【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第94話 アシュフォードside

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9月に入り、クラリスの誕生日まで10日を切った。
今日、アグネスは友人の伯爵令嬢に招かれて『お泊まり夕食会』に出掛けている。


スローン侯爵邸の当主の執務室。
アグネスの帰国まで、バロウズに居る時は毎週末通った部屋だ。
この部屋には、小一時間の思い出話がいくつも詰まっていた。


今夜の顔触れは、侯爵とプレストンと俺の3人。
俺は手早くふたりに、死人還りについて説明をする。
ギリギリになってこの話をするのは、敢えてだ。

もっと早くに打ち明けるべきだったかもしれないが、俺はアグネスに決行させてあげたかった。
俺はアグネス本人が知らない共犯者で、父親と兄に邪魔はされたくなかったからだ。
彼女の企みを知る期間が長ければ、最初はしぶしぶ認めてもやがて彼等は迷い、日が迫れば止めようとするだろう。
だが、さすがに当日まで黙っている訳にはいかないので、今夜のアグネスの留守を狙って、ふたりに打ち明けることにしたのだった。


「し、しびと?」

侯爵は内心の動揺を隠せているが、やはりプレストンはその言葉のインパクトに驚愕していた。


「死んだ人間が! 帰ってくる?」

そうだよな、びっくりするよな。
トルラキアって、すごいよな。
普通の人達が、それをするんだから。


「アグネスが、それを……
 しようとしているわけ……ですか?」

さすがは侯爵、冷静に受け止めたと、思ったが。
話し方が通常よりスムーズではなかった。


「今年が最後の機会なので、彼女に協力したいのです。
 どうか、見逃していただけませんか?」

「……」

「いやいやいや、殿下、それは、ちょっと、あまりにも!」

侯爵が口を開く前に、プレストンが立ち上がって反対表明をした。


「これでわかりましたよ!
 今までの、あの変な行動はこの、儀式の為だったんですね!」

力を入れて話しているが。
侯爵には内緒じゃなかったのか?話していいのか?


「今までの、って何の話だ?」

語るに落ちたプレストンを睨んで侯爵が尋ねたので、しまったと気付いた彼はよろよろと椅子に座り直した。
ずっと父親に隠していた妹の奇行を、話す羽目になったプレストンはしばらく黙っているだろう。
丁度よかった。

どうして、そんな妖しいものにアグネスが拘っているのかを聞いて貰う。
侯爵は俺の話を最後まで聞いてくれた。
プレストンは何か言いたそうだが、我慢している。

アグネスがふたりの死に対して、責任を感じてしまった事、そこに至るまでの俺の失態、それによって彼女を傷付けた温室での事。
 
既に侯爵には話していたが、初めて聞くプレストンは何とも言えない顔をしていた。
特に温室でクラリスにねだられて愛の言葉を言ったのを、アグネスに聞かれていたと言う話は、自分の事のように身震いをしていた。


「霊的な心配はないと思いますので、アグネス嬢本人が自分自身を危険な目に合わせないように、側に付いていたいのですが」

「アグネスはともかく、殿下に危険は無いのですか?
 もしもの時は、王家の影が?」

「現状、こちらの邸に伺う時は、私には影を付けないようにしています。
 今件はここだけの話にしていますし、影も付ける気はありません」
 
「王家も側近の方達もご存じないと、言うことですか。
 ……でしたら私とプレストンが立ち会います。
 殿下に立ち会っていただく訳には……」


アグネスがクラリスの死を受け入れて前を向く為には、必要な儀式なんだと理解しようとしてくれた侯爵は、俺には関わらせたくないようだ。
あくまで身内だけで行おうとしていた。


「殿下のお立場を、お考えください」

「……以前、私の中に確かに存在するのは、これだけだと、聞いていただきましたね。
 今も変わらずアグネス嬢だけ、なのです」


引かない俺に、侯爵は説得を諦めてくれた。
何と言っても、詳しい内容はまだ話していない。
狡い俺は、関わらせないとあくまで言われるようなら、術の手順を教えないからと、開き直るつもりだった。

今の時点では、死人還りの由来と、アグネスの協力者が居る筈だという事しか話していなかった。


侯爵はベルを鳴らして家令を呼び、告げた。


「レニーを呼んでくれ」

レニーが誰かわからなくてプレストンの顔を見たら、声に出さず『メイドです』と、言った。
アグネスはしないが、君はするのか、クラリスもよくやっていた。

現れたメイドはアグネスの世話を主にしていると言う。
この部屋に呼びつけられて、少し怯えていた。


「クラリスの誕生日に何かアグネスから命じられたり、頼まれたりしている事はないか?」

「……いいえ、私には何も」

「お前以外にアグネスが頼みにしている人間を知っているか?」

「……申し訳ございません、そちらも私には」

メイドは小さいながらも、はっきりした声で返事をした。
仕方なく、下がるように命じる。
扉の前で控えていた家令がメイドを連れて下がり、それを見送る侯爵が申し訳なさそうに、俺に言った。


「アグネスなら外部でなく、邸の人間に協力を求めそうだと思ったのですが」

アグネスが帰国して10カ月くらいか。
泊まりの誘いには応えても、そこまで話せる友人はまだ出来ていないのか。

3人とも他の協力者候補が思い付かず、黙っていると。
扉をノックする者が居た。


「ゲイルで、ございます」

アグネスに術をかけ、術を解く。
彼女から協力を求められたのは、家令のゲイルだった。


それは意外な様で正しい選択だ。
代々、スローン侯爵家に仕える彼は、何事であろうと、邸内で起こった事を外部には漏らさない。
当主の侯爵から尋ねられない限り、何人にも。

ゲイルは打ち明けた。
去年、留学から戻られたアグネスお嬢様に協力を申し付けられた。
過去2回のアグネスの行いを見てきたゲイルにとって、それはあまりにも切実な願いに思えた。

馬鹿な話だと、現実を見ろと、口に出さずに。
丁寧な言葉遣いで断るのは簡単だったのに、彼にはそれが出来なかった。
旦那様や若様の、貴女様へのお気遣いがおわかりにならないのかと詰りたいのに。
口から出たのは『畏まりました』の返事だった。


確かにお嬢様は『これを最後にするから』と、仰せになっていたのです。
生まれた時から、大切に大切に皆で守ってきたお嬢様から、この年になって頼られるとは……
年老いた自分にとっては最後の誉れだと、思いました。


彼の息子もこの邸に仕えていた。
今では自分よりも判断が早いので、使用人達も息子に先に話を通す様になりつつある。
この事が後になって、旦那様や若様に知られて叱責されても。
自分の退き時が早まるだけ。
悔いはないです、如何様にも処罰を。
ゲイルの打ち明け話はそこで終わった。


「あれを想っての、事だと理解している。
 罰は与えない、最後の誉れなどと二度と言うな。
 引退すると、息子にも言うなよ?
 この部屋に入れるのはお前だ、引退はまださせん」


侯爵は、この年老いた忠義者を手放すつもりはない。
家令は右手を胸に当て、深々と礼をして執務室から出ていった。
アグネスには当日、何の理由にしようか考える。

家令と入れ替わって現れた俺に、君は何を言うのだろうか?
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