【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第33話

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隣街で開かれる市場は0の付く日に広場で開催されている市だとリンゼイさんから教えていただきました。
大きく分けて野菜や果物を販売する『青物市』と、近隣の方がおうちにある不用品や手作りの品を持ち寄って、会話をしながら値段を決めていく『出会い市』があって、殿下はその出会い市に興味を持たれたようでした。

青物市に行くのであれば、朝早く行かないとめぼしいものはないとの事ですが、旅行者の私達が野菜など購入するはずもなく。
出会い市なら、出品者も購入者ものんびりと朝食後に集まると聞いて。
私達もリンゼイさんのバロウズ風の朝食をいただいた後に、祖母達に見送られながら、出掛けることになりました。

パエルさんとはホテルの前で待ち合わせです。
時間になり、パエルさんは普通に楽しそうにこちらに向かって歩いて来ていたのに、馬車の側に立つ殿下達6人と共にいる私達ふたりに気付くと、そのまま後退りして背中を向けて駆け出そうとしました。


「○○○○、パエル!」と、リーエがその背中に向かって、トルラキア語で叫びました。 
パエルと彼の名前は聞き取れたので、多分待ってと言ったのだと思います。
それでもパエルさんは止まらないので、殿下が護衛騎士様に合図して、ひとりの方が走ってパエルさんを捕まえてきました。


おかわいそうに彼はすっかり怯えていて、リーエに文句を言っているようなので、ふたりが喧嘩になったらどうしようと心配だったのですが、リーエが背伸びをしてパエルさんの頬に触れて何か話したら、彼の機嫌は治りました。
ふたりの仲直りを間近に見て安心しましたが、少し恥ずかしくて。
殿下の方を見ても普通にしていらっしゃいましたが、マーシャル様が小さな声で
『もう仲直りか、つまらん』と仰っていて、それは聞こえない振りをしました。
そんな私の様子に殿下は気付かれたようで、マーシャル様を軽く小突かれていました。

馬車は2台あって、殿下の御一行は馬2頭と馬車1台でご入国されたので、昨夜の内にもう1台を手配をされていたようでした。
殿下は4人いらっしゃる護衛騎士様達に、2人は残って祖母について行くようにと仰せになりましたが、
『自分達は殿下をお守りする為に』とお返事をされていて。
昨夜の時点で、全員で付き添われて行くおつもりだったようで、お二人は馬車、お二人は馬で前後を守る予定だと、殿下にご説明されていました。


『隣街に行くだけで、思っていたより大層になって、ごめんね』と、殿下は私達3人に謝ってくださって。
パエルさんが頭をぶんぶん振って、リーエに止められていました。
殿下とはお互いに訪問するだけで、移動等ご一緒させていただくのは初めてでした。
やはり王族の方の移動って、侯爵家とは違う、と実感致しました。


それから出発となり、私はリーエと乗ろうと思っていたのに、殿下に
『君はこっち』と腕を引かれて。
何故か、マーシャル様とリーエとパエルさんが一緒に乗る様に決まっていました。
護衛騎士様も同乗されますが、殿下とふたりきりは困る……
またそれ以上に居心地が悪かったのは、リーエがにっこり笑って、握った拳をゆらゆら揺らしていたからです。


「何も聞こえないな?」

「何も聞こえておりません」

馬車が走り出すと、殿下が護衛騎士様に仰って。 
前を向いた騎士様が答えられて。


「まず、先に君に謝らないといけない事がある」

そう言って、殿下はストロノーヴァ先生から聞いたというあの図書室での一件を謝罪してくださいました。
確かにバージニア王女殿下からは色々と言われ、取り巻きのご令嬢方からも責められましたけれど、殿下に謝っていただくような事ではないのに。


「バージニアに、それと俺にも言いたい事あるよね?
 ちゃんと受け止めるから、遠慮なく言って欲しいんだ」


バージニア王女殿下に言いたい事?
そうだ、あれかなぁ、遠慮なくって言われたから言おうかな、と思って。


「バロウズのキリン令嬢だけは、やめて欲しいです」

「キリン?」

「リヨンのクジラ王女みたいに、私にはキリンと名付けてあげると言われました」

「……それは本当に、失礼な事を言って。
 申し訳ない……ごめんなさい」

殿下の表情はまた先日のように暗くなられていて、またリヨンの王女殿下の事をクジラと言ってしまったことに気付いて、失敗を悟りました。
私は本当に馬鹿です、また口を滑らせてしまったのです。


しばらく馬車のなかは無言が続いて……
リーエから言われていた事を思い出しました。

『あきらめるのは、フォード様にちゃんと聞いてからだよ』

私は思いきって聞くことにしました。


「殿下が姉に贈られたブレスレットなんですけれど」

「あ、あぁ王妃陛下から渡されたやつ。
 それがどうしたの? 次の日には君のお父上が返してきたよ?」

「殿下の瞳の色の宝石だった、と聞きました……
 やっぱり、殿下はクラリスの事を」

「え、えっ」

「私がいただいたお手紙には、嘘を書かれたのでしょう?」

「ちょ、ちょっと!」

殿下は凄くあわてていらして。
両手を大きく振られました。 

「嘘じゃない、嘘じゃないよ!
 クラリスとはそんなんじゃなくて!
 あぁーもう、そうか、あのね!」

焦って説明されようとして。
向かい席に座って、こちらを無表情に見ていた護衛騎士様に再び仰いました。


「何も聞こえないな?」 

「何も聞こえておりません」

「俺は外が気になる」

「畏まりました」

殿下が気になると仰せなので、騎士様は外を警戒する事にしたようで、こちらを見るのは止められました。


「凄く恥ずかしい誤解をしてしまって、夜会にはパートナーが必要だった。
 手紙に書いていたように、アグネスがデビュタントしていたら、君に申し込んでいたよ。
 君の姉上に頼んだのは、クラリスには別に好きなひとがいて、そんな関係には絶対になりそうもないからだ」 

「……」

「ブレスレットは王妃陛下が俺のパートナーだからと渡しただけで、事情を知ってるスローン侯爵は貰えないと返したんだ」

「でも、クラリスはブレスレットを返したくないと、父と喧嘩しました。
 姉は殿下の事が好きなんだと思うんです」

「それも絶対にない。
 俺に絵葉書をくれて、君に会いに行けって協力してくれたんだ。
 確かにブレスレットの事は好きだと思うよ。
 俺じゃなくて、ブレスレットが好きなんだ。
 何故ならあれをクラリスは……」

そこで一旦言葉を切って、私の耳元で話されました。
『あれを売って、お金にしたかったんだ』と。

お金? 姉には私の倍額のお小遣いが渡されているはずなのに?


殿下のお話の中には、私の知らない姉がいました。
殿下ではない別のひとが好き?
王妃陛下からいただいたブレスレットを売りたかった?
殿下が会いに来てくれたのは、姉のおかげだったの?

訳がわからなくなった私に、殿下はもっと訳のわからない事を仰いました。

「俺は君が好きなんだよ、アグネス」と。
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