【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第89話

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私の18歳の夏が終わる頃。
後、3ヶ月でトルラキアでの学生生活が終わろうとしていました。
9月には母と姉の命日、姉の誕生日があって。
三度目の留学用旅券更新が必要な私と共に、祖母はバロウズへ一時帰国する筈でした。
11月下旬に貴族学院の卒業式があるのですが、私は直ぐに帰国せずに、祖母と年越しをして、冬を過ごして。
春に隣国シュルトザルツ帝国の大学を卒業した兄がこちらに来て、それからふたりで帰国する予定を立てていたのでした。 
そんな夏の終わりに祖母が亡くなりました。

あの、アシュフォード殿下と知り合った年の夏休み。
祖母から『どこかに連れていってあげる』と言われて。
殿下と姉との仲を疑った私は、別荘へのお誘いを断る為に、咄嗟に頭に浮かんだ国の名前をあげて……
ここはストロノーヴァ先生の母国。
ヴァンパイアと黒い森の妖しの国。

こんなに長い年月をここで過ごすとは、その時には夢にも思わなかった。
祖母は私に付き合ってくださっただけ。
きっかけはそれだけだったのに。

祖母はこの国の気候を、自然を、食べ物を、人々を愛して。
ここで静かに人生を終えたいと願った場所で、一番愛した季節に亡くなったのです。
それは……トルラキアの夏が終わる頃。


 ◇◇◇


葬儀の後、私が卒業するまでについて話し合いの場が持たれました。
父と兄、叔父と私です。


祖母が生前に作成していた遺言書により、私にはトルラキアの邸が遺された事を知りました。
まだ学生の私に不動産?
私は慌ててしまって、何よりダウンヴィルの叔父に対しても。
祖母の財産はまず、叔父や後継のケネスに受け取る権利があるのでは、と思ったからです。


「母上の希望だし、ここの購入はブラウンズから持ってこられていた個人資産から支払われたから、気にしなくてもいいよ」

ブラウンズは祖母の実家です。
叔父は気にしないで受け取ればいい、と言いますが……
邸には管理維持費や税金がかかる事は、私でも知っています。
私にそれを毎年支払う財産はありません。
父に肩代わりしていただくのでしょうか。
そもそも外国人留学生に名義変更して、このまま所有出来るのかと疑問や不安はなくなりません。


ところが維持費や税金についても、祖母は考えてくださっていたようで、私が未婚の内は、遺された祖母の遺産から。
どなたかに嫁いだ時点で、その費用を婚家が支払うか、もしくは処分をするか決定すればいいと、していたのでした。


「お前が心配している、外国籍の学生が不動産の譲渡を受けた場合のトルラキアの法については、私と……
 もし、スムーズに行かない場合は力になると、ストロノーヴァ先生が仰ってくださったから、任せて欲しい」

普段は『俺』と言う兄が『私』と言って、とても頼もしく見えました。
また、先生のお力を借り、お世話になってしまう。
心強くも、申し訳なく思ってしまう私でした。

正直に言うと、この邸には愛着があって。
祖母が私に遺してくださったのは、とても嬉しいのです。
続けて父からも、お話が。


「9月に帰国して、旅券の更新はしなくてもよくなった」

「……どうしてですか?
 期限切れになってしまいます」

「お前もまだまだ落ち着けないだろうし、義母上も居られないのに、春まで残るつもりか?
 卒業したら直ぐ帰国となるのなら1ヶ月くらいなら特別に延長出来る様に、殿下にお願いした」

「……」

「本来なら、直ぐに連れ帰りたいところだったが……
 伯爵夫人のご厚意をありがたく受け取らせていただいたのだから、卒業までは余計な事は考えず、休まず学院に通いなさい」

確かに私は、9月に2週間休まないと帰国出来ないのですが……
卒業までの3ヶ月間、主のいなくなった祖母の邸で私をひとりで住まわせるわけにはいかないと、父達が話し合っていたところに、先生とアーグネシュ様からお話があって、私をイェニィ伯爵家で預かりますと、お申し出てくださったのです。

トルラキアでは、ストロノーヴァ公爵家は王家に続く名家なのは有名でしたし、オルツォ侯爵家とイェニィ伯爵家は『ストロノーヴァの両翼』と呼ばれているのを父も存じていて、心配なく預けて欲しいと、ここでも先生が仰ってくださったのでした。

何かとお気遣いくださって、どれだけお礼を言っても足りませんが、頭を下げて感謝の思いを伝えました。
すると先生は軽く頷かれて、小さな声で尋ねられました。


「花が届いていたみたいだね。
 ノイエとは連絡を取っているの?」 

『哀悼の意を捧げます マルーク』と。

薄いグレーのカードを添えられた、それは白い紫陽花の花籠でした。
紫陽花はバロウズでは夏が始まる前の花なのですが、気温の低いトルラキアでは夏の終わりまで咲いているのです。
たった三度会っただけなのに。
祖母は好きな花を教えていたのでしょう。

先生が祖母の葬儀に来てくださるとは思っていなかったので、私はオルツォ様から届いた花を、葬儀の場に飾りました。

祖母の棺の横に設置された台上には、生前愛用していた物を並べていて、皆様はそこに好物だった果物や焼き菓子を持参して置いてくださいました。
その剥き出しの好意を、祖母は愛していました。
オルツォ様からの花籠もそちらに並べさせていただいたのです。


オルツォ様は去年、学院をご卒業されるとトルラキアを出て行かれました。
お別れは突然で、ご挨拶もいただけず、当然今どちらに居られるのか、私にはわからないのです。
祖母の死を、オルツォ様はどこで誰から知らされたのでしょうか。
オルツォ様の家出にストロノーヴァ公爵閣下は大変お怒りになり、ご自分が生きて居られる限り、帰国されても二度と受け入れぬと、仰せになったそうです。


実は、私のところにもエリザベート様がいらっしゃって、オルツォ様の行方を聞かれました。
お隣にはエリザベート様の旦那様で、黒い瞳をしたオルツォ様のお兄様が。
おふたりにご足労いただいても、本当にどちらに居られるのか知らなくて
『聞いていません、知りません』と言うしかありませんでした。


生前、姉から家出の事を話すつもりがなかったのは、先代から責められないようにしたくてと言われて、それさえも信じなかった私ですが、愛していた身近な人に黙って家を出られると、こんなにも人は捨てられた様な目をするのだ。
これを目の当たりにすれば、知っていたなら口止めされていても話してしまうと、つくづく思いました。
やはりクラリスの言った『黙っていたのは貴女の為だった』と言うのは本当だったのです。


「オルツォ様がどちらに居られるのか、知りません」

そう答えるしかないので、先生に嘘をつかずに済んで気持ちは楽なのです。


「……そうか、君から頼まれた訳でもなく、動いていたか。
 まあ、いいか」

面白そうに先生がそう仰って。
意味がわからなかったのですが、先生がご納得されているご様子でしたので、私が深く聞く事でもないと、それは聞こえない振りを致しました。


そして、そのままいきなり先生が私に仰せになったのです。


「死人還りは、やり方を間違えると、大変な事になるよ」

「……」

「僕が人の心の研究には終わりがないと、言った事を覚えているかな?
 人の心や魂、想いって言うのはね、興味だけで手を出してはいけない領域だと思う。
 それは言い換えれば、まだ解明されていない、人智を超えた未知の領域なんだよ。
 君がどう考えているのか知らないが、あれは罪のないおまじない等とは違う」
 

先生は笑っていませんでした。
それは私が初めて見る表情でした。

    
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