【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第93話 アシュフォードside

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俺の立場。
バロウズの王族、王弟。
結婚後は公爵。
それと、求婚者。
アグネスへの。


本当に止めたいのなら、物理的にアグネスの邪魔をすればいい。
クラリスの誕生日にどこかへ強引に連れ出す。
それこそ、事前に国外にでも連れ去って、その日に間に合うように帰国出来ないとでも言えばいい。

だが……
アグネスの中で、この日は心に期する日なのだと、思う。
この日に、最初で最後の死人還りを行う事で、過去に踏ん切りがついて、前に進めるのなら。
俺は彼女の側にいて、見届けたい。


「今更、イェニィ伯爵夫人やアンナリーエ夫人が手伝うと申し出ても、信じないでしょうし……
 参った……何で、僕は彼女にああいう言い方したかなぁ」

不意に昔に帰った様な言葉使いを、先生がしたので。
もう俺の前では『僕』と、言わない先生が本気で困っているようで。
見た目は変わっても、ずっとこの人は先生のままだと思った。
この人は生徒の前でも、自分の間違いや迷いを認めるひとだった。


「当日までにアグネスが誰か協力者を見つけて、部屋にも入れて貰えないなら、部屋の前で待機します。
 誰も見つけられていないようなら、邪魔はしない、立ち会うだけだの、うまく言って無理にでも部屋に入りますよ」

そう言った俺を、納得し難い目で先生は見ていた。


 ◇◇◇


夏を迎えた頃だった。
少しずつ、俺の休み無しの外交ペースも落ちてきて。
バロウズで過ごす日々も増えていて、一見俺とアグネスの間も順調に見えていた。
どんな集まりだろうと出席する場合のパートナーは、いつもアグネスだったし、踊る相手もアグネスのみ。
帰国して半年以上経って、彼女も社交界で新たな友人も出来て居場所を見つけた。

人々の関心は既に、『似ているせいか』『妹だからか』から
『いつ婚約するのだ』『早く婚姻すればいいのに』に、変化しつつあった。
王家も侯爵家も落ち着いているのに、周囲だけが急いでいた。



「すまん、また……母上がやらかした」

今年に入ってから、正式に俺の秘書官の肩書きを持つようになったレイが慌てて、執務室に入ってきた。


「今そこで、ルメインから聞いたんだが……」

ルメイン・コルト子爵令嬢は現在のレイの恋人だ。
王城でギルバートの女官として働いているから、今そこに居るわけはない。
ふたりで空き時間に、何処かで逢い引きでもしていたに違いない。

そこは敢えて聞かないが、母上と言うことはアライアか。
レイに詫びられたから何となく想像がつくので、気分が沈む。
俺の側に居たカランの顔も途端に険しくなった。
何年も前から、カランは俺の前ではアライアへの反感を隠さない。
口にはしないが、名ばかりになった専用女官長を辞めさせたらいいのにと、思っている。
既に1人前の仕事をしている王弟に対して、元乳母だからと遠慮が無さ過ぎると、憤っている。


「本日午前中にスローン侯爵令嬢が、忘れ物を届けに侯爵の執務室を訪れた」

今日の午前中に? 俺は会議に出ていた。
アグネスとは会えていないし、ここに残っていたカランも何も言っていなかった。
カランは首を振っている。
と、言うことは彼女は俺の執務室には来ていない。

アグネスが登城するのは、夜会の時くらいで。
登城の機会があったら、先触れ無しで、いつでもいいから俺を訪ねて欲しいと、前々から言っていた。 


「ご令嬢自らが、忘れ物を届けると言うことは……
 アグネス嬢は王弟殿下に会うつもりだった」

最近、カランの前でもレイは『殿下』と、俺を呼ぶようになっていた。
前置きが長いぞ、悪い話は早く言え。


「その帰り、こちらに寄ろうとして……廊下で母上とばったりと。
 母親だから庇う訳じゃないが、決して待ち伏せしていたんじゃないのは、先に言わせて欲しい」

「……」

「ギルバート殿下の執務室から出てきたルメインはふたりの会話を全部聞いた訳じゃない。
 途中からだと言っていたが、母上が少しアグネス嬢を責めている様に感じたらしい」

「……何を言っていたんだ?」


ギルバートの執務室は、ここから少し離れているが同じ廊下の先にある。
コルト女官が近付く前から、ふたりは会話を交わしていて、その結果アグネスは俺を訪ねる事なく下城したのだ。
アライアは一言どころじゃなく、結構責めたのだろう。


「『スローン侯爵令嬢なら結婚してもいい』と、殿下は仰せなのだから、引き延ばしたりせずに早く受けるのが当然でしょうと、言っていたそうだ」


は? 『アグネスなら結婚してもいい』?
俺はそんな風に言っていない。
『アグネスとしか、結婚しない』と、言ったんだ。
それをアライアは同じ意味として、彼女に伝えたのか?

しかしそれじゃ、まるで……まるで、俺が結婚したくない独身主義者で。
本当は誰とも結婚なんかしたくないのに、仕方なく結婚しないといけないのなら、アグネスだったら良しとするかみたいな、何を上から偉そうにみたいな。
自意識過剰なバカ男、そんな風に受け取られかねない。


俺はアライアに言った言葉を、レイとカランの前で聞かせた。
ふたりは神妙な表情だ。


「この2つは同じ意味か?
 はっきり言ってくれ、これはマーシャル夫人の受け取り方が正しいのか?」


ふたりは大きく頭を振った。
どちらがおかしいのか、審判は下った。
自分を抑えようと思っても、我慢出来ない事もある。
アライアには、俺が公爵となったら伝えようと思っていたが、早めることにした。


「レイ、早急に伯爵になる準備をしておいてくれないか」

俺の周りには男性のみでいい。
俺との私的な会話を、誰が聞いているかわからない廊下で話す女官長など要らない。
それも、微妙に言い回しを変えてだ。


これからは女性の手が必要な時には、優秀な女官をその時々にまわして貰えばいい。
それこそ、コルト女官のような。
聞いた事をまず噂で流す人間が多いなか、彼女はよく教えてくれた。
人の良いグレゴリーには、申し訳ないが。
妻アライアの、アグネスに対する無礼は看過出来ない。
二度とアグネスに接触出来ないようにする。


カランには現マーシャル伯爵夫妻を呼び出す段取りと、スローン侯爵家への先触れを頼んだ。
    
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