃってんだけど、もしかしてシド口が悪いやつ嫌い? あ、嫌いじゃない? ほんと? ……じゃあいいや。クソ国王は突然四肢が爆発四散して死にますように。
シドの表情に嘘がないことを確認して、作業に戻る。
俺の個人的な感情を言うと、こんなまどろっこしいことしていないで、今すぐにでも国王の寝室に忍び込み、頭をガツンと殴って気絶させた挙句、王都のど真ん中で磔にしながら、国王のせいで苦労してきた国民たちを招き、ビールなんかを振る舞いながら「本店では、こういう目も当てられねえ罪人はなるべく苦しんで死ぬように弱火でじっくり炙ることにしております。どうぞ最後までごゆっくりお愉しみください。ハハ!」とニコニコで火の付いた松明を後ろ手に放り投げたいところなのだが(もちろんそんな陰惨な光景を可愛いシドには見せられないので、シドは王都の暖炉付きの宿屋のベッドの毛布の中でくるくるに包んでゆっくり寝かせている間に行うものとする)。
……その後のシドへの影響を思うと、残念ながらそれを実行に移すわけにはいかないので。
本当に、本当に残念だけど、ただ俺は無心になって扉にいくつかの板を打ちつけた。片っ端からネジを打ち込んだおかげか、打ちつけた板に足をかけて引っ張ってみてもびくともしないくらいには頑丈なバリケードができた。
まあ、とりあえずはこれでいいんじゃないだろうか。
やや不格好だが、ここのところ日曜大工のような作業をこなす回数が多かったからかだいぶ上達が見られる。
「木製バリケードで耐久力はないから。いざ逃げるときはすぐに外せるよ」
おそらく今後の予定的に必要なくなるだろうけど、念のためバリケードを壊せるような道具を置いていこう。
ガチャガチャ工具箱を漁りつつ彼に話しかける。
「……そもそも逃げるって言ったって外は雪山だろ」
するとシドがそんなことを言うので、ああ、そういえば言ってなかったなと、俺は再び手を止め振り返った。
「街までの道は俺が教えられるから大丈夫。小窓から見えてる雪山を大回りして、王城を通らないように王都に降りるだけだから。遠回りのルートで行くとそれなりに日数がかかるけど、近くにある山小屋とか川の場所もある程度なら教えられる」
「……"教えられる"? アンタが?」
俺の事情のことはすでに話したはずだけど、一度も牢獄から出たことのない俺が外を知っていることに理解が追いつかなかったらしい。シドが呆気に取られたような呟きをこぼした。
だけど、別に驚くようなことじゃない。ただ、俺があの雪山を歩いたことがあるってだけ。もちろん、ゲームの中でだけど。マップはしっかり頭に入っているし、なんなら雪山どころか『ラスト・キング』に登場したマップなら何から何まで暗記してる。記憶力だけには自信があるんだ。任せてほしい。
「まあつまり、ここから出るためにすべきことはまず怪我を治すことと、何人追手がかかっても確実に逃げ切れるような力を身につけることってわけだ」
「……何人追手がかかっても逃げ切れる力」
俺の言葉にシドが眉を寄せた。
そんなことできるわけがないと思っているらしい。
大丈夫。シドは元のステータスも成長率も凡人とは比べ物にならないくらい優秀だから。ちょっと鍛えるだけでも間違いなく強くなるよ。
俺としてはそんな確信を持っているのだけど、今言ったところできっと信じてもらえないだろうから言葉にはしない。
これは言葉少なな彼の発言の節々から感じられたことだけど、小さな子供の頃から罵られて蔑まれて育ったせいか、実際に生きるのも精一杯な日々を送っていたせいか。シドは実際に彼が持っている素晴らしい才能と比べて、自己評価というものが極端に低いのだ。
つまりは彼に彼の優秀さを証明したければ、結果を出すしかないってことである。
要するに、レベル上げ。育成。スキル習得。どんと任せてください。得意分野です。
「数週間もあれば、あのバカどもが束になってかかってきても撒けるくらいにはなれるよ」
「……」
そんなことを言っても、つい最近まで身を起こしているのもやっとだったシドからすれば、魔法みたいな話にしか聞こえないらしい。
でも、それで大丈夫。
俺の自信満々な、笑みにシドが目を丸める。
「魔法を習得しさえすればね」
これから彼に身につけてもらうのは、その魔法なんだから。
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