【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第55話 アシュフォードside

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国王陛下は来月の第2王子の成婚後にご退位され、港のあるガーランドの更に向こう、王家の海の別宮で余生を送られることになった。
海の幸がお好きだと思われていた王妃陛下はそれを否定された。


「あんな太陽がギラギラしたところには、行けません。
 肌の強いロレインがご一緒した方が、陛下のお慰めにもなりましょう」


肌の強いロレインとは、側妃の事だ。
側妃が行くのならば、エドアルドも一緒にかと思ったが、念の為本人に希望を聞くと、
『初等部の友人と別れたくないし、夏に会いに行くからいいよ』と言う。
末の息子にまで断られ、傷心の父はバージニアを伴う事を希望した。
『必ず、更正させるから』と。


唯一の娘、性根に難はあっても愛娘。
どうにかして守ってやりたい気持ちはわかるが、それは出来ない。
バージニアの処分をどうするかは、俺と王太子、スローン侯爵で既に決定している。
妹には、ギルの結婚式までに消えてもらう。
病気療養として……2度と王族として公の場には出ない。


ギルの、一番の心配は自分の結婚の事だった。
ガードナー侯爵家の不幸が続いて喪中がやっと明けての結婚だ。
これ以上は待てない、と言った。
その気持ちはわかるし、証言でイライザ嬢の名前も出たので、彼女が逃げ出さない様にギルバートは必死だった。


「イライザ嬢さえ与えたら、ギルは大人しいからな。
 彼女に手綱を握らせたら…… 
 こちらとしては延期しなくてもいい」

何を王太子が言っているのか、わからないな、
手綱を握らせたら?

ふたりの結婚に王家は異存がなく。
ガードナー侯爵からしても、そうだ。
第2王子の婚約者で有名な21になった妹を、今更返されてもどう扱えばいいのか。



王国内に知られている第2王子の結婚は、予定通り恙無く執り行われる。
それを見届けて、国王陛下はご退位されて、よくわからない南へ移られる。
王妃陛下は、不慣れな第2王子妃殿下の教育の為、王都に残られる。
国民にはそれだけでいい。


実行犯の御者は遠方の鉱山に送られ、王都に帰る事はない。
グレイシー伯爵は、刺客を送ったことは否定したが、隠居して長女に後を譲った。
厳重注意を受けたコーデリアは女伯爵となったが、婿はなかなか見つからないだろう。
次女のローラは情状酌量され、商業盛んなコーカスの修道院に入った。
そこで一生、スローン侯爵家のおふたりに謝罪の祈りを捧げると言って跪いて頭を床に擦り付けた彼女に、侯爵は立ち上がる様に言った。



「あちらで、貴方の弟か妹が生まれるかも」

笑いながら母が兄に言う。


「いいですね、手駒が増えます。
 素直じゃなければ、海に囲まれて一生を終えるでしょう」


 ◇◇◇


バージニアには、2つの選択肢を用意した。
バージニアにそれを告げる役目は、自分から志願した。
先ずはお決まりの。


「修道院? 嫌よ、行かない!」

そう言うと思ったよ。
俺もお前の居る修道院で祈ることは出来ないし、神様の方からだって神を信じない、神を恐れないお前に、形だけ祈りを捧げられても迷惑なだけだ。

それで、もう一つの案を出す。
俺のおすすめはこちらだ。


「じゃあ、嫁に行け」

「お嫁に? 私はまだ14よ? 何処に嫁げと言うの!
 訳のわからない小国の、取るに足りない王族とか、絶対に、嫌!」


バージニア、お前は本当に馬鹿だな。
お前みたいな王女を外に出すわけないだろ?
押し付けられた国から、うちは国交を断絶されるよ。


「違うよ、バロウズの有力貴族で、相手は初婚。
 ほら、この前教えてあげただろ?
 あの辺境の」

俺は得意の王子スマイル。
胡散臭くて心がこもっていない……

一瞬、期待に輝いた妹の顔が絶望に染まった。
酷い兄かも知れないが、俺はその顔が見たくて。


「アグネス嬢からは断られたが、辺境伯夫人は今も育て甲斐のある将来の嫁を探している。
 お前は予定より1年年長の14だが、優秀で完璧なお前なら4年もあれば大丈夫だと、あちらにも納得して貰ったからね」


それは嘘だ、辺境伯夫人はなかなか首を縦に振らなかった。
俺とアグネスの事を知らない夫人は、今もスローン侯爵家の次女を諦めていないと言った。
来年喪が明けたら、もう一度申し込みますと。

それを無理矢理、慣例より多目の持参金を提示して、頷かせたのだ。
俺達3兄弟で囲み、承諾するまで下城させなかった。
どんな過酷な教育でも構わない。
お眼鏡に合うレベルに元王女が達していない場合、もしくは嫡男の心を捕らえられない場合は、どうするか全てお任せすると。

自らが望んだアグネスなら、初恋を貫く男が振り向かなくても、そのまま嫡男の嫁として遇しただろう。
又は、教育がうまく進んで自分に忠実なら、養女にして。
遠縁の男と結婚させて、後を継がせた可能性もある。



「俺はジニアがうまくやれると信じているよ?
 でも、努力しないとな?
 辺境って、危険な生き物も多いし、何処かで置いてきぼりにされて迷ったら帰ってこれないよ?」

俺は最後だからと、震える妹を優しく抱き締め、続けた。


「だから前々から注意したじゃないか。
 せめて、毒には身体を慣らせておけよ、って。
 苦しいからとサボっていただろう?
 食べ物だけじゃないぞ、着るドレスにも、用意された化粧品にも、手を洗う湯にも気を付けないと駄目だからな?」

「……」

「こちらからは誰もお前に付ける事は出来ないから、ひとりで頑張るんだよ?
 お前なら、あんなキリンのアグネス嬢より、うまくやれると信じているからな?
 ちゃんと言うことを聞いて、可愛がって貰えよ?」

バージニアは俺の腕の中で、しゃくりあげながら。
途切れ途切れに訴えた。


「嫌です、嫌……お兄様……む、無理です……」

「ちゃんとお詫びは必要なんだよ、ジニアもローラ嬢にそう言ったんだろ?
 お前が言ったんだから、守らないとな?
 それに……これが嫌なら、毒を賜るしかなくなるぞ」

毒を賜るしか、と聞いて、腕の中の妹が強張った。
ここまで来ても、自分の罪がどれ程のものか、わかっていなかったんだ。
守られると言うことが、こんなにも愚かにしてしまうとは。

怒りに憐れが少し混じる。
でも、これだけは伝えよう。
お前が俺に直接お願いした。
兄として、その願いは必ず叶えてやる。


「もしも、お前が先に辺境で、死んだら。
 俺はカサブランカを、たくさんたくさん贈るから」


……俺は、お前のその顔が見たかったんだ。  



 *****


明日は人物紹介をはさみ、その後56話アグネス視点を投稿します。
よろしくお願い致します。
    
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