【完結】この胸が痛むのは

Mimi

文字の大きさ
上 下
70 / 104

第69話

しおりを挟む
オルツォ・マルーク・ノイエ。
そう自己紹介をされました。
結局、相手役はお断りさせていただきました。
ヴィーゼル様を始めとして演劇部の方からは『貴女もイメージに合うのよ』と言っていただきましたが、2度程繰り返してお断りすると、ご納得してくださいました。
それというのも、私が相手役をするなら等と条件にされていたオルツォ様が、私無しでも主演を引き受けられたからでした。


それから何故か私はそのままオルツォ様に連れられて、ふたりでランチをする事になりました。
テーブルを離れる際に皆様に助けて、と目で合図をしたのに誰も応えてくださらず……微笑まれながら手を振られてしまいました。

既に、食堂の席は全て埋まっていたのに。
オルツォ様が近付くと、食事を終えて歓談されていたグループが席を立ち、テーブルを譲ってくださいました。


「君が相手役になるならと言えば、直ぐに連れてきてくれるだろうと思ってね。
 探す手間が省けて、俺は楽をさせて貰ったよ」

「……先生にお会い出来る条件はお断りしましたので、もうこれで、失礼致します」

「君、本当に俺自身には興味がないんだね?」


多分、オルツォ様は女生徒からとても人気のある方なのでしょう。
綺麗なお顔をされていて、部にも入っていないのに主役を望まれて。
条件などつけても反発されず、直ぐに代わりに動いてくれて。
遅れて行った食堂でも、席を探さなくても譲られる。
先生のご親族なら、きっとオルツォ家はこの国では有力で、将来はトルラキアの中央でご活躍されるような方なのだと思います。


「はい。全く、少しも」

オルツォ様には失礼な物言いになりますが。
はっきりとお伝えしようと思いました。
それなのに、おかしそうに笑顔を見せられるのです。


「はっきりと言うね?」

「トルラキア語の会話に、まだ慣れていないからです」

「バロウズに婚約者が居るとか?
 決まった相手が居るのかな」


決まった相手ではなく、決めたお相手が。
私の心の中心に居るのは、優しい紫の瞳をしたあの御方だけなのです。


「私の片想いですけれど」

「もしかして、叔父上じゃないよね?」


とんでもない事を言い出されて、いい加減この方とお話するのにも疲れてきて。


「先生ではございません、失礼致します」

「……わかったわかった、君は結構短気だよね?
 真剣に怒ってるね」 

「誰に対しても、ではありません。
 どちらかと言えば、穏やか、と言われます」

「じゃあさ、俺に対してだけなんだ?
 そういうのもいいね」

「……」



……初めて会った日は、怖いひとだと思ったけれど、今は面倒なひとだと思い始めていました。
このひとと居ると、いつもより周囲から見られている気がしました。
それも、ご一緒したくない理由のひとつでした。
昼食も取れていませんでしたがお財布を持っていないし、奢ってほしいのかと思われるのも業腹ですし、このまま教室に戻ろうと思いました。

歩きだした私の後ろに、オルツォ様が続きます。


「叔父上に会わせてあげるよ」

「結構です」


リーエに会って教えて貰えなければ、父の名前で手紙を出す事にしましょう。
手紙さえ読んでいただけたら、先生はお時間を取ってくださる。


「バロウズの関係者はなかなか叔父上には会えないよ。
 強引にあの国へ行った事を、ご当主は本音では許していないから」

「……」

「ガチガチの純血主義者でね、叔父上がバロウズで女性と付き合って、連れて帰って来るのを心配してた。
 5年後ひとりで戻ってきたから、親族全員が安心した。
 そこにスローンの名前を使って、若い君がひとりで現れたら、叔父上の立場はまずくなるかも」

「……」

「叔父上はあまり出掛けないし、外出時に捕まえようとしても、護衛が付いてるしね。
 ミハンは馬車の中、君には気付かない」

要するに、ご自分の協力が無いと、先生に会うことは叶わないとその説明を、私を追いかけて話されているのです。
だからと言って、私にはオルツォ様の力をお借りしてまで、先生に会うという選択は、まだございませんでした。

オルツォ様は私にとって、この時点では信用出来ない御方だったからです。
もし、先生に会えたとしても。
このひとはその場に居て、私達の再会を面白そうにご覧になるでしょう。
私には先生にお尋ねしたいことがあり、その為に会いたいのです。
他の方には聞かせたくない話をしたいのです。

オルツォ様のご協力など要らない。


「これから、お花を摘みに行くのです。
 トルラキアでも、この言い方で合っていますか?」

さすがにオルツォ様も、それを聞いてそこまでになさいました。


それからは何度かお会いする度に、毎回『お花を摘みに』を繰り返したので、お声をかけて来られることは無くなりました。
今から思うと、少し態度は悪かったかなと思いますが、この頃の私にはオルツォ様こそが、目の前に立ちはだかるストロノーヴァの障害のように思えたのでした。


 ◇◇◇


ストロノーヴァ先生にお会い出来ないのなら、頼みの綱はリーエでした。
恋人と約束があっても、私が会いに行けばいつも優先してくれるので、毎回約束無しにホテルへ遊びに行っていました。

それで週末の朝食の席で、祖母にこれからリーエに会いに行く予定だと伝えました。
祖母はリンゼイさんに渡して欲しい物があったから、用意するまで待っていてと言うので、庭園でぼんやり待っていると、メイド頭が箱を2つ抱えてこちらへやって来ました。
それを見て『誕生日の……』と、思いました。

4月には私の誕生日があり、それに合わせてアシュフォード殿下から毎年プレゼントをいただいていたからです。
今年はリヨンからこちらに送ってくださったのです。


大きな箱には後側だけ裾の長くなったシンプルなブルーのワンピース。
小さな方には、今履いている物より1サイズ大きなダンスシューズが。
今年は紫色の小さなリボンが付いていて去年よりも踵が高くなり、ほぼ普通のヒールに近くなっていました。
そして、あの薄紫色のカードが。

『お誕生日おめでとう
 練習はダンスの教師とだけにするように
 裾捌きはおばあ様に教えて貰ってください』


私のデビュタントまで、毎年靴を贈る。
その約束を今年も守ってくださった。
本当に……殿下はお優しい御方だと、思いました。

……私の心のなかなど、知りもしないで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

私がいなければ。

月見 初音
恋愛
大国クラッサ王国のアルバト国王の妾腹の子として生まれたアグネスに、婚約話がもちかけられる。 しかし相手は、大陸一の美青年と名高い敵国のステア・アイザイン公爵であった。 公爵から明らかな憎悪を向けられ、周りからは2人の不釣り合いさを笑われるが、アグネスは彼と結婚する。 結婚生活の中でアグネスはステアの誠実さや優しさを知り彼を愛し始める。 しかしある日、ステアがアグネスを憎む理由を知ってしまい罪悪感から彼女は自死を決意する。 毒を飲んだが死にきれず、目が覚めたとき彼女の記憶はなくなっていた。 そして彼女の目の前には、今にも泣き出しそうな顔のステアがいた。 𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷 初投稿作品なので温かい目で見てくださると幸いです。 コメントくださるととっても嬉しいです! 誤字脱字報告してくださると助かります。 不定期更新です。 表紙のお借り元▼ https://www.pixiv.net/users/3524455 𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷⢄⡱𖧷

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...