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第16話 アシュフォードside
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午後の授業の予鈴が鳴り3人それぞれの教室に戻る時、別れ際にクラリスにアグネスの事を尋ねた。
あの日、怪我をした祖母のタウンハウスまで泊まりでお見舞いに行ったアグネスは、夜会出席の為に自宅に戻った侯爵夫人に同行せず、祖母の元にずっと居るのだと聞いていたから、帰宅は一体いつになるのかと尋ねたのだ。
「夜会が終わるまで、と母に言ったそうです」
昨日、長引く次女のお泊まりに業を煮やして迎えに行った母親に彼女はそう告げたらしい。
翌日に帰る予定と言われて、アグネスの部屋に置いて貰っていた持参したマシュマロは、王城のパティシエ渾身の生マシュマロで、賞味期限は2日だった。
それを伝えるのを忘れていたので、祖母のところに居たアグネスの元には届くことはなく、破棄された。
アグネスの笑顔を見たくて、特別に作らせて持参したマシュマロは破棄され、
直接説明したいと、出すのをやめたカードには今回のパートナーが姉になった経緯を綴っていたが。
そのどちらもがアグネスには届いていない。
「夜会の翌日には祖母のところに参ろうと思いますの。
必ずアグネスを連れて帰るつもりですけれど、よろしければ、あの子へのお手紙を書いてくださったら、お渡しします」
そうクラリスに言われて、アグネス宛の手紙を書く。
すごく会いたい事。
アールが君にもバックスにも会いたがっている事。
また手作りクッキーを食べさせて欲しい事。
それらを思い付くまま、箇条書きにして綴る。
すごく会いたい、は2回書いた。
今度こそ、君に届きますように。
夜会当日、事前に伝えていた通りパートナーのクラリスを侯爵家へ迎えに行く事はしなかった。
普通、単なる女友達を迎えには行かないよな?
そう言った俺に、レイが
『じゃあ、俺が迎えに……』と、手を挙げたので。
やめなさい、と止める。
なんか三角関係みたいで、それはそれで注目を集めるだろう。
そう言うと、渋々諦めてくれた。
クラリスもなぁ、実りそうもない片想いなんか諦めて、コイツにしてくれたらいいのに。
クラリスが気持ちを告白した時、ストロノーヴァは、喜ぶでもなく困るでもなく怒るでもなく。
『卒業してウチの国まで会いに来たら、その時初めて考えますよ』と、淡々と答えたそうだ。
それは暗に逃げられたのでは?
そう言った俺にクラリスは、顎をあげた。
「来年、あちらに戻られた先生が何処に住み、どのような生活をされているのか、それを殿下には追跡調査して戴きたいのです。
その時点で先生に決まった方がいらっしゃったなら、諦めもつくと言うものです」
そう言い切るクラリスの横に居ると。
俺も彼女みたいに、家出も辞さない根性があれば、と切実に思う。
侯爵から言われた事は、正直堪えた。
少なくとも、アグネスが中等部へ入る4年後を目処に。
20歳になる前に、俺はちゃんと足場を固める。
◇◇◇
開始前に国王陛下と王妃陛下に、クラリスを会わせることを求められた。
「クラリスは単なる女友達だと、話をしているんだろう?」
それを伝えてきたアライアに確認するが、つい声が尖ってしまった。
国王陛下はともかく、王妃陛下は……
母上からは今回の夜会に関して
『隣国の王女を諦めさせるためには、パートナーを見繕ってこい』と、言われていて。
その時には、適当でいいからみたいな口振りだったのに、こうして俺が用意したパートナーが財務大臣のスローン侯爵家の長女だと知ると、すごく機嫌が良かった、と聞いて。
嫌な予感はしていた。
「ふたつお願いがある」
侯爵家の馬車で母親の侯爵夫人と共に現れたクラリスの腕を取り、両陛下が待つ控えの間まで早足で歩きながら、クラリスにお願いした。
「ま、ふたつも? 何でしょう?」
「ひとつめは、王妃陛下から俺との関係を問われても、最後まで友人だと通すこと」
「無論ですわ」
「ふたつめは、『これは真実ではありません』みたいなぶっちゃけや、アグネスの話を持ち出すのは君からはやめてくれ」
「……ふたつめにみっつめが含まれておりましたね」
「……」
「みっつのお願いは、童話では定番ですから。
畏まりました、とにかく私は何も申し上げません」
「……」
本当にもう勘弁してくれだった。
『学園で初等部から一緒だったけど、最近すごく気が合うようになった』設定に沿って、ふたりで言い張ったのに。
部屋には両陛下の他にも、王太子夫妻、第2王子と婚約者、第1王女に第4王子、側妃であるその母。
いわゆる王家オールスターズが顔を揃えていたのだ。
それでも『友人ですから』を言い続けた俺達に。
王妃陛下は女官に持ってこさせたブレスレットをクラリスに差し出した。
白金に輝く細いプラチナに紫の小さな石がいくつか付いていて。
これは有名な『独占欲から瞳の色を身に付けさせる』じゃないのか?
どうする?どうする?
クラリスの目が俺に問いかける。
両親や兄達はともかく。
取り巻きのメスガキ達と噂話をするのが趣味で、ものすごい目で睨んでる妹。
反対に瞳をキラキラさせて、あちらこちらで受ける為なら有ること無いこと喋りまくる幼い弟。
味方なのか敵なのか、何考えてるかわからない側妃、のいる中で。
クラリスお得意の『真実ではありません』やって貰う?
どうする?
……どうしたらいいのか即決を出来なかった俺は、それを受け取ってクラリスの手首に巻いた。
首飾りのようにパッと目立つやつじゃなくて、良かった。
ブレスレットなら、気付かないヤツも多いはず。
……そう思うしかなかった。
『馬鹿』声に出さず、クラリスの口が動いていた。
その通り。
読唇術はわからないけど、俺は馬鹿、それは正解だ。
あの日、怪我をした祖母のタウンハウスまで泊まりでお見舞いに行ったアグネスは、夜会出席の為に自宅に戻った侯爵夫人に同行せず、祖母の元にずっと居るのだと聞いていたから、帰宅は一体いつになるのかと尋ねたのだ。
「夜会が終わるまで、と母に言ったそうです」
昨日、長引く次女のお泊まりに業を煮やして迎えに行った母親に彼女はそう告げたらしい。
翌日に帰る予定と言われて、アグネスの部屋に置いて貰っていた持参したマシュマロは、王城のパティシエ渾身の生マシュマロで、賞味期限は2日だった。
それを伝えるのを忘れていたので、祖母のところに居たアグネスの元には届くことはなく、破棄された。
アグネスの笑顔を見たくて、特別に作らせて持参したマシュマロは破棄され、
直接説明したいと、出すのをやめたカードには今回のパートナーが姉になった経緯を綴っていたが。
そのどちらもがアグネスには届いていない。
「夜会の翌日には祖母のところに参ろうと思いますの。
必ずアグネスを連れて帰るつもりですけれど、よろしければ、あの子へのお手紙を書いてくださったら、お渡しします」
そうクラリスに言われて、アグネス宛の手紙を書く。
すごく会いたい事。
アールが君にもバックスにも会いたがっている事。
また手作りクッキーを食べさせて欲しい事。
それらを思い付くまま、箇条書きにして綴る。
すごく会いたい、は2回書いた。
今度こそ、君に届きますように。
夜会当日、事前に伝えていた通りパートナーのクラリスを侯爵家へ迎えに行く事はしなかった。
普通、単なる女友達を迎えには行かないよな?
そう言った俺に、レイが
『じゃあ、俺が迎えに……』と、手を挙げたので。
やめなさい、と止める。
なんか三角関係みたいで、それはそれで注目を集めるだろう。
そう言うと、渋々諦めてくれた。
クラリスもなぁ、実りそうもない片想いなんか諦めて、コイツにしてくれたらいいのに。
クラリスが気持ちを告白した時、ストロノーヴァは、喜ぶでもなく困るでもなく怒るでもなく。
『卒業してウチの国まで会いに来たら、その時初めて考えますよ』と、淡々と答えたそうだ。
それは暗に逃げられたのでは?
そう言った俺にクラリスは、顎をあげた。
「来年、あちらに戻られた先生が何処に住み、どのような生活をされているのか、それを殿下には追跡調査して戴きたいのです。
その時点で先生に決まった方がいらっしゃったなら、諦めもつくと言うものです」
そう言い切るクラリスの横に居ると。
俺も彼女みたいに、家出も辞さない根性があれば、と切実に思う。
侯爵から言われた事は、正直堪えた。
少なくとも、アグネスが中等部へ入る4年後を目処に。
20歳になる前に、俺はちゃんと足場を固める。
◇◇◇
開始前に国王陛下と王妃陛下に、クラリスを会わせることを求められた。
「クラリスは単なる女友達だと、話をしているんだろう?」
それを伝えてきたアライアに確認するが、つい声が尖ってしまった。
国王陛下はともかく、王妃陛下は……
母上からは今回の夜会に関して
『隣国の王女を諦めさせるためには、パートナーを見繕ってこい』と、言われていて。
その時には、適当でいいからみたいな口振りだったのに、こうして俺が用意したパートナーが財務大臣のスローン侯爵家の長女だと知ると、すごく機嫌が良かった、と聞いて。
嫌な予感はしていた。
「ふたつお願いがある」
侯爵家の馬車で母親の侯爵夫人と共に現れたクラリスの腕を取り、両陛下が待つ控えの間まで早足で歩きながら、クラリスにお願いした。
「ま、ふたつも? 何でしょう?」
「ひとつめは、王妃陛下から俺との関係を問われても、最後まで友人だと通すこと」
「無論ですわ」
「ふたつめは、『これは真実ではありません』みたいなぶっちゃけや、アグネスの話を持ち出すのは君からはやめてくれ」
「……ふたつめにみっつめが含まれておりましたね」
「……」
「みっつのお願いは、童話では定番ですから。
畏まりました、とにかく私は何も申し上げません」
「……」
本当にもう勘弁してくれだった。
『学園で初等部から一緒だったけど、最近すごく気が合うようになった』設定に沿って、ふたりで言い張ったのに。
部屋には両陛下の他にも、王太子夫妻、第2王子と婚約者、第1王女に第4王子、側妃であるその母。
いわゆる王家オールスターズが顔を揃えていたのだ。
それでも『友人ですから』を言い続けた俺達に。
王妃陛下は女官に持ってこさせたブレスレットをクラリスに差し出した。
白金に輝く細いプラチナに紫の小さな石がいくつか付いていて。
これは有名な『独占欲から瞳の色を身に付けさせる』じゃないのか?
どうする?どうする?
クラリスの目が俺に問いかける。
両親や兄達はともかく。
取り巻きのメスガキ達と噂話をするのが趣味で、ものすごい目で睨んでる妹。
反対に瞳をキラキラさせて、あちらこちらで受ける為なら有ること無いこと喋りまくる幼い弟。
味方なのか敵なのか、何考えてるかわからない側妃、のいる中で。
クラリスお得意の『真実ではありません』やって貰う?
どうする?
……どうしたらいいのか即決を出来なかった俺は、それを受け取ってクラリスの手首に巻いた。
首飾りのようにパッと目立つやつじゃなくて、良かった。
ブレスレットなら、気付かないヤツも多いはず。
……そう思うしかなかった。
『馬鹿』声に出さず、クラリスの口が動いていた。
その通り。
読唇術はわからないけど、俺は馬鹿、それは正解だ。
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