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第10話 アシュフォードside
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アグネス・スローン侯爵令嬢に出会ったのは庭園の四阿だった。
彼女はまだ9歳なのに、11の妹バージニアより年上に見えた。
身長も高く、制服を着れば学園の中等部に紛れ込めそうだ。
父親のスローン侯爵が大柄なので遺伝なのだろう。
その日はバージニアのお茶会が午後から催されるので、俺は昼食を終えると、あちこち移動しながら、妹から逃げていた。
「お兄様がいらっしゃると、皆さんお喜びになるのよ」
そんなことを言われても嫌なものは嫌だ。
侍従のカランも、その辺りは心得たもので、バージニアのお茶会がある午後は自由にしてくれる。
『何処へでもご自由に、しかし捕まっても決して助けません』と、言うわけ。
父である国王陛下は唯一の娘に甘いし、母の王妃陛下も
『あの年頃のご令嬢達は、王子様がお好きなのよ』と、楽しそうに言う。
それで、妹は誰に対しても遠慮がない暴君になっている。
王子様がお好きなら、末の第4王子の6歳のエドアルドを連れていけばいい。
エディはいつも暇で、毎日遊び相手を探している。
見た目は俺を小さくした感じだ。
王家は美しい人間を娶り続けていて、俺達王族は皆似た様な容姿をしているからだ。
誰にも言っていないが、13歳以下の子供は苦手だ。
妹の顔をした暴君の影響で、特に女児は嫌いだった。
乳母の息子で、親友のレイが
『そういうのを、平民はメスガキと呼ぶらしい』と、教えてくれる。
バージニアの取り巻きのメスガキ達(及び、その侍女達)の目を逃れて、四阿の陰で気持ち良くうたた寝しかけていた俺は、誰かが何か言いながら四阿に入ってくるのに気が付いた。
ここに隠れているのがバレたのかとビクついて、早くどっか行ってくれ、と祈るのに、その声の主は丁度俺のいる場所の内側のベンチに腰を降ろしてしまった。
それで下手に動くより、どこかへ行くまでは大人しくしていようと思っていたのだが。
連れがいない雰囲気だから、独り言なのか!
彼女はお茶会から逃げる算段を声に出し始め……その合間には舌打ちを「チッチッ」と入れてきた。
目の前で俺に向かって、チッ!と、舌打ちをされようものなら……だが、彼女の舌打ちは小鳥がチッチッ囀ずるような感じで可愛くて、全然嫌な感じがしなかった。
うまい理由が思い付かなくて、自分にイラついているのがわかる。
バージニアに取り入ろうとしていない点や、おまけに話している内容も気に入ったので。
それでつい、姿を見たくなって。
「私が助けたことにしましょうか、レディ?」
なんて、らしくもない恥ずかしい言葉をかけてしまったのだ。
そこにはアグネスがいた。
最初は俺に驚いて、あたふたしていたが。
直ぐに落ち着いて。
見習いのフォードと俺が名乗っても。
取るに足りない男、と侮ったようには見えず、年上に対する丁寧な言葉遣いは一貫している。
アグネスはたった9歳なのに、レディだった。
姿勢がいいし、着ているドレスはありがちなゴテゴテしたリボンやらフリルなんか付いていなくて上品で、実際の年齢より大人びて見えた。
会話を続けていくと、7つ上の姉がいると言う。
俺の同級だろうに、その姉の顔は思い浮かばない。
姉妹の仲は良く、尊敬して慕っているのが感じ取れる。
きっと姉に早く追い付きたくて、影響されて、話し方や身に付ける物が大人びているのだろう。
成程、これはバージニア達メスガキどもからしたら脅威だな。
目立つ杭は早めに打つ、と言うことか。
今回は初回で手緩くしているが、段々とキツい苛めになっていき、アグネスは背筋を伸ばせなくなる。
もう参加させたくないし、取り巻きを止めるべき王女がそれでは困る、と両陛下にもう一度言わなくては。
彼女との時間の終わりと、俺の正体がバレたのは同時。
次に会うのは彼女がデビュタントする7年後かな。
その時、君は今日の事を覚えているかな……
そう考えたら、自然と。
『友達になろう』と、手を差し出していた。
◇◇◇
2ヶ月後、俺は16になる。
アグネスには、見栄をはってサインをする云々を愚痴ったが、まだまだ仕事は任されてはいない。
父の国王陛下が退位され、王太子が王位に着くと、スペアの第2王子ギルバート以外の、俺とエドアルドは臣下降籍するか、どこかへ婿入りする事になっていた。
国王陛下と俺と仲がいい王太子の間では、第3王子の俺は結婚するまでは王弟、結婚後に新しく公爵位を賜ることになっていた。
公爵家として、国王の兄を支えるのだ。
そして俺もまた、乳母のアライア、夫のグレゴリー、息子のレイノルドの、マーシャル伯爵家に支えて貰う。
王太子以外の王子がメインで祝われる夜会は、この16歳の生誕記念と婚礼関係のみなので、マーシャル伯爵夫妻のやる気が凄い。
夜会の特別招待客には、隣国の王女も入っていて、それは向こうからの申し出だと言う。
王女とは一昨年が初顔合わせだった。
親しくもないのに、やって来ると言うことは……
レイに雑談混じりに聞いてみる。
「どんな裏があると思う?」
「いや、単純にアシュの胡散臭くて、心がこもっていない笑顔にやられたんじゃないの?」
俺は学園の女子達には疲れるので笑わないが、王女に対しては、王族義務として愛想良くしていたのだ。
グレゴリーがそれとなく探りを入れると、国王陛下は
『隣へ婿入りもいいけど』らしいが、王太子が俺には国内の貴族令嬢を娶わせたいと言っているらしい。
王妃陛下と王太子は、王弟も公爵も同腹で揃えたい。
兄弟では、末のエドアルドだけが年若い側妃の子供だ。
隣国の王女は子供のいない叔父公爵の養女になる予定で、婿入りすればあちらに行っても身分は公爵だが、国政に参加させて貰えない。
なら、俺もこちらで兄達の手伝いをしたい。
大人になると言うことは、否応なしに面倒事にも巻き込まれる。
これまで比較的平和だった俺の周囲が、変わっていきそうな気がした。
彼女はまだ9歳なのに、11の妹バージニアより年上に見えた。
身長も高く、制服を着れば学園の中等部に紛れ込めそうだ。
父親のスローン侯爵が大柄なので遺伝なのだろう。
その日はバージニアのお茶会が午後から催されるので、俺は昼食を終えると、あちこち移動しながら、妹から逃げていた。
「お兄様がいらっしゃると、皆さんお喜びになるのよ」
そんなことを言われても嫌なものは嫌だ。
侍従のカランも、その辺りは心得たもので、バージニアのお茶会がある午後は自由にしてくれる。
『何処へでもご自由に、しかし捕まっても決して助けません』と、言うわけ。
父である国王陛下は唯一の娘に甘いし、母の王妃陛下も
『あの年頃のご令嬢達は、王子様がお好きなのよ』と、楽しそうに言う。
それで、妹は誰に対しても遠慮がない暴君になっている。
王子様がお好きなら、末の第4王子の6歳のエドアルドを連れていけばいい。
エディはいつも暇で、毎日遊び相手を探している。
見た目は俺を小さくした感じだ。
王家は美しい人間を娶り続けていて、俺達王族は皆似た様な容姿をしているからだ。
誰にも言っていないが、13歳以下の子供は苦手だ。
妹の顔をした暴君の影響で、特に女児は嫌いだった。
乳母の息子で、親友のレイが
『そういうのを、平民はメスガキと呼ぶらしい』と、教えてくれる。
バージニアの取り巻きのメスガキ達(及び、その侍女達)の目を逃れて、四阿の陰で気持ち良くうたた寝しかけていた俺は、誰かが何か言いながら四阿に入ってくるのに気が付いた。
ここに隠れているのがバレたのかとビクついて、早くどっか行ってくれ、と祈るのに、その声の主は丁度俺のいる場所の内側のベンチに腰を降ろしてしまった。
それで下手に動くより、どこかへ行くまでは大人しくしていようと思っていたのだが。
連れがいない雰囲気だから、独り言なのか!
彼女はお茶会から逃げる算段を声に出し始め……その合間には舌打ちを「チッチッ」と入れてきた。
目の前で俺に向かって、チッ!と、舌打ちをされようものなら……だが、彼女の舌打ちは小鳥がチッチッ囀ずるような感じで可愛くて、全然嫌な感じがしなかった。
うまい理由が思い付かなくて、自分にイラついているのがわかる。
バージニアに取り入ろうとしていない点や、おまけに話している内容も気に入ったので。
それでつい、姿を見たくなって。
「私が助けたことにしましょうか、レディ?」
なんて、らしくもない恥ずかしい言葉をかけてしまったのだ。
そこにはアグネスがいた。
最初は俺に驚いて、あたふたしていたが。
直ぐに落ち着いて。
見習いのフォードと俺が名乗っても。
取るに足りない男、と侮ったようには見えず、年上に対する丁寧な言葉遣いは一貫している。
アグネスはたった9歳なのに、レディだった。
姿勢がいいし、着ているドレスはありがちなゴテゴテしたリボンやらフリルなんか付いていなくて上品で、実際の年齢より大人びて見えた。
会話を続けていくと、7つ上の姉がいると言う。
俺の同級だろうに、その姉の顔は思い浮かばない。
姉妹の仲は良く、尊敬して慕っているのが感じ取れる。
きっと姉に早く追い付きたくて、影響されて、話し方や身に付ける物が大人びているのだろう。
成程、これはバージニア達メスガキどもからしたら脅威だな。
目立つ杭は早めに打つ、と言うことか。
今回は初回で手緩くしているが、段々とキツい苛めになっていき、アグネスは背筋を伸ばせなくなる。
もう参加させたくないし、取り巻きを止めるべき王女がそれでは困る、と両陛下にもう一度言わなくては。
彼女との時間の終わりと、俺の正体がバレたのは同時。
次に会うのは彼女がデビュタントする7年後かな。
その時、君は今日の事を覚えているかな……
そう考えたら、自然と。
『友達になろう』と、手を差し出していた。
◇◇◇
2ヶ月後、俺は16になる。
アグネスには、見栄をはってサインをする云々を愚痴ったが、まだまだ仕事は任されてはいない。
父の国王陛下が退位され、王太子が王位に着くと、スペアの第2王子ギルバート以外の、俺とエドアルドは臣下降籍するか、どこかへ婿入りする事になっていた。
国王陛下と俺と仲がいい王太子の間では、第3王子の俺は結婚するまでは王弟、結婚後に新しく公爵位を賜ることになっていた。
公爵家として、国王の兄を支えるのだ。
そして俺もまた、乳母のアライア、夫のグレゴリー、息子のレイノルドの、マーシャル伯爵家に支えて貰う。
王太子以外の王子がメインで祝われる夜会は、この16歳の生誕記念と婚礼関係のみなので、マーシャル伯爵夫妻のやる気が凄い。
夜会の特別招待客には、隣国の王女も入っていて、それは向こうからの申し出だと言う。
王女とは一昨年が初顔合わせだった。
親しくもないのに、やって来ると言うことは……
レイに雑談混じりに聞いてみる。
「どんな裏があると思う?」
「いや、単純にアシュの胡散臭くて、心がこもっていない笑顔にやられたんじゃないの?」
俺は学園の女子達には疲れるので笑わないが、王女に対しては、王族義務として愛想良くしていたのだ。
グレゴリーがそれとなく探りを入れると、国王陛下は
『隣へ婿入りもいいけど』らしいが、王太子が俺には国内の貴族令嬢を娶わせたいと言っているらしい。
王妃陛下と王太子は、王弟も公爵も同腹で揃えたい。
兄弟では、末のエドアルドだけが年若い側妃の子供だ。
隣国の王女は子供のいない叔父公爵の養女になる予定で、婿入りすればあちらに行っても身分は公爵だが、国政に参加させて貰えない。
なら、俺もこちらで兄達の手伝いをしたい。
大人になると言うことは、否応なしに面倒事にも巻き込まれる。
これまで比較的平和だった俺の周囲が、変わっていきそうな気がした。
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