【完結】この胸が痛むのは

Mimi

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第4話

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初めてアシュフォード殿下とお会いしたお茶会の翌日。
我がスローン侯爵家に殿下から。
可愛い小花のブーケと、箱入りのチョコレートボンボンが届けられました。


『お花なら大輪ではなく、小さなものが好みです。
2つずつしか、お母様から戴けないチョコレート。
1度でいいから、好きなだけ食べるのが夢なのです』


四阿で気の向くまま、殿下にお話ししたことを覚えてくださっていたのでしょう。
どちらにもとても可愛いリボンがかけられていて、受け取った母と姉は、嬉しそうに騒いでおりました。


「まあ、なんて可愛らしいこと!」

「すごいわ、アグネス!
 あのアシュフォード殿下に、こんな気の効いた一面があるなんて!」

「贈り物の宛先はアグネスだよ、どうしてふたりが大騒ぎするのさ」

私以上に嬉しそうで興奮気味な母と姉に呆れたように言ったのは、兄のプレストンです。


『あのアシュフォード殿下』と、姉の言葉が引っ掛かった私は、それがどんな意味なのか尋ねました。

「あ、あのね、学園では殿下はあまりお話にならなくて……普通に考えて王族ならたくさん取り巻きやら出来るでしょう?
 だけどあの御方は、本当に親しい伯爵家のご令息ただおひとりとしか、お話にならないの」


驚きました。
私の知る、と言ってもわずか半日もない御一緒した時間でしたが、その時のアシュフォード殿下のご様子は。
人好きのする、とても陽気で気さくな御方でした。


「特に女生徒など挨拶のみで、殿下の笑顔など見たこともないわ」

「お姉様も?」

「勿論そうよ、だから驚いているの。
 殿下は余程、アグネスをお気に召したのね」

姉にそう言われて、なんとも言えず、こそばゆい様な、嬉しい様な。


「カードには何と?」

母から尋ねられて、私は小ぶりの封筒に入っていた薄い紫色のカードを読み上げました。


『人生9年目のレディへ
 好きなだけ食べるのは構わないが、虫歯には気を付けること
 ちゃんと歯を磨いてね
 次の週末にご招待いただけたら、嬉しいです
 ……王子見習いより』


えーと、これは……。
我が家へ遊びに行きたいと、仰せになっていたのは。
冗談ではなくて、本気だった……って事なのかな?


「……見習い?
 アグネス! 貴女、ウチに殿下をお誘いしたの?」

大騒ぎするかと思っていた母が静かに私の腕を取ったので、それが却って母の驚きを私に伝えてきました。


「あの、お誘い、になるのでしょうか?
 バックスの子犬の話を致しました……それで殿下が子犬を抱きたい、と……。
 私じゃなくて、子犬に会いに来られるのだと思うのです」


スローン家の代々の愛犬バックスが産んだばかりの5匹の子犬の話を私はお聞かせしたのです。


「子犬に……って。
 ねぇ、クラリス、プレストン。
 アグネスだけでは心許ないわ。
 貴女達も週末……」

「嫌よ」「嫌です」

姉と兄が同時に言って、ふたりは顔を見合せました。
兄が肩をすくめて、姉に話すよう促しました。


「さっきも言いましたけれど、アシュフォード殿下ははっきり申し上げて、あまり社交的な御方ではないのです。
 今回のご訪問も、アグネスとバックス達だけに会いに来られるのです。
 余計な私達が顔を出せば、殿下がお気を悪くされるのは明白ですわ」

「……本当に、難しい御方なのね」

姉の言葉に、母は同席させるのを諦めたようでした。
そして私は拙い字でお返事をしたため、別室でお待ちになっていた御使者様に渡しました。


『王子見習い様
 お花とチョコレートをありがとうございます
 虫歯になるのは嫌なので、歯磨きはがんばります
 バックスと彼女の子供達とアグネスで、お待ちしています』


 ◇◇◇


『アグネスからの返信を受け取られたアシュフォード殿下は私にも、話を通してくださった』と、夕食の席で父は母に話しました。


「呉々も、過分な接待は不要である、との仰せだ。
 お前はやり過ぎてはいけないぞ」

「……まぁ、旦那様、やり過ぎ、とは?」

「バックスと子犬達の首に、大きなリボンを結ぶ、とかだ」


父の返事に、母が固まりましたので。
さすがの父の慧眼だと思いました。


「……でも、お茶菓子くらいは殿下のお好みの物をお出ししたいですわ。
 アグネス。貴女、殿下からお好きなものは聞いているの?」

「甘過ぎず、辛過ぎず、酸っぱ過ぎず、がお好きだと仰っていたような?
 それよりお父様、もし殿下が子犬を連れて帰りたいと仰られたら、差し上げてもよろしいのですか?」

「……召しあげられるのが子犬であろうと、わが家門の誉れだな」


父は真面目な顔をして、そう答えて頷き。
母は難しい表情になり。
姉は下を向いて肩を震わせて。
兄はこらえきれず、吹き出してしまわれました。


つくづく私は子供でした。
皆から殿下との親しさを褒められた、と思い込んだのです。
母に、姉に、問われるまま。 
これからも、私が知る限りのアシュフォード殿下をお教えしようと、得意にさえなっていたのです。 


それが盗まれる事になるとは、思いもせずに。





    
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