【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第19話 アシュフォードside

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「泣いてた?」

「瞼が少々と……鼻先も少し赤く感じました。
 来るのが遅れたのは、腫れた瞼を冷やしておいでだったのかしら、と」

クジラが夜会に遅れてきたのは、泣いていたから?


「私がそう感じただけですわ。
 決して、王女殿下ご本人に確認などしないでくださいね?」

「あ、当たり前だろう!」

家族や友人でもない、隣国の王女に
『どうして泣かれていたのですか?』なんて聞くような男と思われているのか?
俺は甘やかされてきた男だけど、一応デリカシーは持ってるぞ!

俺の憤りなど知らん顔して、クラリスの目は特大ソファーに腰掛けながら、王太子妃と歓談しているフォンティーヌ王女を見つめている。
今は何も口にしていないようだが、専属給餌士との肩書きの3名は、クジラの餌集めに動いているのだろうか。


「クジラ、どうだった?」

レイが近付いてきて、俺達ふたりに声をかけてきた。


「間近で見たら、迫力凄いだろ?」

「噂は噂でしかない、というのはこの事だと実感しました」

レイに対して随分と突き放したような物言いだな、何なんだ?
クラリスの表情は固く、話しかけてきたレイではなく、俺を見ていた。
これはレイにではなくて、俺に対して言ってるのか?


「殿下が私にお話された事は、以前お会いした実際の王女殿下の事ではなくて、あくまで噂、だったのだと、わかりましたわ」

「……」


初対面から気の喰わない女だと思っていた。
俺の神経を逆撫でする女だと。
アライアから薦められて、こっちは渋々頭を下げたんだ。
お前が俺を馬鹿だと思って侮っているのは、知ってる。
お前だって、俺が自分を嫌っているのは分かっていて。
でも、それでも。

取り敢えずは協力すると。
アグネスの為に協力すると、そう言っただろ?
妹を手に入れる為に頑張れと発破をかけてくれたんじゃなかったか?
レイと3人で、俺達3人は今日までうまくやって来たんじゃないのか?

王女が泣いてたから?
そんな事は俺には関係ない、俺が泣かせたんじゃない。
噂は噂でしか、って。
こっちは情報提供のつもりで、聞いた話をしただけだ。

そりゃ、ちょっとは誇張したかも知れない。
でも、世界中で知られてる噂だ。
お前だって『あの王女ですよ? 報酬は?』なんて言ってたじゃないか。 
何で? 何で! 自分だけそんな話してません、みたいな顔して!
そんな……アグネスにそっくりな顔で。
俺を責めるように見て……


「ちょ、ちょ、あっちに移動しよう」

俺達のバチバチの雰囲気を察したレイが俺の背中を押した。
いくら親しくても女性に触れるのは躊躇われるのか、クラリスには身振りで誘う。
だが、クラリスは動かない。


「私はフォンティーヌ王女とお話をしてきますね。
 あちらでは皆様、楽しそうですもの」

「おい、勝手に動くなよ」

レイが場所を変えて気を落ち着かせようとしてくれてるんだぞ。


「王太子ご夫妻もいらっしゃいますし。
 色々と気になる事もございますので。
 何か情報を掴んできます。
 勝手に動くつもりはないので、先に殿下にお断りを入れているのです」


やっぱり、こいつは男だ。
俺が怒鳴りたいのを我慢してるのを分かってて目をそらさない。

「……好きにしろ」


 ◇◇◇


クラリスは俺とレイに軽く膝を曲げて挨拶をして、フォンティーヌ王女の居る一角へ近付いて行った。
そこには王太子夫妻も居て、いつの間にか第2王子のギルバートと婚約者も合流していたので、多くの若手貴族も集まり始めていて、賑やかになっていた。


「お前も行った方がいいな」

そちらを見て、レイが言う。
笑えるな、俺の生誕記念夜会なのに、俺の周りには誰も来ないんだからな。
機嫌を取る必要がない第3王子、それが俺だ。

俺には多くの警護が付いているが、そんなものは必要なかった。
誰だ、フォンティーヌが俺を狙っているなんて言ったのは?
別に興味なんかないみたいだった。
クラリスが横に張り付いて、仲良しなんて演じなくてもいい。

レイ、俺の乳兄弟、レイノルド・マーシャル。
お前は俺より出来る男だって、スローン侯爵に認めて貰ったんだろ?
無理に俺と居ることは無い。
お前もあそこへ行って、面白い事言って、皆を沸かせてやれ。

俺はひとりでいい。
アグネス、君がここに居てくれたなら。


「俺は行かないけど、レイは行ったら?」

「アシュが行かないなら、俺も行かないし」

「……クラリスは何で俺に怒ってる?
 アイツもクジラの話に嗤ってたくせに」

「嗤ってなかったよ」

レイが俺の側に居てくれると言ったので、少し気分がましになって、クラリスへの文句を口にした俺にレイが意外な事を言う。


「クラリスは黙っていたけど、嗤っていない、って俺は気付いてたよ」

あの時、食堂で。
俺が面白おかしく話した王女の噂を聞いて、クラリスは下を向いて笑って……俺にはそう見えたのに、あれは笑ってなかった?


「例の専用給餌何とかの時も、俺達が盛り上がっててもクラリスは嗤ってなかった」

「……」

「俺はそれ見て、あー、やっぱり好きだー、って思って。
 クジラって呼ばないの、王女っていつも言うよ?」

……クラリスはクジラと呼んでなかったのか。
俺はレイみたいに、いちいちクラリスがフォンティーヌを何て呼んでるかも聞いてなかった。


「俺には笑ってるように見えたんだ。
 受けてると思って、段々大袈裟になって……」

「まぁ、受けてると思ったらそうなるのはわかる。
 で、何? クラリスが怒ってる?
 あれ、通常だろ?
 あっちに行って情報を掴む、って言ってたろ?
 アシュこそ、何でピリピリしてる?」

頭に上っていた血が引いていく。
何でか?
答えはわかってる、恥ずかしかったからだ、自分が。
後ろめたさからクラリスに責められている、と思ったからだ。


2年前、リヨンの第1王女の結婚式にギルバートと俺は出席した。
リヨンの王太子の結婚式なら王太子夫妻が出席するが、第1王女と国内の公爵家嫡男との結婚式なので、俺達が参列したのだ。
そこで初めてフォンティーヌ王女に会って、その姿に驚いた俺に。
挨拶に来てくれた元第1王女が微笑みながら言った。


「妹はぞうさんと呼ばれていますの。
 もうお年頃なのに、よく食べて。
 我儘も酷いし、いつまでも子供みたいでお恥ずかしいわ。
 子供にしては、身体が大き過ぎますわね?」

俺とギルバート、元王女と夫の小公爵。
4人で笑って……。
こっちに帰ってきてから、土産話としてバージニアとエディに聞かせた。


今夜初めてちゃんと会話して、この王女は俺なんかより。
生まれながらの王族なのだと思った。
容姿の美しさなんて関係ない、自然に人に慕われる。
そんな女性に、俺は……俺は何て事を。

一方からの言い分を鵜呑みにして、面白いからと無責任に広めた。


こんな男に人が集まらないのは、当たり前だ。
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