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12【義弟】ジュール
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ずっと考えていた事があった。
僕が今居るこの世界は、本物じゃないんだって。
ここは物語の世界。
僕も奴らも、その中の登場人物。
僕の役柄は子爵家の妾の子。
母が死んで仕方なく、子爵は本宅に引き取った。
母に似た僕は子爵夫人や、その子供達の憎しみの的で、父も使用人達もそれを見て見ぬ振りをしていた。
だから、いつか。
この物語は終わる。
辱しめや痛みや……
それらが、奴らから僕に与えられてるのは。
それが僕の役割だから。
優しさや抱擁や……
それらが、奴らから僕に与えられないのは。
この物語の主人公が僕じゃないから。
早くこの物語が完結すればいいのに。
ずっとずっと。
そう思っていた。
貴女がこの物語に現れるまで。
貴女はある日、父親の侯爵閣下と登場した。
僕は貴女達に会わないように、離れに行かされていたけれど、会ってしまった。
前日の夜にあの女に折檻されて出来た頬の傷に触れながら、貴女は言ったんだ。
『私の家族になってくれないかしら?』って。
子爵家のお荷物から侯爵家の後継へ。
夫人は自分が産んだ息子を押し付けようとしたが、貴女との相性を理由にして、侯爵閣下は却下された。
貴女が居てくれたから。
あの物語は終わった。
僕がそう言ったら、貴女は微笑んだ。
『これからは貴方が主人公の物語が始まるのね』って。
◇◇◇
第2王子であるシャルル殿下からは話を聞いていた。
義姉のクロエの良くない噂を流して、貶めている女が居ると。
こいつがその女か。
僕はまじまじとその女を見た。
髪はピンクがかったブロンドで、瞳はブルー。
容姿は決して悪くはない。
この女の見た目に惹かれる男も多いだろう。
こちらに関わってこなければ。
ひっそりと学院の片隅に居たなら。
その存在を許してやったのに。
「ジュールって、傷付いてるのよね。
身も心もあの頃のことを忘れられなくて、苦しんでいるでしょ?
大丈夫、その痛みをあたしが癒してあげるからね」
何を言っているんだと、馬鹿なのかと。
立ち去ることはしなかった。
シャルル殿下は、この女の事をフランソワ侯爵令息に一任したと仰っていたが。
目の前の、クロエを貶めようと画策している女をからかうのも一興かと思っただけだ。
義姉上に関するあれこれには、一番に動くリシャール殿下は隣国へ行かれていた。
来年の春に学院を卒業した殿下は次期国王陛下として、本格的に王族の御用を勤められる。
今回はその前哨戦として、親戚筋の隣国へ国王陛下の名代として赴かれたのだ。
正式な書状は卒業してからになるが、義姉クロエとの婚姻式への出席を口頭で招待することにもなっていらっしゃった。
「一体、誰が僕を傷付けた、って?」
「クロエでしょ、貴方は侯爵家に引き取られてから、あの女の理不尽な虐待に耐え続けていたのよね?」
「何かわかったようなこと言っているけど、全然わかってないね。
僕は義姉上から虐待なんて受けていない」
「隠さなくてもいいよ。
受けたことは恥なんかじゃないんだよ。
あたしに全部話してみて?
そしたらジュールは楽になる……救われるから」
僕の話なんか聞いていなくて、一方的な話しぶりのこの女がおかしくて、僕はうきうきしていた。
「へぇ、救ってくれるの?
どうやって?」
話に乗ってきた僕に、女は嬉しそうに答えた。
「だから話してみてよ、慰めてあげる……」
「あのさ、男に慰めてあげる、なんて言うのはさ……」
僕はゆらりと立ち上がった。
場所は中庭のベンチ。
「場所を変えてやるから、足開く前にちゃんと洗ってこいよ」
微笑んでいた女の顔から表情がなくなった。
「足? 開く?」
「女の方から慰めてあげるなんて言うのは、そういうことだろ?
たださ、あんた臭うから、その前に洗ってきてよ。
こっちは目を瞑って、鼻をつまんで突っ込むけど、最低限洗ってもらわないと」
「……」
「僕はあんたに触りたくないから、痛い目に合わないように、洗うついでに自分で解してこいよ」
女は屈辱で顔を赤く染めていた。
その声は怒りで震えている。
「こっちが下手に出ていたら……
お前みたいな半端なツンデレルート、あたしは1回だって選んじゃいなかったのにっ!
お前を攻略した後には、シャルルって、隠しキャラがいるから、って……ただそれだけの存在の癖に!」
半端なツンデレなんて言うのもよくわからないし。
その、……の癖に、って言う罵りは何度も子爵夫人から聞かされたからなぁ。
ぶつけられても、僕には全然響かないや。
バカ女が僕に背を向けて去って行く。
何も病気は持ってないのか、とか。
おかしいのは頭だけか、とか。
まだまだ言ってやりたいことはあったのにな。
これで終わりか。
呆気ないな、つまんないな。
馴れ馴れしく僕の名前を呼ぶバカ女に何を突っ込んでやろうか、と連れ込んだ実験室の備品を頭に思い浮かべていたのに……
僕が今居るこの世界は、本物じゃないんだって。
ここは物語の世界。
僕も奴らも、その中の登場人物。
僕の役柄は子爵家の妾の子。
母が死んで仕方なく、子爵は本宅に引き取った。
母に似た僕は子爵夫人や、その子供達の憎しみの的で、父も使用人達もそれを見て見ぬ振りをしていた。
だから、いつか。
この物語は終わる。
辱しめや痛みや……
それらが、奴らから僕に与えられてるのは。
それが僕の役割だから。
優しさや抱擁や……
それらが、奴らから僕に与えられないのは。
この物語の主人公が僕じゃないから。
早くこの物語が完結すればいいのに。
ずっとずっと。
そう思っていた。
貴女がこの物語に現れるまで。
貴女はある日、父親の侯爵閣下と登場した。
僕は貴女達に会わないように、離れに行かされていたけれど、会ってしまった。
前日の夜にあの女に折檻されて出来た頬の傷に触れながら、貴女は言ったんだ。
『私の家族になってくれないかしら?』って。
子爵家のお荷物から侯爵家の後継へ。
夫人は自分が産んだ息子を押し付けようとしたが、貴女との相性を理由にして、侯爵閣下は却下された。
貴女が居てくれたから。
あの物語は終わった。
僕がそう言ったら、貴女は微笑んだ。
『これからは貴方が主人公の物語が始まるのね』って。
◇◇◇
第2王子であるシャルル殿下からは話を聞いていた。
義姉のクロエの良くない噂を流して、貶めている女が居ると。
こいつがその女か。
僕はまじまじとその女を見た。
髪はピンクがかったブロンドで、瞳はブルー。
容姿は決して悪くはない。
この女の見た目に惹かれる男も多いだろう。
こちらに関わってこなければ。
ひっそりと学院の片隅に居たなら。
その存在を許してやったのに。
「ジュールって、傷付いてるのよね。
身も心もあの頃のことを忘れられなくて、苦しんでいるでしょ?
大丈夫、その痛みをあたしが癒してあげるからね」
何を言っているんだと、馬鹿なのかと。
立ち去ることはしなかった。
シャルル殿下は、この女の事をフランソワ侯爵令息に一任したと仰っていたが。
目の前の、クロエを貶めようと画策している女をからかうのも一興かと思っただけだ。
義姉上に関するあれこれには、一番に動くリシャール殿下は隣国へ行かれていた。
来年の春に学院を卒業した殿下は次期国王陛下として、本格的に王族の御用を勤められる。
今回はその前哨戦として、親戚筋の隣国へ国王陛下の名代として赴かれたのだ。
正式な書状は卒業してからになるが、義姉クロエとの婚姻式への出席を口頭で招待することにもなっていらっしゃった。
「一体、誰が僕を傷付けた、って?」
「クロエでしょ、貴方は侯爵家に引き取られてから、あの女の理不尽な虐待に耐え続けていたのよね?」
「何かわかったようなこと言っているけど、全然わかってないね。
僕は義姉上から虐待なんて受けていない」
「隠さなくてもいいよ。
受けたことは恥なんかじゃないんだよ。
あたしに全部話してみて?
そしたらジュールは楽になる……救われるから」
僕の話なんか聞いていなくて、一方的な話しぶりのこの女がおかしくて、僕はうきうきしていた。
「へぇ、救ってくれるの?
どうやって?」
話に乗ってきた僕に、女は嬉しそうに答えた。
「だから話してみてよ、慰めてあげる……」
「あのさ、男に慰めてあげる、なんて言うのはさ……」
僕はゆらりと立ち上がった。
場所は中庭のベンチ。
「場所を変えてやるから、足開く前にちゃんと洗ってこいよ」
微笑んでいた女の顔から表情がなくなった。
「足? 開く?」
「女の方から慰めてあげるなんて言うのは、そういうことだろ?
たださ、あんた臭うから、その前に洗ってきてよ。
こっちは目を瞑って、鼻をつまんで突っ込むけど、最低限洗ってもらわないと」
「……」
「僕はあんたに触りたくないから、痛い目に合わないように、洗うついでに自分で解してこいよ」
女は屈辱で顔を赤く染めていた。
その声は怒りで震えている。
「こっちが下手に出ていたら……
お前みたいな半端なツンデレルート、あたしは1回だって選んじゃいなかったのにっ!
お前を攻略した後には、シャルルって、隠しキャラがいるから、って……ただそれだけの存在の癖に!」
半端なツンデレなんて言うのもよくわからないし。
その、……の癖に、って言う罵りは何度も子爵夫人から聞かされたからなぁ。
ぶつけられても、僕には全然響かないや。
バカ女が僕に背を向けて去って行く。
何も病気は持ってないのか、とか。
おかしいのは頭だけか、とか。
まだまだ言ってやりたいことはあったのにな。
これで終わりか。
呆気ないな、つまんないな。
馴れ馴れしく僕の名前を呼ぶバカ女に何を突っ込んでやろうか、と連れ込んだ実験室の備品を頭に思い浮かべていたのに……
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