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6【護衛騎士】アンドレ

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私の名前はアンドレ・マルタン・シャンドレイ。
実家は大して広くないシャンドレイ伯領を治めるマルタン家の四男。

上には男が3人も居て、どうなっても私に家督が回ってくる可能性は皆無だったので、シャンドレイの中等学校を卒業する前に王都に出て、騎士団試験を受けた。

王都の騎士団と言えば、学院の高等部騎士科を卒業してから試験を受けて入団してくる中位貴族の次男三男が多いので、同い年のそいつらよりも早く入るべきだと思ったからだ。

それが何故か騎士団の訓練を見学に来ていた王妃陛下に気に入られて、私は既に15歳だったのに、中等部へ入学する13歳の第1王子殿下の同級生として入学させられてしまった。

同級生なのに護衛。
護衛なのに同級生。

これはリシャール殿下のご希望に因るものだ。
学院で王家の影を付けるのも嫌、大人の護衛騎士を連れて歩くのも嫌、そんな我が儘、いやご希望で俺が抜擢されたのだ。


中等学校を中途退学したことや高等学校へ進学しなかったことは後悔していない。
我が家の経済状況では無理だった。
だが意外にも、2度目の学生生活は楽しくて。 
実年齢で田舎の中等学校に通学していた頃は、苦痛しかなかった授業が面白くて。

特に外国語だ。
化学や数学は大して思わなかったが、語学は騎士の仕事に必要な気がした。

翌年の高等部の授業選択も当然、リシャール殿下に合わせるのだが、外国語は3ヶ国語有る内、殿下と私の希望する語学は違っていた。
勿論、そんなことは決して口にはしないので、殿下は御存じなかった。



中等部の3年生になると、殿下は勝手なことを始めた。
王命で結ばれた婚約者がいらっしゃったのに。
血迷ったというのか、1学年下のミレーユ・オリヴィエ・バルモン伯爵令嬢と恋仲になられてしまった。
そして、ある日の朝私にこう言った。


「今日は午後から俺に付くな」と。


いつも側に付いていたフランソワ侯爵令息も、午後から付くなと言われて、苦々しい顔をしていた。
この事を午後までに王妃陛下にご報告するべきか、ふたりで相談した。
学生のフランソワ様はともかく、私は王家に雇われている身だ。
主はリシャール殿下ではない。
私を抜擢してくださった王妃陛下に報告をしないのは、どうなのか?


しかし、伯爵令嬢とふたりきりにしろと命じられたのは初めての事なので、どうするか悩みどころであった。
ミレーユ嬢とは『恋人ごっこ』のような関係で終わると思っていた。
私達の視界内にいつもふたりは居たのだ。

この逢瀬が最初で最後の一回だとしたら?


バルモン伯爵令嬢のバックグラウンドは既に調べは付いていた。
怪しい繋がりは見当たらない家門であったし、ミレーユ嬢は一人娘であったので、婿を取って伯爵家を継ぐ身だ。
将来的に殿下に嫁いで……にはならないと、思えた。
ただ、中等部の間だけの恋人。
どうせ翌年には殿下は高等部へ進級する。
離れてしまえば、殿下もご自分の立場を考えて冷めていく関係だろう。


結局、私達はこれきりなら黙っていることに落ち着いた。
次、同様にふたりだけにしろと言われたら、直ぐに報告。
それで決まりだ。


殿下と伯爵令嬢のふたりで放課後まで過ごすのなら。
それまでは私はゆっくりさせて貰おう。
そう思って、図書室へ行く事にした。
すると、そこに思わぬ人物が居た。


モンテール侯爵令嬢。
リシャール殿下の婚約者だ。
彼女は毎週この曜日は午後から王太子妃教育の日だったから、多分殿下は今日、伯爵令嬢と……


「マルタン様、お珍しいですわね。
 おひとりですか?」

「……どうしても読みたい本がありまして、授業中ならば行ってもよしと殿下がお許しくださったのです」

「殿下は授業を受けていらっしゃるの?」

「左様です」


ちゃんと答えられたか?
私の背中を冷や汗が流れた。
私は器用な質ではないので、多分……嘘だと気付かれている。



殿下の婚約者であるクロエ様の顔を見たことで、頭が冷えた。
正しくないことをしている自覚はあったのに、殿下の不貞に協力した。
護衛ならば、疎まれても殿下を止めるべきではなかったか?
今更ではあるが、私は大恩ある王家を、王妃陛下を、裏切っているのでは……


「外国語に、ご興味がお有りになるのですか?」

私が胸に抱えていた語学本を見ていらっしゃった。
情けないが、本を持つ手が少し震えていたようだ。


「……はい」

騎士としての矜持など何処にもない己を恥じた。
情けない私の姿は、どの様にクロエ様の瞳に映っているのだろうか。


殿下と私の嘘を、見て見ぬ振りをしてくださっている侯爵令嬢に。
大いなる感謝と……少しの恐れを感じた。
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